著作権法と表現の自由(備忘録)
米グーグルの絶版書籍電子化に関する和解案に関して、2009年9月28日の毎日新聞朝刊「メディア事情」に、岡村久道弁護士が、論考を寄せている。
この和解案というのは、作者が異議申立をしない限り、金銭補償を条件にグーグルが絶版書籍を電子化して無断利用できるというものだそうだ。
私は、この問題については全く疎いのだけれども、論考で目を引いたのが、この和解案は表現の自由を害するという岡村弁護士の指摘である。
すなわち、「表現の自由」は、「沈黙の自由」を含み、これは書籍を「絶版にする自由」も含むから、著作権法は「増刷時に内容を修正増減する権利」や「絶版する権利」を認めてきた。和解案は、この権利を侵害するというのである。
私のような凡人は、著作権法を財産権的にしか考えていなかったし、どちらかと言えば表現の自由と対立するように思っていた(紀藤正樹弁護士のブログご参照)。しかし、言われてみれば、著作物も表現の一種であるし、著作権法は財産的価値のない著作物をも保護しているから、著作権法も表現の自由の一つの現れだとする岡村弁護士の指摘は、一理あると思う。もちろん、対するグーグル側の電子化・ウェブ上の公開行為も表現の自由によって保障されているから、ご指摘に従う場合、両者は同じ表現の自由として、対等の関係に立つことになる。著作権を財産権とのみ考えると、表現の自由に一歩劣るとなりがちだが、そうではない、というのが、岡村弁護士の論考の眼目だと思う。
ただ、著作権法上の絶版の権利は、本当に表現の自由の一内容と考えて良いのか、また、仮に良いとして、絶版書籍の電子化・ウェブ上の公開が、既発行書籍に関する著作権の問題として論じれば足りるのではないか、すなわち、わざわざ絶版の権利との対立関係を持出す必要があるのか、については、私の理解はまだ及んでいない。(小林)
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コメント
先生のブログをお読みしていると、法律や司法の世界も結局はコミュニケーションであって
共通理解・共通認識を形成する手段のひとつなのだと思わされます。
どうしようもなく共通理解・共通認識が形成できない相手が「バカ」になるのでしょう(笑)
お忙しいところ申し訳ないのですが、櫻井美幸弁護士は毎日放送の
番組審議会委員でもあるようですので、そちらのお役目も果たして頂ければと思います。
個人的に毎日放送の「ロケみつ」は少々問題ありの番組だと思ってます。
今でも、テレビというメディアは思想や観念を始めとした人間の複雑な心理活動に
多大な影響を及ぼし、社会を大きく左右する強大な力を持っています。
それでいて、外部からの意見に真摯に向き合う姿勢がどれだけマスメディアに
あるのかはいささか疑問であります。
常識的な範囲の指摘で結構ですので、番組にお口添えいただければと思います。
投稿: 今泉清 | 2009年10月 3日 (土) 15時25分