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2010年7月23日 (金)

検察、異例の無罪求刑 「証拠映像は別人」受け

720日の報道によれば、盗んだキャッシュカードを使ってATMから現金を引き出したとして金沢地裁に起訴された被告人の男性について、「ATMの防犯カメラの画像は別人」とする警察の鑑定が出たため、検察官が異例の無罪請求をした上、法廷で被告人に謝罪したという。

一見、典型的なえん罪事件に見えるが、腑に落ちない点がいくつもある。

第一に腑に落ちないのは、「防犯カメラの画像は別人」とする鑑定が、起訴後に、愛知県警によってなされた点だ。これは起訴前にやっておくべき鑑定をやらなかったという、基本的な捜査ミスだろうか。しかしそれなら、なぜ地元の石川県警ではなく、愛知県警なのだろう。「日本法科学技術学会(平成20年)」のプログラムを見る限り、石川県警科捜研にビデオの画像解析技術が無いとは思われない。検察官自らが勾留取消を求めるまで、弁護側の勾留取消請求が却下されたことからも、勾留を継続するそれなりの客観的証拠があったとうかがえる。そうだとするなら、起訴後の鑑定の委託先が「愛知県警」であることは、起訴前の鑑定を「石川県警」がやっていたことを意味する。

そうだとすると、起訴までの経緯は、たぶんこうだ。

盗難カードを使ってATMから現金が引き出された。石川県警は署内に保管する顔写真を手始めに、ATMの防犯カメラの画像の男を捜したところ、被告人が捜査線上に浮上した。早速任意で取り調べたが一貫して否認。しかし石川県警科捜研は、防犯カメラに写っているのは被告人だという。起訴検事は悩んだだろうが、ビデオの画像解析結果がある以上、と判断して起訴したのではないか。

「一貫して否認しているのに逮捕・起訴とはひどい」、という考え方もあろうが、「自白偏重の捜査をしない」ということは、裏返せば、「否認しても逮捕・起訴される」ということだ。防犯カメラ画像と被告人が同一人物という科捜研の判定があるという仮定を前提にする限り、これはかなり決定的な証拠といえる。

もちろん、科捜研の判断を待たず、あまりに画像が被告人と似ているから、というだけの理由で起訴した可能性は否定できない。被疑者は犯人性を一貫して否認し、他の有力な積極的証拠がないのに画像鑑定をせず起訴したというなら、信じがたいほどの愚かさだが、信じがたいだけに、可能性は低いと思う。捜査官には、「こいつは犯人だ」という確信があったのだろうが、被疑者が否認しているのに、山勘や思い込みで公判が持たないことくらい、捜査官が一番よく分かっていることだし、起訴担当検事は一般に、それほど馬鹿ではない。いずれにせよ、報道を見る限り、この点は謎のまま残る。

第二に腑に落ちないのは、愛知県警の鑑定が二回行われている点だ。

612日の朝日新聞によれば、石川地検は3月、愛知県警にビデオの鑑定を依頼した。このとき弁護人は勾留取消を請求したが、退けられた。同年412日、今度は検察官が勾留取消を請求し認められる。翌13日、愛知県警が「防犯カメラの人物と被告人が同一人物かは不明」とする鑑定書を作成し、30日、裁判所に提出される。さらに521日、「防犯カメラの人物は被告人と同一人物ではない」とする愛知県警の二回目の鑑定書が提出され、証拠採用されたという。

いうまでもなく、刑事裁判は「無罪推定」に服する。最初の鑑定書で十分無罪になるから、二回目の鑑定書は、本来不必要だ。なのになぜ、二回目の鑑定書が作成されたのだろう?

可能性として次の三つが考えられる。

第一は、担当裁判官が「不明」という鑑定書では納得できないとして、出し直させた可能性だ。被告人の名誉回復という視点からはありうる仮説だが、わが国の刑事裁判が職権探知主義を取っていないことに照らすと、やや疑問がある。足利事件の影響だろうか。

第二は、担当検察官自身が、愛知県警に命じて鑑定書に出し直させた可能性だ。この仮説は、無罪求刑と符合するが、石川地検の検事が愛知県警に鑑定書の再提出を命じるというのは、組織論的に可能だったのか、疑問が残る。また、検事が最初の鑑定書を裁判所に提出したことと符合しない。

第三は、県警より上の警察上層部が、「不明」という鑑定書に問題があると考えた可能性だ。すなわち、愛知県警の一回目の鑑定書は石川県警に遠慮したとも考えられるが、これでは、結果的に警察全体の画像解析技術精度に疑問符をつけることになる。まして、愛知県警の技術は画像を立体化して解析するという最新のものであり、おそらく、東京都が進める「三次元顔形状データベース自動照合システム」と同じ技術だ。この技術に限界なり問題があるということでは、将来に禍根を残すと警察上層部が判断して、鑑定書を作成し直させた、という仮説である。

いずれにせよ、報道だけでは、真相が分からない。弁護士としては、モヤモヤ感の残る事件報道である。

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