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2009年8月 5日 (水)

日弁連はなぜ負けたのか ~司法改革という宗教~ (17)

「司法改革」を掲げ、国民を味方に付けることができると信じていた土屋公献日弁連会長と、これを支持した左翼系人権派弁護士と地方単位会の弁護士の目論見は、轟轟たる世間の非難を浴び、年1500名への流れが事実上決定する。これら弁護士には、敗北感を克服し、年1500名を受け入れるための教義が必要だった。

当時、日弁連の外にあって、法曹人口の大幅増員を正当化する理論として存在したのは、弁護士業務に対する規制緩和と自由競争促進こそ、国民の利益に資するという考え方である。そこで、年1500名を受け入れる考え方として、規制緩和と自由競争促進論を是とするか否かが問われた。

後の司法改革推進を担った一人である宮川光治弁護士が編集長を務めた「自由と正義」平成8年(1996年)1月号以降数号にも、規制緩和と自由競争促進の立場からの主張が複数掲載されている。しかし、後の司法改革の中核となる弁護士の論考はいずれも、規制緩和論とは一線を画するものだった。

吉川精一弁護士(後の二弁会長)は、法曹人口増は、弁護士へのアクセス障害を解消するために必要であるとしつつ、その根拠を規制緩和に求めるのは間違いであると言う。そして、規制緩和論は第一に、社会的弱者の弁護士へのアクセス障害を解消しない、第二に、弁護士業務のビジネス性を強調する余り、弁護士自治の崩壊を招く危険があるとして、弁護士業務の公共的性格(プロフェッション)の昂揚こそ必要と説く。塚原英治弁護士(二弁)は、増加した弁護士は企業や行政法務領域に進出すべきとしつつ、「法の支配」を実現する「民衆の弁護士」であり続けるために、「基本的人権の擁護と社会正義の実現」という弁護士法1条の精神を徹底すべしと説く。高橋利明弁護士(東弁)は、国の司法抑制政策、すなわち「小さな司法」が司法の機能不全をもたらしたのだから、「大きな司法」すなわち弁護士人口を含む法曹人口全体の増加、司法予算の大幅増加、法律扶助の大幅増強が必要であると主張した。

本稿でこれら論考の内容には立ち入らないが、重要なのは次の2点である。第1点は、これらの論考は年1500名への流れが事実上決定した後であって、かつ、年3000名への増員は想定されていない時期に著されたものということだ。第2点は、それにもかかわらず、これらの論考には、後の3000人を正当化する考え方が示されていることだ。

つまり、平成8年(1996年)初頭に、司法試験合格者年1500名を事後的に受け入れるため編み出された教義は、その後、もともとの目的を乗り越えて、年3000名を正当化するための教義に変貌していったのである。(小林)

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