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2009年9月 8日 (火)

日弁連はなぜ負けたのか ~司法改革という宗教~ (25)

平成10年(1998年)、日弁連の左翼系主流派弁護士を熱狂させた法曹一元論、しかし、致命的な三つの欠陥を抱えていた。

一つ目は前述したが、染みついた左翼臭と革命思想である。その是非を論じることは本稿の目的ではないが、東西冷戦が終結し、21世紀を迎えようというときに、日弁連外部ではほぼ絶滅した思想の腐臭は、それだけで反発を買うことが必至だった。現に、司法制度改革審議会で法曹一元論が葬り去られた主たる理由は、ぬぐいきれないその左翼臭にあった。

二つ目は、社会の実情に通じた弁護士が裁判官や検察官になることこそ国民主権の実現であるという、鼻持ちならない優越思想である。これは戦前から、弁護士自身によって「自画自賛は一般に通用せぬ」と批判されてきたところであるし、小山稔弁護士にも、「あまりに弁護士の独りよがりではあるまいか。国民から見れば裁判官も弁護士も世間知らずの点においては同断ではないのか。また、弁護士及び弁護士会の実態が国民の信頼を受けるに足る機能と実力を備えているか、その保証はあるか。」と、厳しく指摘されている(「変革の中の弁護士」所収「戦後弁護士論序説」1992年)。この点は、平成10年(1998年)の司法シンポジウムにおいても、馬場健一神戸大学助教授(当時)から、「弁護士が一番優れた法律家なのだと弁護士自身が言うことは、普通の人から見ると、正義の味方が『自分は正義の味方である』と言って回っているのと同じで、あまり格好のいいものではないなぁと、素朴に思う」と皮肉られている。

3点目は、裁判官となる弁護士をどうやって確保するかという「給源」構想の欠如である。全国で2000~3000名と想定される「法曹一元裁判官」を10年で実現するためには年200~300名、判事補制度を廃止して、経験10年クラスの裁判官を弁護士出身者に入れ替えるだけでも年100名もの弁護士任官者が出なければならない。すでに平成4年(1992年)、宮川光治弁護士は、「自由な開かれた精神を持った練達の弁護士が、使命感のみで、ただ一度きりの生涯の残りを、閉鎖的な官僚システム(である裁判所)の中で過ごすことを受け入れることはほとんどありえないであろう。にもかかわらず、裁判官の道を選ぼうとする弁護士が存在することを否定はしないが、その数は極めて少ない。われわれは、弁護士層の中から裁判官になろうとするものは僅かであるという現実から出発すべき」と述べる(「変革の中の弁護士」所収「あすの弁護士」)。

私は、第3点目の給源構想欠如が、最も深刻と考える。他の欠陥は対症療法でごまかすことが可能かもしれないが、制度を支える人材供給の問題は、ごまかしようがないからだ。

この対策として、日弁連司法シンポジウム実行委員は、次の方策を提言している。(「市民に身近な裁判所へ 法曹一元をめざして」1998年)

        推薦・採用手続の明確化。不採用に対する抗議

        裁判官養成研修の実施

        優秀な弁護士を推薦する

        任官に伴う事務所閉鎖、事務局転職の支援

これで何かの対策になっているのだろうか。この方策で、年100名もの弁護士が事務所を閉鎖してでも裁判官を目指すと、主催者は本気で思ったのだろうか。そうだとすれば、呆れるほどの愚かしさである。

立命館大学の渡辺千原教授は「司法改革論議における『常識』の位置」の中で、「法曹一元導入が今回も見送られたのは、…弁護士側の人的基盤が不足していたなどの要因も大きい」と述べる。年100名もの弁護士を裁判所に送り込むことが最初から不可能であることは、日弁連外部からは自明だった。

弁護士任官制度が開始された昭和63年(1988年)から平成15年(2003年)まで16年間の弁護士任官者数は合計52名。1年平均で4人強であり、法曹一元が日弁連を熱狂させた平成10年(1998年)以降も、1年あたりの任官数は全く増えていない。このことは、当時、法曹一元実現という熱狂を主導した弁護士が、制度構築の実務作業を完全に怠ったことを証明している。(小林)

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