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2010年6月28日 (月)

ライフログ活用のすすめ―最新動向から法的リスクの考え方まで―

628H_187000標記の書籍が日経BP社から出版されるので、興味のある方は是非ご購入ください。

私の執筆範囲は、全256頁のうち約6頁にすぎず、ほかに牧野二郎弁護士や、二関辰郎弁護士といった、この分野の第一人者が執筆されているので、筆者の見解に興味のない方にもお勧めです。

ちなみに私は、ライフログビジネスの法的切り分けについて、当ブログにも記載した文章を前半に、匿名化技術や仮名化・行動ターゲティング広告のプライバシー問題に関する私見を後半に記載しました。どちらも試論の域を出ず、その有効性や射程距離について悩みながら書いた上、中途半端なまま終わっているのですが、広く御批判を仰ぎたいと思います。

あわせて、「こんな日弁連に誰がした?」も引き続きごひいきにお願いいたします。

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2010年6月27日 (日)

弁護士は「社会生活上の医師」?

「法の支配を社会のすみずみに」と恥ずかしげもなく言える弁護士はさすがに減ってきたようだが、「弁護士は社会生活上の医師」と言う弁護士は未だに多い。司法修習生への貸与制実施に反対する5月21日の日弁連総会決議にも、この言葉が2回も出てくる。だが、恥ずかしさでは「社会生活上の医師」の方が上だ。言っている本人は、自分の医師コンプレックスに気づいていないのだろう。

医師と弁護士の仕事がもつ社会的意義は、全然違う。医師の仕事を一言で言えば、人の命を救うことであり、これはかなり絶対的な善である。「自殺を試みた極悪非道な殺人犯に蘇生処置を施すべきか?」などというブラックジャック的シチュエーションでもなければ、異を唱える人はいまい。だから、医師がその仕事を全うすれば、誰からも尊敬される。

これに対して、弁護士の仕事を一言で言えば、依頼人の利益を実現することであり、これはとても相対的な善である。つまり、敵からみれば悪ということだ。それどころか、第三者や一般国民からも悪者呼ばわりされうる。強姦の被害者を救済するため犯人を告発することも弁護士の仕事なら、和姦でなかったかと被害者を攻撃することも弁護士の仕事だ。だから、仕事を全うした弁護士は、少なくとも相手からは怖れられ、憎まれ、あるいは軽蔑される。

念のためお断りしておくが、私は自分の仕事を卑下しているわけでもなければ、自虐ネタをかましているわけでもない。要は、弁護士の仕事と医師の仕事は違う、と言っているだけである。

社会生活上の医師でないなら、何にたとえるのか?と聞かれたら、私は多少の迷いを留保しつつ、こう答えたい。

弁護士は、社会生活上の傭兵である。

傭兵と言ったって、そんなに悪い話ではないだろう。私が最もあこがれる映画は、「七人の侍」である。(小林)

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2010年6月20日 (日)

法曹人口はなぜ増えない

6月19日の毎日新聞朝刊「ニュース争論」に、標記の題名で、高木剛前連合会長と、宇都宮日弁連会長との討論が掲載された。

高木氏は、大要、「事前規制社会から事後チェック社会へ移行し、小さな司法を脱却して二割司法を解消するために始めた法曹人口の大幅増は、未だ不十分であり、これに反対する日弁連は既得権益を守りたいだけではないか」と主張し、対する宇都宮会長は、大要、「法曹人口大幅増だけ推進するには、司法基盤の整備や法的需要があまりに乏しく、そのひずみは就職難となって現れている。このままでは人権擁護と社会正義の実現という弁護士の使命を全うできない」と主張する。「立会人」と称する伊藤正志論説委員は、「弁護士に競争至上主義がそぐわないし、基盤整備も必要だが、今以上に司法試験合格者数を減らすのはいかがなものか」と述べた。

面倒だから、個々の発言や、発言者については、論評しない。私が指摘したいのは、これらの議論は、10年以上前から、ただの一歩も進歩していないという1点につきる。高木氏と論説委員の主張は2000年の議論の焼き直しだし、宇都宮会長の主張に至っては1990年初頭に遡る。

10年以上前の議論をそのまま蒸し返して何ら恥じるところのない彼らは、問題点を指摘する能力はあっても、それを解決する能力がないことを自認したに等しい。いいかえれば、学者や評論家としての能力はあっても、政治家としての能力がないということだ。こういう人たちは、連合や、日弁連や、マスコミといった権力組織を担ってはいけないと思う。

話は変わるが、「こんな日弁連に誰がした?」を著した関係で、記者の知り合いが増えた。彼(彼女)らの多くは30歳代半ばから40歳台前半なので、私からこう聞くことにしている。「あなたが社会に出てからこっち、世の中は良くなりましたか?悪くなりましたか?」すると彼らは一様に、「悪くなる一方ですねえ」と嘆息するのだ。「こんな日本に誰がした?」である。

政治という作業は、たとえて言えば、糸のもつれをほどくのに、どの糸を引っ張ればよいかを決めることだ。糸がもつれていると指摘することではない。司法に限らず、わが国のあらゆる機構がもつれており、機能不全を起こしていることは、四半世紀も前から分かっていたことだ(司法に至っては、60年代から指摘されてきた)。この間、日本では、もつれている、こんがらがっている、の大合唱で、政治は、ちょこちょこと色々な糸を引っ張ってみては、これではもつれがひどくなるばかり、と諦めることを繰り返してきた。バブル崩壊以降の「失われた20年」というのは、つまるところ、そういうことだと思う。

そしてわが国の「ベスト&ブライテスト」は、20年経っても、かつての議論を蒸し返すばかり。われわれは、いったいどうしたらよいのだろう。

ひさびさに頭に来る記事だったので、支離滅裂な文章になった。お許しいただきたい。

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2010年6月13日 (日)

「陰謀論って、ええーっ、何のこと…」という永尾廣久弁護士に反論する

拙著「こんな日弁連に誰がした?」については、様々な賛同や批判をいただいた。いずれにせよ読んでいただいたわけで、ありがたいことである(買っていただいたのであれば、なおありがたい)。私は、拙著が議論のきっかけになってくれさえすれば満足であり、私見にこだわるつもりはない。もっとも、いくつかの批判については、成り行き上、反論しなければならない。

福岡県弁護士会の永尾廣久弁護士が、自由法曹団通信に拙著の批判を掲載された。表題を「司法制度改革はせめぎあい 『陰謀』論には与しない」という。福岡県弁護士会のホームページにも、ほぼ同内容の文章が掲載されている。私は自由法曹団員ではないが、先輩からコピーをいただいたし、新たな資料にも接したので、その紹介を兼ねて、反論したい。

さて、「陰謀」の舞台となった19941221日の日弁連臨時総会では、司法試験合格者数年1000人以上を念頭に置く執行部案と、700人堅持の反執行部案が対決し、約5300対約3700で、執行部案が勝った。ところが、議事後半に、突然、司法試験合格者数年800人を5年維持するという関連決議案が提案された。これは関連決議案ではなく修正案ではないかとの異論も出たが、本案では対決していた執行部派も反執行部派も、関連決議案にはそろって支持を呼びかけたため、実質的な討議を全く経ずに、圧倒的多数で可決された。そのため、日弁連の総意は、関連決議である年800人の5年維持と認識されることになった。

私は、関連決議案提案者である辻誠弁護士と、土屋公献会長、反執行部案提案者である野間美喜子弁護士との間に、総会前に謀議がなされシナリオが書かれたと推理し、これを「陰謀劇」と表現した。これに対して永尾弁護士は、「このときの総会に出席していましたが、陰謀があったなどと今も思っていません」と反論する。

ところで、新たな資料とは、永尾弁護士と同じ福岡県弁護士会のもと会長であり、当時の日弁連副会長であって、執行部案の説明担当者であった荒木邦一弁護士(故人)が、「九弁連だより」19951月号に掲載した「日弁連臨時総会を終えて」と題する記事である。やや長文になるが、総会の顛末を記載した、おそらく唯一の文章なので、該当部分をそのまま引用する(括弧内は注釈。以下同じ)。

「今度の総会には約1000人が出席したが、それより事前の委任状獲得運動がすごかった。執行部は一切動いていないが、東弁・二弁を中心とする(執行部案)支持グループと、名古屋を中心とする対案(反執行部案)支持グループとが競い合ったのである。執行部案の優位がほぼ見通せた段階で、実に色々な人達が、将来にしこりを残さないためと称して、修正案の策定に動いた。ありようは、対案支持グループに議事妨害を敢行して続会ないし流会をねらう動きがあったので、これを威嚇手段として執行部に譲歩を迫ったり、反対にこれを封ずるために対案支持グループの慰撫を計ったりしていたのである。執行部は終始黙殺していたが、総会開催の45日前に、従前との動きと異りさきの両グループ間で関連決議案の形態による事態収拾を協議中との話が入ってきた。急なことだったので対応に窮し、総会前夜まで執行部内で相談を重ねたが、結局阻止とも支持とももはや施すすべがないとの結論になり、執行部としてはあくまで理事会決議(執行部案)の貫徹を期する、この関連決議案には賛成もしないし妨害もしない、もし可決されれば誠実に執行するのみだ、と決めた。総会でこの議案(関連決議案)が提出されたとき、質問に答えて、(土屋公献)会長自身その結論を述べたのである。総会招集請求権の行使と議事妨害の威嚇とを組み合わせれば少数者の意向が多数者の意思貫徹をある程度掣肘しうるという、会内民主主義原理の上からは必ずしも望ましくない先例が生じたことになる。」

この証言について、前半後半に分けて検討しよう。

まず前半部分をみると、関連決議案提案までの経緯についての私の推理は、概ね当たっていたことが分かる。推理を超えていたのは、関連決議案が、議事妨害という「威嚇」を伴っていた点だ。この点については、当時の日弁連副会長であり、名古屋弁護士会の会長でもあった村瀬尚男弁護士も、「自由と正義」19963月号「回顧と展望」で、「関連決議案を出すというような動きがあるということで、副会長の中でも、もちろん『関連決議抜きで執行部だけでいこう』という意見もありましたけれども、総会が流会にでもなると、あれだけ多人数の会員が出席する総会の場所を確保できない」と述べ、荒木弁護士の証言を裏付けている。弁護士とあろう者が、議事妨害という実力行使を「威嚇」して駆け引きするとは、無茶苦茶をやるものだと思う。

一方、後半部分、すなわち執行部の決定に関する証言には、検討の余地がある。というのは、荒木弁護士によれば、「執行部としては(中略)関連決議案には賛成もしないし妨害もしない」と決め、「会長自身その結論を述べた」という。しかしこの証言は、土屋公献会長の行動と食い違っている。なぜなら、土屋公献会長は、総会中、「関連決議案は執行部案の内容を具体化したもの」と述べているからだ。執行部案は司法試験合格者数年1000人以上を念頭に置くものだから、年800人の5年維持という関連決議案が、「執行部案を具体化したもの」であるはずがない。

さらに、土屋公献会長は、討論が打ち切られて採決を待つばかりとなった時点で、自ら発言を求め、こう言っている。

「先ほど辻会員から出されました関連決議、これは実質的に第1号議案(執行部案)と矛盾するものではない、そういう意味で第1号議案についての委任状をもっておられる方は、受任者の善管義務の範囲内である。なぜならば司法改革へ向けて会が団結して力を発揮しようということについて、だれも異議を唱えないからであります。

したがって授権した人たち、委任状を提出した人たち、これは委任者の善管義務の範囲内に入る者というふうに解釈して、投票権を認めてくれるものというふうに私は考えるものであります。第2号議案(反執行部案)に対する委任状を提出した方についても、私は同様に考えております。」

この発言は、関連決議案に対する賛成票を投じるよう、執行部派と反執行部派の両派に求めたものだ。土屋公献会長自身「蛇足ながら」と弁解しているが、執行部として「関連決議案には賛成もしないし妨害もしない」と決めたというなら、蛇足どころか、執行部の決定に明らかに違反している。

荒木弁護士の証言と、これと食い違う土屋公献会長との関係は、どのように考えたらよいのだろうか。

荒木弁護士は、総会当日、執行部案の担当責任者として、ヤジや罵声を浴びながら、火だるまになって奮闘していた。執行部として「関連決議案には賛成も妨害もしない」と決めたという荒木弁護士の証言が事実なら、関連決議案への支持を呼びかける土屋公献会長の行動に、心穏やかであったはずはない。しかし、執行部の一員としては、あからさまな会長批判はできない。こう考えてくると、荒木弁護士は、土屋公献会長を言外に告発しているようにも思えてくる。つまり、「執行部としては関連決議案に賛成も妨害しないと決めたのに、土屋公献会長がこの決定に違反し、関連決議案に賛成を呼びかけた」という告発である。いいかえれば、「執行部としては『陰謀』に荷担していない。しかし土屋会長は『陰謀』に荷担した」との告発である。

ちなみに、荒木弁護士は上記記事の末尾に、「執行部は土屋会長の下に終始一致団結して、いささかも足並みの乱れを見せていない」と書いている。私には、この言葉を文言通りに受け止めてよいとは思われない。

土屋公献会長が、執行部としての決定に従わず、「陰謀」に荷担したという仮説は、会長選挙から本件臨時総会までの経緯を踏まえると、ありうる話である。土屋公献会長は、もともと、司法試験合格者数年1000人を公約する対立候補を下して当選したが、当選後、1000人以上を念頭に置く執行部案を提案する「公約違反」を行っているからだ。しかし実際どうだったかを知るすべは、今となっては乏しい。噂では、当時の執行部内で、ことの真相を明らかにし、執行部としては「陰謀」に荷担していないという趣旨の書籍が企画されているらしい。中心人物の土屋公献会長や、荒木担当副会長が鬼籍に入った今になって「真相」と言われても、後出しじゃんけんの感は否めないが、無いよりはましだから、出版を楽しみに待ちたい。

もっとも、この仮説が正しいとしても、土屋公献会長が「陰謀」に荷担したとの事実認定が変わらないのであれば、副会長らの名誉が回復されるだけで、大勢に影響はない。

本題に戻ろう。「陰謀」とは、文字通り、「陰で行う謀(はかりごと)」をいう。ここで「陰」とは、表(おもて)でないこと、すなわち、正式な意思決定手続きを踏んでいないことをいう。たとえば、独裁的な組織なら、独裁者が腹心と密室で協議し意思決定しても、「陰謀」とは言わない。これに対して、民主的な組織なら、本来総会で諮られるべき事柄を、総会外の密室で決定することは「陰謀」である。

この関連決議案は、実質的な修正案だから、本来、総会議場において実質的な議論を尽くさなければならない。それにもかかわらず、提案者である辻誠弁護士、執行部を代表する土屋公献会長、反執行部案の提案者である野間美喜子弁護士の3者間で、総会以前に、執行部案の採択と引換に採択されることが決められていた。久保利英明弁護士ら、関連決議案は実質的修正案ではないかと指摘した弁護士も複数いたが、土屋公献会長をはじめ、関連決議案の支持者が、この真っ当な指摘をことさらに無視した。そして、総会に出席した弁護士の大多数は、事前の経緯を知らないまま、「執行部も反執行部も関連決議案を支持するなら、賛成してよいだろう」と思わされ、賛成票を投じさせられたのであり、つまりは利用されたのである。事前謀議を知らず、威勢よく賛否の議論を戦わせた弁護士たちは、ガス抜きに使われたことになる。まして、この総会に出席せず、委任状のみ提出した8000人以上の弁護士は、関連決議案を吟味する機会を全く与えられず、そのもたらした不利益のみ引き受けさせられることとなったのである。この顛末を、私は「陰謀劇」と表現している。

この関連決議が、その後の日弁連とわれわれ弁護士にどれほどの災厄をもたらしたかは拙著で触れたから、ここでは繰り返さない。しかし最も大事なことは、関連決議が結果的に失敗だったか否かではない。ポイントは、実質的な討論という民主的手続きを一切経ずに議決された点にある。もし、この関連決議が、民主的な手続きを経て議決されたのであれば、結果として大失敗に終わったとしても、その責任は日弁連会員全員で引き受けるべきものである。民主主義とは、一面で、構成員全員が失敗の責任を引き受けることを正当化する手続きなのだから。だからこそ、可決・否決が明白に予想される提案であっても、必ず、提案→質問→討論→採決という手続きを踏むし、部会やら小委員会での議論の経緯が構成員に報告され、事前に吟味する機会が確保されるのだ。永尾廣久弁護士自身、「いろんな人のいる日弁連が、しっかりした議論を踏まえて、一定の方向性を出す」ことが重要と述べている。この「しっかりした議論」が、関連決議においては、事前謀議に基づいて、故意に省略されたのだ。

私の言う「陰謀」に荷担した弁護士たちは、よかれと思ってやったことだから、「陰謀」ではないと弁解するかもしれない。森山文昭弁護士は、「会内の亀裂をどうするかということで、なんとかこの線でまとめようということだったのではないでしょうか」(「自由と正義」19993月号「法曹養成制度改革」座談会)と分析する。また、「陰謀」に荷担した弁護士の中には、日弁連は強行対決路線を貫くべきであったから、関連決議は正しかったと主張する者もいる。

しかし、善意なら、正しいことなら、民主的手続きを曲げてもよいという発想は、民主主義の立場からは許されない。結果的正義より手続的正義を優先するのが民主主義だからである。それでも「陰謀というほどのものではない」というなら、言葉遣いの問題に過ぎない。私は、言葉遊びにお付き合いする気はない。

芳賀淳弁護士は「東弁司法問題ニュース」141号に、「隠密裏に調整が行われており、大部分の会員は、総会当日に初めて提案の事実及びその内容を知ることとなった」と記している。「自由と正義」19993月号「法曹養成制度改革」座談会によれば、当時、法曹養成制度等改革協議会の日弁連代表委員であり、つまりは法曹人口問題の最前線にいた鬼追明夫弁護士さえ、関連決議案の提出を「まったくシナリオのない、全然予期しないことをやった」と述べる。また、村和男弁護士は、「執行部の中でも(関連決議の提案を)全然ご存じなかった方もいらっしゃって、本当に激怒されていた方もいらっしゃった」と言う。これらによれば、大部分の会員どころか、執行部の一部さえ、関連決議の提案を事前に知らなかったことになる。

永尾弁護士自身が、拙著と対置する大川真郎弁護士著『司法改革 日弁連の長く困難なたたかい』78頁には、「(土屋公献)執行部は、この総会で『大綱』(執行部案)の承認を得るため、関連決議を採択することを余儀なくされた」とあり、執行部と関連決議案支持者との間に密約があったと示唆している。同書は、多くの点で私と見解を異にするが、この認識は完全に同じだ。

これだけの数の有力者が、関連決議案提案可決の経緯に疑問を明示しているのに、「陰謀論って、ええーっ、何のこと…」と言われても、困ってしまう。結論としての陰謀説に、賛成してもらわなくても結構だが、少女のように驚くほど面妖な話でもないはずだ。

総会翌年の日弁連副会長であり、もと福岡県弁護士会長の國武格弁護士は、「『関連決議は、実質は修正案ととらえるべきではなかったか』という意見が会員間にある」と指摘した上で、これを修正案として取り扱わなかった議事運営を反省点としているし、同じく第一東京弁護士会の児玉公男弁護士も、「付帯決議(関連決議)を含めての評価は、正直言って微妙なものがあります」と述べる(「自由と正義」19963月号「回顧と展望」)。

荒木邦一弁護士は、関連決議を評して、「純真にもやすやすと法務省の出す泥舟に乗り込んだことになる。良いとこ取りをしたつもりでも、そのこと自体で、将来の司法試験合格者1500名、また修習期間の1年半程度への短縮という法務省の構想になにほどかの論拠を付け加えたことになるからである」と述べる。

そして歴史は、荒木弁護士が予言したとおりに動いた。

私は、法曹人口問題について、日弁連は取り返しのつかない失敗をしたと考えている。そして、その失敗とは19941221日の臨時総会における関連決議だと確信しているし、拙著にも「日弁連、最大の失敗」と書いた。その後の日弁連が3000人という途方もない増員を受け入れることになる道筋は、実にこの関連決議によってつけられたのだと思う。いずれにせよ、この失敗が、民主的な手続と「しっかりした議論」を経た上での失敗ならば、一会員として、そのもたらした災厄に、責任の一端があるとの考え方もありうる。しかし、この失敗が、民主的な手続を経ず、「陰謀」によってもたらされたものであるならば、失敗のツケを負わされることになった一般会員は、「陰謀」に荷担した者に対して、詰め腹を切らせる権利があると思う。

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