« 日弁連はなぜ負けたのか ~司法改革という宗教~ (20) | トップページ | 日弁連はなぜ負けたのか ~司法改革という宗教~ (22) »

2009年8月18日 (火)

日弁連はなぜ負けたのか ~司法改革という宗教~ (21)

日本は民主主義国だから、我が国の司法制度をどのように設計するかを決める権限は、本来、国民の代表によって構成された国会にある。しかし、昭和45年(1970年)の参議院法務委員会附帯決議によって、法曹人口問題をはじめとする司法制度改正の権限は、事実上、法曹三者に委ねられていた。しかるに、「失われた10年」の中、21世紀を目前に控え,新しい社会システムを設計しなければならないときに、遅々として進まない法曹三者協議は、政府自由民主党をして、司法制度改正の権限を国会に戻すことを企図させる。大袈裟なたとえだが、大政奉還である。

これに対して日弁連は、いくつかの司法改革課題を検討項目とすることとの抱き合わせで、政府自由民主党の企図に応じた。当時の日弁連司法改革推進センター事務総長であった宮本康昭弁護士(東弁)は、「このときの日弁連の判断は極めて正しかった。実にそのことによって司法制度改革の端緒をつかんだと言えるからである。」と自画自賛している(「司法制度改革の史的検討序説」)。

しかし、この日弁連の対応は、たとえて言えば、肥料の買えない貧しい農夫が、司法制度改革という果実を得るために、農地を地主に譲り渡したに等しい。地主は、潤沢な肥料で土地を肥やし、はじめこそ農夫の望む果実を分け与えるだろうが、次の保証はない。分け与えるとしても、農夫が望む果実とは限らない。「大政奉還」の結果として、その後の司法制度改革に、日弁連はオブザーバーにしかなれず、当事者として関与できない。現に、司法書士への簡裁代理権の拡大は、今後も進行するだろうが、この問題で日弁連が当事者資格を失ったのは、宮本康昭弁護士の言う「実にそのこと」に起因する。2009年現在の法曹人口問題に日弁連が当事者として参加できないのも,「大政奉還」の結果である。言うまでもなく,今後行われる司法制度改革が、日弁連の理想に寄与するか否かは保障されない。

もちろん、この時点で、日弁連にほかの選択肢があった可能性は少ない。だから、このような選択をしたこと自体を非難するつもりはない。しかし、宮本康昭弁護士による手放しの自画自賛ぶりは、浅はかだと思うし、ついて行けない。

本稿の主題である法曹人口論との関係で指摘すべき最も重要な点は、宮本康昭弁護士の手放しの評価に見られる「優先順位の逆転」現象である。平成2年(1990年)に中坊公平日弁連会長が掲げた「司法改革」の目的は、分裂した日弁連を統合し、来るべき法曹人口問題で最高裁や法務省と対決できる実力を蓄えることにあった。平成9年(1997)に鬼追明夫日弁連会長が掲げた「司法改革」は、司法試験合格者数年1500名へという日弁連の敗北を正当化し受け入れるとともに、無軌道な増員に抵抗することを(隠れた)目的とした理念であった。しかし、宮本康昭弁護士の発想は、「司法改革を実現するために法曹人口問題に関する権限を政府自民党に譲り渡す」というものである。ここでは従前と比べて、目的と手段が逆転している。

このような優先順位の逆転現象は、宗教やイデオロギーにしばしば見られる。宗教やイデオロギーはもともと、たとえば「人生の幸福」という目的を実現するための手段だが、熱心な信奉者は時として、目的よりも教義の遵守を優先する。このような熱心さを、原理主義とか教条主義とか言うが、言われた本人に自覚のないことが普通である。

いずれにせよ、このような優先順位の逆転現象は、政府自由民主党から見ると、法曹人口問題は、日弁連にとって、最重要問題ではない、というメッセージとして受け取られた。日弁連は、法曹人口増にあれほど抵抗してきたにもかかわらず、政府側がある種の「飴」を示せば、抵抗しないというメッセージだ。そして、政府自由民主党が「法曹一元」という「飴」の威力に気づくのに、さして時間はかからなかった。(小林)

|

« 日弁連はなぜ負けたのか ~司法改革という宗教~ (20) | トップページ | 日弁連はなぜ負けたのか ~司法改革という宗教~ (22) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/192469/45891019

この記事へのトラックバック一覧です: 日弁連はなぜ負けたのか ~司法改革という宗教~ (21):

« 日弁連はなぜ負けたのか ~司法改革という宗教~ (20) | トップページ | 日弁連はなぜ負けたのか ~司法改革という宗教~ (22) »