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2010年5月27日 (木)

「こんな日弁連に誰がした?」をご紹介いただき、ありがとうございました

こんな日弁連に誰がした?」(平凡社新書)をご紹介いただいたブログなどを、整理しました。

マスコミ

l  「中立的な書き方がいい」日経ビジネスAssocie5月4日号 

l  本書で近年の日弁連の軌跡を頭にいれるだけで、つい最近、熱戦が繰り広げられた会長選挙の報道もぐっと身近になる。朝日新聞読

l  主要テーマである法曹人口問題は、日弁が増員圧力に抵抗しながらも戦略ミスを重ね、押し切られていく様子を多数の資料から検証。産経ニース

l  日弁連は、何を間違ったのか。戦後司法史をひもときながら、未来における日本の司法や弁護士のあり方を問う。東洋

弁護士以外の読者より

l  土日を掛けて、ゆーっくり読もうと思ったのですが、あまりの面白さに3時間かけて読破してしまいました勤務社会保険労務 備忘録さん

l  ともかく痛快な本。久しぶりに楽しく読める本に出会えた。幸せな2日間だった。amokisan服用日記

l  「はっきり言って面白すぎ。弁護士ではないが似たような士業に関わっている者として極めて興味深い。今年読んだ新書の中では今のところ一番だ。」hironinさん

l  弁護士会や司法制度改革について興味のあるかたには一読をお勧めする次第であります。ラー教授の問道さん

l  単なる建て前ではなく、弁護士としての真摯な本音から論じられている行政書士開業日記&読書日記・・・そして創業しま!さん

弁護士の読者より

l  おもしろかったです。個人的には、このごろ読んでた戦争ものに通じる何か(理念先行で現実を見ずに敗れ去る・・)を感じました。弁護士ラベダー読書日記さん

l  一気に読めるベージ数で,これを読めば,どうしてこんな状態になってしまったのかという歴史的事実を知ることができます。銀座のマ弁(弁護士遠藤きみのブログ)さん

l  弁護士制度の崩壊についての、まさに素直で的確な分析。関根稔弁護士

l  「日弁連執行部は無謀な戦いを挑み、破れ、そして自らの失敗を隠蔽してきたのだ。その事実を知るだけでもこの本の価値がある。」坂野真一護士

l  衝撃的なタイトルからして反主流派弁護士の扇動ものかと思ったが,読み進めると中立な立場から事実を的確にふまえた同時代史である。高橋一郎弁護士

l  私なら、『日弁連は昔からこうだった』という題名にしたかもしれません。落合洋司

l  日弁連の政治的敗北は,学ぶべき先例に値する長城紀道護士

l  弁護士そのものの存在意義が,失われようとしている気がしてなりません。ちょっと怖い本でもありました。black_penguinさん

l  弁護士同士の過当競争と、弁護士の質の低下による自己崩壊が目に見えています。川原俊明護士

l  事実認定については異論がある点が相当ありますが、この本は実に面白く、刺激的であり、全ての法律家に読んで欲しい本です。この種の本は今までになく、市民にとっても必読書と言えるでしょう!!夢を追い続ける車椅の弁護士吉峯康博さん

ご批判

l  「大変に面白く、刺激的・論争的な本です。ただ、大川真郎弁護士の『司法改革ー日弁連の長く困難なたたかい』と読み比べてみることが必要だと感じました。」水口洋介弁護士

l  著者は議論の現場におらず、あとから本を読んだだけで批判のための批判をしている気がしてなりません。永尾廣久弁護士

l  著者の思いこみ・独断の傾向が強すぎる。夕陽ジュリーさん

l  「左翼系弁護士」という言葉が頻繁に出てくるが、変な誤解を与えないためにも、著者による定義をしてもらいたい。著者の「左翼」に対する蔑視的な感情がかいま見られるようで(私は「左翼」「右翼」とひとくくりにするだけで評価してしまうやり方には反対)、たびたび不快になった。寺本ますみ弁

l  失敗を正視しろということは正しいと思いますが、著者の論調はむしろそれ自体を超えて、人権を声高に叫ぶ弁護士を左翼とレッテル貼りして諸悪の根源という印象を与え、弁護士の大勢が人権問題に無関心な状況を当然視する立場からの日弁連批判の一環として語られているものに思えます。伊東良徳弁

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コメント

私はむしろ
>弁護士の大勢が人権問題に無関心な状況
というように弁護士が特定の人権に関心を持つのを当然視する「左翼系」弁護士の態度こそおかしいと思うんですね。

日本の弁護士会、日弁連では人権というとなぜか憲法25条関係(一昔前は加えて9条関係)が強調される傾向があります。

しかし、自由権と社会権は衝突します。社会権を重視して労働などの規制を強化し税を重くして社会福祉を充実すれば、営業の自由や労働の自由(働き方の選択)などの自由権、財産権への制約が強くなります。憲法上は自由権も社会権も人権なのに片方を重視した活動への参加を当然だというのはおかしいと思うんですよね。

企業の顧問弁護士として政府による営業規制と戦うのも人権擁護活動の一環として評価されるべきではないでしょうか。一企業は政府の前では弱者であるといえますし、伝統的には人権は政府からの自由と定義されたはずです。

現代の思想的にいえば、自由権を徹底的に追求したのが新自由主義や市場主義で、社会権を追及するのがいわゆる左派政党の立場だとすれば、弁護士であるというだけで片方の立場に同調するように求める弁護士会、日弁連の風土こそ問題で、そのような風土が弁護士会や日弁連に冷淡な態度をとったり反発したりする弁護士が増えてきた一因でしょう。

昨年からは広告規制の復活への不安から日弁連強制加入の危険性に目覚めたという弁護士もかなりいるようですが、これも結局は市場主義と社会主義的な統制あるいはパターナリズムの対立だとも言えます。

いずれにせよ、かなり多くの弁護士たちが、素直に「弁護士自治は弁護士を守っている」と感じられなくなっている現状では、例えば外側から現状のあり方を変える方針が示された時、一致団結した反対が行なわれるかというと、かなり怪しいと思います。「もう弁護士会の活動に束縛されないで済む。良かった」「これで広告規制の不安がなくなった! やった!」と思う弁護士もかなりいるんじゃないでしょうか。

私は、市場主義だけですべてが解決できるとは思いませんが、結局のところ個人的利益を求めて相談に来ているので、市場が形成されるのは自然なことで、費用がない人には法テラスなどがしっかり対応することでいわゆる経済的弱者も法的サービスを受けられるようにすればよいと考えます。

たしかに弁護士自治というのは刑事弁護などを考えると安心できるシステムにも見えますが、内部対立が激化すると成り立たない仕組みです。競争の激しいアメリカでは任意加入の州も多く、強制加入の州でも日本のような完全な自治はないのは、いずれ日本の行く道を示しているように思えます。

それが困るというなら、最初から司法制度改革などすべきではなかったのかもしれません。毎年の合格者を500人に抑えて、徹底して管理すれば、対立は起きず、日弁連も弁護士会も強力な力を持ち続けることができたでしょう。

しかし、司法改革をせずに法的なサービスの需要を満たせたかというと、72条を撤廃して、司法書士にも地裁の代理権を持たせて、とすればあるいは可能かもしれませんが、それでは司法書士が第二弁護士のようになってしまいますし、現実的には、日本を強力な官僚統制国家にして経済活動を抑制しない限り不可能に思えます。でも、それもアメリカなどから批判されるんですよね。

「左翼」という言葉については、日弁連、弁護士会ではまだまだ強い左派系弁護士に会合などでは気を使いつつ内心では反発している人たちも多いので、「左翼系」という言葉には蔑視というより反発と理解して共感した読者も多いと思いますよ。実際の著者の意図はわかりませんが。

投稿: sate | 2010年5月29日 (土) 13時24分

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