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2009年8月 7日 (金)

日弁連はなぜ負けたのか ~司法改革という宗教~ (18)

現在の日弁連が唱える「司法改革」の内容をなす「アクセス障害の解消」「法の支配」「大きな司法」といった概念は、もともと、司法試験合格者数年3000人への増員を正当化するために編み出されたものではなかった。平成7年(1995年)、法曹人口問題を巡って分裂し、人口増に対して頑強に抵抗したあげく、世論の集中砲火を浴び、年800名どころか、年1500名への流れが決定したため、敗北感に打ちのめされた左翼勢力が、年1500名を正統化する論理として編み出したのが、これらの概念だった。

平成8年(1996年)4月、日弁連会長に就任した鬼追明夫弁護士は、「自由と正義」平成9年(1997年)1月号「年頭所感」において、「憲法理念の具体的な実現、展開の一つとして、日弁連は、市民の司法や弁護士へのアクセス障害を除去するため、法曹人口の一定の増加を図ろうとしています。」と述べた。

この発言は、平成8年(1996年)1年間の議論を経て、中坊公平氏が掲げた当初の「司法改革」概念が換骨奪胎されたことを意味している。すなわち、中坊「司法改革」が端的に裁判所・裁判制度改革を意味したのに対して、鬼追「司法改革」は、「憲法理念実現」のため、「司法へのアクセス障害」を解消し、「法の支配」を実現するため「大きな司法」をめざすものとされた。その結果として、中坊「司法改革」が掲げた「裁判所・裁判制度改革」は、司法改革の第一目標ではなく、複数ある目標の一つに堕とされた。

本稿の主題と関連する限りで、鬼追版「司法改革宣言」の特徴を2点指摘したい。まず、「日弁連は…法曹人口の増加を図ろうとしています」という嘘である。すでに述べてきたところから明白なとおり、この時点で、日弁連が法曹人口の増加を「図ろうとした」ことなど一度もない。第二に、それにもかかわらず、鬼追版「司法改革宣言」にはしたたかな計算が垣間見える点である。「法曹人口の増加」はあくまで「一定の」という縛りがかけられており、また、憲法理念云々に枠づけされることになる。すなわち、鬼追版「司法改革宣言」には、司法試験合格者年1500名への増加を既定のものとして受け入れつつ、無軌道な増加に歯止めをかけようとする意図があった。

大川真郎弁護士著「司法改革 日弁連の長く困難なたたかい」には、鬼追版「司法改革宣言」を「司法改革の新しい視点であった」と総括している。私は、実体はそんな美しいものではなかったと思う。例えるなら、裏切られた恋人に、ぼこぼこに殴られ、涙と鼻血にまみれてすがりついたのが、「憲法理念」というあらたな偶像だったのだ。

ただし、この偶像はヤヌスのように双頭を持っていた。一つの顔は慈悲深く日弁連を見つめ、もう一つの顔は、3000人への道を歩もうとしていたのである。当時の日弁連には、最初の顔しか見えなかった。(小林)

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