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2010年3月29日 (月)

信用してはいけない人

中国地方の名峰大山(だいせん)は、西から見ると富士山に似た女性的で優美な山だが、南から見ると、断崖の切り立った男性的で荒々しい山だ。ちっぽけな人間がここから学ぶべきことは、大きなものの実体は、様々な方向から見ないと分からない、ということだ。

そしてもう一つ、全体像を把握するためには、どの方向から見たかを知るのは、とても重要、ということがある。西から見たのに、南から見たと嘘をつかれると、山の形が変わってしまう。

日本にとって太平洋戦争は、植民地や資源獲得のための侵略戦争だったという説と、列強に追い詰められてやむなく行った防衛戦争だったという説がある。私は、どちらの説も、戦争という巨大なものの一つの側面を見ているのだと思う。全体像を把握するために大事なことは、このような意見を言う人が、どの立場にあるのかを知る、ということだ。ごくおおざっぱに分類して、侵略戦争説は「左」から見ており、防衛戦争説は「右」から見ているといえる。

ただ、山と違ってややこしいのは、立場が変わったのに、変わっていないと嘘をつく人がいることだ。侵略の先頭に立っていた人が、戦後、私ははじめから防衛戦争説だったと主張したりする。こういう人は、保身や出世、つまりは自分の利益をはかる目的で立場を変えているので、信用してはいけない。

ところで、日弁連にとって年3000人への法曹人口大増員は、規制改革の荒波に抗しきれなかった「苦渋の選択」だったという説が支配的だった。

これに対して私は、日弁連は「法曹一元」を旗印に、自ら積極的に大増員を推し進めたと主張した。私の知る限り、このようなことをあからさまに主張した人間は、私が初めてだと思う。

私は、私の見方のみが真相だと言い張るつもりはない。実際のところ、様々な側面があったのだろう。大事なことは、複数の見方を行って初めて、巨大なものの実体が分かる、ということだ。

そしてもう一つ大事なことは、新たな視点が提示されることによって初めて、「苦渋の選択」説がどのような立場から唱えられていたかが浮き彫りになることだ。

ただ、ややこしいことには、「苦渋の選択」論者の中には、終始一貫して「苦渋の選択」説を採っていた人もいれば、かつては「法曹一元を旗印に積極的に大増員を推し進めた」のに、知らん顔をして「苦渋の選択」説に乗り換えた人もいる。誰とは言わないけれども。

   こういう人の意見を信じると、歴史の全体像を把握できなくなって、とても迷惑をする。

だから、こういう人は、信用してはいけない。

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2010年3月26日 (金)

「複雑化」と「システム思考」について

 科学技術振興機構研究開発戦略センター戦略センター上席フェローの木村英紀氏が、平成22年3月18日の日本経済新聞朝刊「『ものづくり』再論トヨタ問題の含意」に論考を寄せている。

 トヨタ問題の本質は、ABSと回生ブレーキという二つの異なった複雑なシステムが出会ったときに起きた、複雑さの2乗というべき相乗効果に、トヨタのシステム思考がついて行けなかった点にあるという。この複雑さの相乗効果に対応するためには、新たなシステム思考が必要であり、それは、きわめて高度な、目に見えない論理であって、「技術の科学への深い素養と、一つの専門に安住しない複数の領域を横断する強い意欲と、そして個別から普遍を取り出すことのできる研ぎ澄まされた抽象力を必要とする」と説く。そして、「匠の技」に頼る、高度な労働集約型を誇る日本は、この種のシステム思考には不向きであり、新たな人材育成が急務であるという。

 一読して深い見識と洞察に裏付けられた言葉であると思う。特に、「研ぎ澄まされた抽象力」が日本人にもっとも欠けている、という指摘は、耳が痛い。

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2010年3月24日 (水)

心の一燈 回想の大平正芳 その人と外交

41k8vtgo6xl__sl500_aa240__3大平正芳首相は、在任中は「あー、うー」の口癖から「鈍牛」と評されたが、現在は、「戦後きっての知性派」といわれている。大平ほど、在任当時とその後とで評価の転じた首相はいないだろう。逆の意味で転じた首相には小泉純一郎がいるが、その政治姿勢でも、大平と小泉とでは好対照だ。

本書は大平正芳の娘婿にして、大蔵官僚から秘書官、衆議院議員という人生の大半を大平と共に歩んだ森田一による回想録であり、戦後外交史を縦軸に、自民党の派閥抗争や核持込疑惑、沖縄返還密約にまで触れた生々しい内容となっている。

とはいえ、ものすごく重大な政治課題を処理しているにもかかわらず、一見地味に感じるのは、大平の政治姿勢に由来するものだろう。大平は、わかりやすい理想を掲げて革命的に実践する政治手法をとらず、吉田茂、池田勇人、佐藤榮作、田中角栄といった先人の遺産を止揚し次代に引き継ぐことに、自分の役割を見定めていたように見える。福田赳夫との「40日抗争」と呼ばれる死闘を演じながら、「俺が死んだら後を継ぐのは福田だ」と述べたという政治姿勢は、敬虔なクリスチャンであることに由来するのかもしれないし、長男の夭折に影響を受けたのかもしれない。

谷垣禎一や加藤紘一ら現役の政治家に対する歯に衣着せぬ論評は楽しく、日中国交回復や金大中事件、核持込疑惑への対処に見られる危機管理の手法は、大いに参考になるし、今後の日本政治に対する予測は、的確かつ悲観的だ。筆頭の編者でさえ1968年(昭和43年)生まれであり、生で大平首相を記憶しているとは思われないにもかかわらず、膨大な資料を綿密に整理し、父親以上に年の離れた森田一と対等に渡り合って貴重な証言を引き出したスタッフの努力に敬意を払いたい。

閉塞状況が続くとき、人は革命にあこがれを持つ。しかしそういうときにこそ、地味だが重要な仕事を思い出すことが必要だと思う。

 

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2010年3月19日 (金)

メールでのご感想

こんな日弁連に誰がした?」については、ブログなどでたくさんご感想をいただきました。本当にありがとうございます。

このほか、読者より電子メールでも多くのご感想をいただきました。旧友から四半世紀ぶりに連絡をもらい、感激したこともありました。

もちろん私信であり、手前味噌的なところもあって躊躇したのですが、一部に是非公開して、問題意識を共有したいものもありましたので、ご紹介します。

1 国立大学の教授

「興味を持ったのは、「法科大学院」導入のくだりです。我々国立大学の「大学院重点化」「理工系博士の増員」に極めて類似した構図を持っています。おそらく、どちらのケースも自分の出世栄達のみを考え、社会への波及効果を2の次にする役人連中が先導したのは、間違いありません。彼らは結果責任をとりませんからね。

お蔭で、あほな「博士(工学)」が全国で大量に生産され、大学人も困り果てていますし、その博士学生も行き先がなく困っているのです。

全く「質の悪い司法修習生」や「仕事のない若手弁護士」と同じです。

このような体たらくに、当事者の我々大学人が責任ないのか、といわれるとつらいですが、恐るべき類似にちょっと寒くなりました。」

2 現役の官僚

「ロースクールという矛盾に満ちた制度が、バランスの欠いた思い込みによって作られ、多くの路頭に迷いかねない修了生を送り出していること、さらに合格者の中で千番以下の就職が困難な状態になっていることは、どうみても失敗であり、関係者がそれぞれの立場で、自己弁護はあるにしても事態の総括をすべきだと思います。

日弁連という組織といえない組織が総括をするのは困難でしょうが、貴著がその役を十分に果たしているといえるでしょう。

じつにおもしろく、かつ政策決定にまきこまれた際の教訓に満ちた本書は、法曹三者の枠を超え、公共政策の分野で必読書に位置づけられるべきものと思います。」

 必読書か否かはともかく、本書は法曹三者内に視点を置いて書いたのですが、文部省ないし大学制度という視点で見てみると、問題はさらに広がるように感じました。

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2010年3月10日 (水)

日弁連会長選挙結果の感想

2010年度の日弁連会長選挙再投票は、宇都宮候補の圧勝で終わった。

仮ではあるが、今回の投票結果と前回のそれを見比べたとき、特徴的なのは、「投票率は変わっていないのに、得票数が大きく変わった」ということだと思う。

全体で見ると、投票率は0.26%(約75人分)しか下がっていないのに、山本候補は1241票の得票を減らし、宇都宮候補は1165票も増やした。これが前回の千票差をひっくり返した上に、約1500票という大差をつける原動力になった。そして、この傾向は都市部でも地方でも、まんべんなく観察される。

このことは、「前回山本候補に投票したが、今回は宇都宮候補に乗り換えた」という投票行動が、相当数あったことを示している。おそらく、前回はどうせ信任投票と高をくくり、派閥や先輩やボスの言うとおりに投票したところ、再投票との報を受けて、一票の力に気づいたのだろう。このような投票行動は若手に多かったと想像される。

つまり、前回は、主流派に対する「地方の反乱」だったが、今回は「若手の反乱」ということだ。これらの事実は、日弁連が、都市と地方、世代間で分裂したことを示している。

最後まで山本候補を担いだ主流派は、この10年間、法曹人口問題での失敗を隠蔽し、会員を偽り続け、今日の分裂と荒廃を招いたツケを払うときが来たと自覚するべきだ。私は大阪の選挙事務所のお手伝い(今回は、ほんとに少しだけ)をしただけだが、東京事務所の弁護士が書生論を振り回し、現場の危機感に耳を傾けないさまにはあきれ果てていた。念のために言っておくと、このツケは、今回落選しただけではすまない。

他方、宇都宮候補について述べると、その支持母体の半分は、従前主流派候補を支持していた人である。今回山本候補を擁立するまでの日弁連主流派は、昨年秋、法曹人口問題で求心力を失う中で、迷走を繰り返した。これに業を煮やした一部の弁護士が、宇都宮候補を担ぎ出した。その意味では、山本候補と宇都宮候補は同根である。しかも、今回宇都宮候補を担いだ弁護士たちは、かつて土屋公献候補を担ぎ、法曹人口問題で日弁連史上最大の失敗した人たちと、相当程度重なるように思われる。

宇都宮新会長は、消費者問題では一定の成果を上げるだろうし、新たな切り口から法曹人口問題に切り込むかもしれない。しかし他方、従前の主流派がソフトランディングを目指して築いてきた人脈を失い、法務省や裁判所との信頼関係を破壊するかもしれない。そもそも日弁連は、法曹人口問題の当事者としての地位を失っているのだから、1500人にすると公約したところで、実行する権限が無いのだ。それを知らず宇都宮候補に投票した若手の支持は、程なく失望と反感に変わるだろう。

私は、日弁連は定められた滅びの道を歩んでいると考える。あとはそれが早いか、遅いかの違いがあるだけだ。宇都宮新会長が、起死回生の救世主になる可能性は否定しないが、滅びを早めるだけに終わるかもしれない。

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