« 「こんな日弁連に誰がした?」をご紹介いただき、ありがとうございました | トップページ | 「陰謀論って、ええーっ、何のこと…」という永尾廣久弁護士に反論する »

2010年5月31日 (月)

司法修習生に対する給費制「維持」等の決議

5月28日の日弁連定期総会は、「市民の司法を実現するため、司法修習生に対する給費制維持と法科大学院生に対する経済的支援を求める決議」を圧倒的多数で可決した。私は総会に出席したが、賛成の挙手はできなかった。

戦後以来、司法修習生には給与が支払われてきた。私の世代は月額20万円程度だった。それが、2004年に裁判所法が改正され、今年の11月から貸与制になる。つまり修了後返済しなければならないから、卒業生は一律300万円程度の借金を負うことになる。日弁連の決議は、これに反対するものだ。

会場では、仙台弁護士会の渡部容子弁護士が、苦学中の友人や、資金が続かず受験をあきらめた友人の話を紹介して、給費制の維持を訴えた。なかなか説得力のある演説で、会場からは共感の熱い拍手がわいていた。

だが給費制の廃止は、6年前に決まったことだ。日弁連はその前年までは反対したが、決まった後は、沈黙していた。反対し続けていたならまだしも、施行直前になって反対の声を上げることに、どんな意味があるのか、私には理解できなかった。11月は半年後だというのに、混沌とした政治情勢の中で、どうやって法改正まで持って行くのか。予算だってすでに決まっているから、給与の原資はもう無い。「科目を流用すればよい」という弁護士もいたが、「貸付金」を「給与」に変更するというのは、「戻ってくるお金」を「戻ってこないお金」に変更し、年70億円ともいわれる国家資産を放棄することである。そんなことが本当にできるのか?

給費制の廃止を主張することには、一定の「リスク」もある。たとえば、法曹に借金を負わせるなというなら、司法研修所を廃止すればよいという議論を呼び寄せる可能性がある。現に2004年8月18日の東京新聞は、「司法修習廃止を視野に入れて」との社説を掲載している。今般の司法改革を主導した弁護士の中には、司法研修所の廃止を強く主張した者がいる(後藤富士子弁護士齋藤浩弁護士など)。この弁護士たちの主張と今回の決議との関係はどうなるのだろう。第二東京弁護士会だって、司法研修所の廃止を提言したはずだ。今回の日弁連決議に、二弁として反対したとは聞いていないが、一貫性があるのだろうか?また、決議の第二項には法科大学院生への支援が盛り込まれていたが、所轄する文科省は大賛成だろう。そのことと、今後宇都宮執行部が取り組む法曹人口問題は、どう関係してくるのか?

私だって、貸与制には反対だ。二年間も給与をもらいながら司法修習させてもらった身としては、貸与制に賛成できる立場でもない。だが、そのことと、今頃になって日弁連として反対の決議をすることとは別だと思う。

給費制維持決議が法改正を目的とする以上、これは政治だ。そして、民主国家における政治とは、相対多数を支配する営為である。政治である以上、時機があり、予算がいるし、優先順位があり、反対給付を求められるしリスクもある。正しいと思う、というだけで決議するのは、仲良しクラブの集会であって、政治ではない。

800人が集まった総会会場の一部には、例によって数十人の反対派が陣取り、反対の討論を行って気勢を上げていたが、全体の空気はとても冷淡だった。特に間違ったことをいっているわけでもないのに、軽蔑されるのは、自分の正義を振りかざすだけで、多数を獲得する努力もせず、内輪で小さくまとまる偏狭さゆえだと思う。しかし、日弁連内では圧倒的支持を受けた決議でも、会場を一歩出れば、同じ軽蔑を受けることがありうる。

総会終了後の懇親会では、司法修習以来という何人もの旧知に会えた。20年ぶりなのに、昨日別れて以来のような口がきけるのは、給費制などのおかげで、修習に集中し、濃密な時間を共有したことの恩恵だ。互いの健康を祝い、悪態をつきあい、昔話に花を咲かせながら、私はとても暗い気持ちだった。(小林)

|

« 「こんな日弁連に誰がした?」をご紹介いただき、ありがとうございました | トップページ | 「陰謀論って、ええーっ、何のこと…」という永尾廣久弁護士に反論する »

コメント

 現状維持ならば導入されることが法律で決まっている給費制について、存続を求めるのではなく維持を求めるという決議のセンスには疑問を感じているのですが、そして、たとえ外部から軽蔑されることが目に見えているのだとしても、それでも、私は給費制の存続を求める運動に参加したいと思います。
 新制度が始まって3期の法曹が生まれるまでになって、ようやく判ってきた現状があり、その現状は6年前に想定したものとは異なること(見通しが甘かった?)
 たとえ、時機を失しているのだとしても、今できることはしておきたいこと(自己満足?)
 社会の風向きだって最近の日弁連の働きかけもあって変わりつつあること(見込みが甘い?)
からすると(ご批判は承知で)ダメ元でもやってみる価値はある、と私は思うのです。
 もちろん、それにより失うものがあるのかないのかは、慎重に見極めなければなりませんが。

投稿: なしゅ@東京 | 2010年6月 1日 (火) 00時37分

 誤記がありました。
 導入が決まっているのが貸与制、廃止されるのが給費制です。

 それにつけても、定期総会では、宇都宮会長から1500人という言葉が全く出ず、にもかかわらず、その「変節」を問う声も出ないという、ある観点から見れば容認しがたく、ある観点からみれば至極まっとうな総会でありました。

投稿: なしゅ@東京 | 2010年6月 1日 (火) 01時17分

東京第二弁護士会は企業法務に熱心な弁護士が多く、アメリカとともに司法制度改革を進めようという空気がおそらくは1980年代からありました。あるいはもっと前からかもしれません。
(私は会員ではありませんが、知り合いはたくさんいます)

企業法務、特に渉外業務をメインにやっていれば、経済活動の活発なアメリカへのあこがれが出てくるのは自然なことで、特に留学組も多いですし、日本の家内手工業的な弁護士のあり方をアメリカのようないわばサービス業の一分野として大発展した姿に変えたいという夢が出てくるのも自然なことです。

もちろんその過程で弱者の人権救済などの理念を忘れられては困りますが、やはり市場主義的なサービス業という方向に向かおうという圧力は実は自民党改革派からのみならず、弁護士界(会ではない)内部からも、東京、大阪を中心に、強くあると思われます。

それゆえ、司法修習制度を廃止してロースクールに一本化する米国型への変更がいずれ行なわれる可能性は決して低くはないでしょう。そのうち司法研修所が事業仕分けの対象にされる可能性も否定できません。もちろん仕分け自体に法的効果があるわけではありませんが、議論を喚起する効果はあるでしょう。

おそらく大半の弁護士は司法修習を懐かしく思っています。これに異論はないでしょう。

でも、そのことと不可欠な制度としてぜひとも守りたいと思っているかということになると異なり、例えば東京第二弁護士会の提言にみられるように、そうでもない弁護士もかなりいるようです。

内と外の議論は、弁護士だけの集まりに行くと修習廃止はとんでもないことという雰囲気があっても、外部に行くとそうでもないことは感じますね。中では雰囲気に合わせて発言していても外に行くと本音が出るという人もいるのかなと思います。

ロースクールが今のままでは修習廃止は危険でしょうが、仮にロースクールの教育内容を充実させた時、何が何でも修習を残さないといけないということを理論的に述べて国会などを説得するのはなかなか難しい作業だと思います。

投稿: sate | 2010年6月 1日 (火) 11時17分

大阪弁護士会の総会(昨日)での
担当T副会長のパワポを使った説明では、
「修習生の立場からすれば、貸与制で金がかかるなら、
 修習なんてやめてしまえ!となって、
 司法修習の終わりになりかねない。」
という、先生とは逆の予測でした。

どちらの予測が正しいかは、私には未だわかりません。

まぁ、「ダメ元でもやる価値はあるかも」と思うと同時に
他方、ダメだった場合の政治的なダメージ(リスク)も大きいだろうこと
(今の鳩山総理みたいに)は、
先生の指摘されるとおりかも知れませんね。

投稿: とんぼ | 2010年6月 1日 (火) 20時12分

給費正廃止が決まった後ながく沈黙していた日弁連が廃止直前になって、給費制維持を言い出すことに賛成しなかった先生の判断は大いに結構。しかし、激増、法科大学院、給費制廃止は一体のものであり、激増には腰が引け(選挙戦で言っていた1500名を就任早々言わなくなった)、法科大学院制度については何も触れないこの決議がおかしいことは明らかでしょう。そのことを指摘する反対意見について「自分の正義を振りかざすだけで、多数を獲得する努力もせず、内輪で小さくまとまる偏狭」集団と決めつけるのはいささか偏狭ではないですか。長らくこの正論を無視し続けた結果が今日の事態をもたらしていることは明らかであり、それを「軽蔑」する先生の見解は、軽蔑に値します。「こんな日弁連に誰がした」という人目を引くコピーは、看板だけですか?決議には賛成しなかったけれども、多数派に対する根底的批判はお持ちではないのですか?

投稿: | 2010年6月 4日 (金) 21時24分

「給費制維持決議が法改正を目的とする以上、これは政治だ。そして、民主国家における政治とは、相対多数を支配する営為である。政治である以上、時機があり、予算がいるし、優先順位があり、反対給付を求められるしリスクもある。正しいと思う、というだけで決議するのは、仲良しクラブの集会であって、政治ではない。」

これはまずい。先生、政治的に相当まずいこと言っています。

投稿: あ | 2010年6月 5日 (土) 21時55分

「正しいと思う、というだけで決議するのは、仲良しクラブの集会であって、政治ではない。」
 ご指摘のとおりです。胸に刻むべきです。
 決議するだけでは、政治ではない(すなわち法改正など実現しない)でしょう。

 だからこそ、我々は、ご指摘を前提に、決議に基づいて、現在の限定的な情勢の中で,相対多数の支配を目指して、時機、予算、優先順位を考慮して,多数を獲得する努力をするべきではありませんか。
 我々は、ただ諦観し、傍観し、または批判するだけではいけないのだと思います。

投稿: なしゅ@東京 | 2010年6月 9日 (水) 10時23分

下記は他のブログに私がしたコメントの転載です。

 11月からの廃止が決定している司法修習生給費制の見直しを民主党が検討しているそうだ。廃止法案は6年前に民主党も賛成して成立した。それを状況が変わった訳でもないのに、弁護士らの根拠皆無の反対を認めて見直すと言うのは筋が通らない。

 給費制がなくなっても入学金授業料は無料、月に20万以上の無利子奨学金を全員が得られる等、修習生は非常に恵まれている。普通の学生は高額な入学金授業料を払い、奨学金も有利子が普通で数万円ほど。

 司法修習に多額の費用がかかると弁護士会は主張しているが、例えば医師の養成には、特に私立医大、司法修習とは比較にならない莫大な金がかかるが全て自己負担、奨学金は前記の通りだ。

 弁護士は公益の為の存在と自称しているが、そういう者はごく少数で大部分は私利の追求が主目的。客が多くて儲かる大都会に弁護士集中の一方で無弁護士県があることがその証拠。医師は人間にとって不可欠の職業だが、医師を含めた他の職業とも違って弁護士などは元々無用のものであり、弁護士養成だけに多額の税金を支出するのは不公平で納得できない。

 給費制を望むなら、欧米のように殆ど全ての教育の無料化を実現してからにすべきだ。OECD国中で教育費の公的負担が最低である日本で、入学金や授業料が無料である事が非常な恩典である事を国民に感謝こそすれ給費制復活を運動するなどとんでもない事である。<

 ともかく弁護士達は自分を何様と思っているのだろう。

投稿: 井上信三 | 2010年9月21日 (火) 11時58分

 司法研修所の廃止を強く主張した弁護士として 後藤富士子弁護士や齋藤浩弁護士の例を挙げておられますが、両弁護士の研修所廃止論はどこで知る事ができますか。お教えください。

投稿: 井上信三 | 2010年9月22日 (水) 10時38分

井上殿

他のブログでどういう反応が返ってきたか知りませんが、
司法研修所を大学と同じと思っておられませんか?
もしかして司法研修所を法科大学院と勘違いされてませんか?

給与をもらいながら勉学や研修を行う施設は、
防衛大学校、税務大学校などの省庁大学校と呼ばれるものから、
司法研修所、裁判所職員総合研修所、人事院公務員研修所などの研修所と名の付くものまで多種多様なものがあります。

これらはすべて、人材を育てることが国益に資することから国費で勉学および研修をさせています。
したがって、国費で研修させるほど司法修習が国益に資しているのかを論じないと無意味です。
個人の知識欲を満足させるための道楽である大学とは異なるのです。

なお「無弁護士県」というのは存在しません。
ここは2チャンネルじゃないんですから、事実確認を行ってから投稿するのが最低限のエチケットだと思います。

投稿: 大阪の弁護士 | 2010年9月22日 (水) 12時19分

後藤富士子弁護士の論考は現代人分社刊「官僚司法を変える 法曹一元裁判官」で、齋藤浩弁護士の主張は、たとえば「自由と正義」2000年7月号で見ることができます。なお、第二東京弁護士会は司法研修所廃止の立場でしたから、同弁護士会にお問い合わせになれば資料を見せてくれるかもしれません。

投稿: 小林正啓 | 2010年9月22日 (水) 13時58分

横から失礼します。

>>国費で研修させるほど司法修習が国益に資しているのかを
>>論じないと無意味です

そのとおりだとおもいます。
が、その点については、ブログ主さんの論証もいまだ十分ではないのではないかと、失礼ながら、感じます。

法律家の方からすれば、めちゃくちゃな質問・次元の異なる質問におもえるのかもしれませんが、普通の国民・普通の読者にとっては、たとえば、

「司法修習を国費で研修させれば、昨日から問題になっている大阪地検検事のような人がいなくなるのか?検察・裁判所の体質が改善され、弁護士による法律サービスが今より受けやすくなるのか。さらに日本が米中などのような国に伍して発展してゆくのに役立つのか」

という疑問にこたえていただくのが、給費問題にとって本質的と感じます。
一方、三権のなかで司法権が今後どうなっていこうと、今とあまりかわらないのでは?とおもえます。

もっとも、専門的に意味のある議論を、シロートがかきまわすことの弊害・無意味さというものも、理解しておりますので、このブログ主さまのご意見は自分なりに静かに参考にさせていただいております。


なお、

>>個人の知識欲を満足させるための道楽である大学とは異なるのです

というご意見には多少違和感を感じます。最終的に社会に貢献し、国を富ませるため、ということなら、司法修習も大学も目的は変わらないのではないかとおもいます。ただ、大学を無償化しろというのは現実的ではないとおもいますけれど。

投稿: 普通の読者 | 2010年9月22日 (水) 14時28分

普通の読者様
慧眼恐縮に存じます。抑制の効いた、我々弁護士も見習うべき良い文章だと思います。
私自身の考えについては、ご拝察の通り、未だまとまりませんので、当面ご勘弁ください。
大学に関するご認識はその通りだと思います。学費を取ろうがとるまいが、一定の国家政策に基づき、教育には多額の公費が投入されています(まだ少ないという議論はあるでしょうが)。教育(特に高等教育)を受けた人間はその点を忘れてはいけないと思います。

投稿: 小林正啓 | 2010年9月22日 (水) 21時18分

小林正啓先生、コメントをいただきありがとうございました。

大阪の弁護士さまと、井上信三さまのやりとりであることを承知のうえで、横から失礼させていただきましたが、まるで先生に対するコメントのようになってしまい、お手間をとらせてしまいました。申し訳ありません。

>>教育(特に高等教育)を受けた人間はその点を忘れてはいけない

そのとおりですね。そして、忘れさせないためにも、必要とあれば、補助金だけでなく、無償にしたり、さらに生活費を与えたりすることは、合理的だと感じます。

あとは、それが普通の国民や日本にとって、この財政難のなか、お金の使い道として「より良い」のかどうか、というところなのでしょう。

投稿: 普通の読者 | 2010年9月22日 (水) 22時47分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/192469/48507297

この記事へのトラックバック一覧です: 司法修習生に対する給費制「維持」等の決議:

« 「こんな日弁連に誰がした?」をご紹介いただき、ありがとうございました | トップページ | 「陰謀論って、ええーっ、何のこと…」という永尾廣久弁護士に反論する »