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2010年8月28日 (土)

クラウドコンピューティングと武器輸出規制

816日、経済産業省がクラウドコンピュティングと日本の競争力に関する研究会」報告書を公表したことを、山口陽平氏のブログ経由で知った。

この報告書では、国外のデータセンターを利用する場合に問題となり得る例として、外為法25条との関係を指摘している。

これによれば、「日本国内から海外の外部サーバに情報を送信する際や、当初から外国の利用者に情報を提供することを目的に自社の海外サーバに情報を送信する際、国内サーバのリソースを演算処理等のために提供してその結果を送信する際等」に、経済産業大臣の事前許可を必要とする場合があるという。ということは、許可を得ずに行った場合には、刑罰が科せられるということだ。

そうだろうか。

外為法25条は、武器や大量破壊兵器等に関する特定の技術情報を、他人に譲り渡すことを規制している。その要件は、とても分かりにくいので、ここでは触れない。肝心なのは、「他人に譲り渡すこと」が規制されているのであって、「自分で使うこと」は規制されていない、ということだ。だから、自分で使う限り、その情報を国内のサーバーに送信しようと、海外のサーバーに送信しようと、外為法に違反する余地はない。

ここに「自分」とは、自然人(生物学的な人間)だけではなく法人も含む。だから、日本法人の社員が、特定の技術情報を、日本から海外サーバー経由で中国支店の社員に渡しても、同一法人内の情報共有に過ぎない以上、「他人に譲り渡した」とは言わない。

もちろん、リソースを他人や別法人と共有するため、海外サーバーを通じるなどして特定の技術情報をその他人が入手できるようにするときは、外為法25条に違反する可能性がある。しかしこれは、クラウドコンピューティングに限ったことではない。

また、データセキュリティの問題とも関係がない。たとえば、とてもヤバい技術情報を、うっかり、セキュリティがとても甘いデータセンター内のサーバーに保存したときは、不正アクセスによってそのヤバい技術情報がテロリストなどに渡ってしまう可能性がある(あまり現実的な設定ではないが…)。しかし、仮にそうなったとしても、外為法違反に問われる余地はない。なぜなら、外為法は、過失犯を罰していないからだ。

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2010年8月26日 (木)

今 敏監督死去

824日、今監督が亡くなった。

制作途中の「夢見る機械」が公開されたとしても、その後、今監督の映画は見られない。とても残念だ。

今監督の作品は、「パーフェクトブルー」「千年女優」「東京ゴッドファーザーズ」「パプリカ」とたぶん全部見た。おそらく「東京ゴッドファーザーズ」が高い評価を受けるのだろうが、「パプリカ」や「パーフェクトブルー」のような、人間の深層心理に切り込んだ作品をもっと見たかった。

「さようなら」と題した一文が、死去の翌日付で公開されている。末期の膵臓がんを宣告されて以来の出来事や思い、遺される者への感謝の念を、ユーモアを交え綴っている。残された時間の中で、人生の後片付けに追われ、「はあ…やっと死ねる」と安堵したという一文や、臨死体験のエピソードに、この心境に至るまでたどった修羅の時と、死にゆく自分の姿さえ突きはなして観察する作家魂を思う。

享年46歳は、手塚治虫にたとえれば「ブラックジャック」を、宮崎駿にたとえれば「天空の城ラピュタ」を、押井守にたとえれば「攻殻機動隊」を制作したころにあたる。今監督とファンと世界のアニメーションが失ったものはあまりにも大きい。今私にできるのは、過去の作品を見返して、永遠に失われた将来の傑作に思いを馳せることだけだ。

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2010年8月23日 (月)

講演前にラーメンはNG(イトーヨーカ堂事件について)

 農林水産補助する食品安全セミナーのため札幌日帰り。大阪に比べ、10度近く涼しい。

 札幌駅前でラーメンを食べたのはよかったが、講演中のどが渇いて口が回らなかった。講演前に塩からいものは禁物と分かった。

 このセミナーを担当して3年目になるが、今年はとても参加者が多い。企業の関心の高さが窺える。

 さて、食の安全といえば、昨今報じられているイトーヨーカ堂の偽装事件であるが、これがどうも腑に落ちないでいる。

 報道されている限りでは、イトーヨーカ堂の担当社員が、中国から輸入したウナギの蒲焼きが大量に売れ残ったため、売却処分する際、同社が輸入したことを隠蔽しようとして、段ボール箱の詰め替えを行ったという。

 食品衛生法19に基づく食品衛生法施行規則21条1項ハは、食品輸入事業者の表示義務を課しており、その違反には2年以下の懲役または200万円以下の罰金が科せられる(併科も可能。食品衛生法72条)。だから、報道されたことが事実であるとすれば、イトーヨーカ堂の社員の行為は明らかに違法だし、両罰規定(78条)により、法人としてのイトーヨーカ堂も罰せられる可能性がある。

 しかし、輸入者名の偽装は、実質的にみれば、同じ条文で処罰される他の偽装行為、たとえば消費期限の偽装や産地偽装に比べれば、可罰性は低いだろう。また、報道によれば、偽装行為は箱の詰め替えだったから、食品の袋には、イトーヨーカ堂の表記ははじめからなかったと思われる。そうだとすると、偽装があってもなくても、転売された商品にはイトーヨーカ堂の名前は表示されなかったことになる。しかも5年前の事件で、健康被害はない。単純に見る限り、公訴時効が成立している。

 報道によれば、転売されたウナギはさらに賞味期限を偽装して転売されたという。それならば捜査機関は、イトーヨーカ堂の社員が、はじめから賞味期限の偽装を想定して転売したという構図に持って行きたいのだろうか。そうだとするなら、証拠が弱くないか。捜査機関の描く絵が何かが、よく分からない。もしかしたら政治がらみか、反社会勢力がらみかもしれない。単に重要な事実を見落としているだけかもしれないが。

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2010年8月22日 (日)

日米武器輸出規制の違い

アフガニスタンで米国務省やCIA関係者警護を請け負っている民間軍事請負企業、ブラックウォーター社(現ゼー・サービシズLLCが、スーダン反政府勢力の軍事訓練を計画するなど、数百の武器輸出規制違反があったとして、刑事訴追を免除する代わりに約36億円を支払う司法取引に応じた、とニューヨークタイムズ電子版が報じた。

日本に司法取引制度がないことはさておき、同様の事件が日本で起きた場合、外為法上罰金は科せられるものの、現実には36億円という金額にはなりえないと思う。

他方、武器輸出規制違反を犯した(と報じられた)日本企業は、ごうごうたる社会的非難にさらされ、罰金を遙かに超える損失を被るだろうし、ほとぼりが冷めるまでの間、公的機関との取引には一切応じてもらえないだろう。

これに対して、報道によれば、ブラックウォーター社が司法取引に応じたのは、アフガニスタン等での警備契約の継続や新規受注を確保するのが狙いだという。

このような展開はわが国では考えられない。

日米武器輸出規制と運用の違いは、わが国の武器輸出規制の厳しさを論じる場合に、頭に入れておいた方が良いと思う。

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2010年8月17日 (火)

袋詰未検査米穀の不適正表示

農林水産省は64日、えひめ南農業協同組合が、「袋詰米穀について、未検査米を使用しているにもかかわらず、産地、品種及び産年を表示」した等として、JAS法に基づく指示を行ったと報道発表した。

「未検査米」とは、「農産物検査証明を受けていない原料玄米」をいう。米穀の生産者や、輸入業者は、生産し輸入した米穀について、検査を受けることができる(農産物検査法3条、4条)。「受けることができる」だから、受けなくてもよいし、未検査米のまま販売してもよい。だから、未検査米だからといって品質や安全性が劣るわけではない。ただ、未検査米を袋詰めにして販売するときには、品種、産年、産地を表示してはいけない。表示すると、JAS法(農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律19条の13に基づく「玄米及び精米品質表示基準」(農林水産省告示)5条に違反することになって、農林水産省の指導を受けるほか、2年以下の懲役又は200万円以下の罰金に処せられる(JAS23条の2)。つまり、未検査米の場合には、正しい表示をすることも(コシヒカリをコシヒカリと表示して売ることも)禁止されるのだ。「未検査米」と断ってもダメ。ばかばかしいような気もするが、制度上はそうなっている。

脱線すると、未検査米についての上記の規制は、袋詰めで販売する場合に限定されている(玄米及び精米品質表示基準1条)から、インターネットで販売する場合の表示や、量り売りをする場合の表示については適用がない。いよいよ馬鹿げている。

未検査米でも販売できる、ということが消費者に直接関係するのが、レストランでの提供や、米飯(炊いたお米)としての販売だ。この場合は、JAS法の適用がない。実際のところ、未検査米が多く流通しているらしい。もちろんこの場合でも、事実でないことを表示することは許されない。たとえば、事実でないのに「当店ではコシヒカリ100%のお米を提供しています」と表示すれば、「不当景品類及び不当表示防止法」(いわゆる景品表示法)4条違反になる。しかし、未検査米であることを表示する義務はないので、表示しなかったからといって違法ではない。つまり消費者は、米穀を購入する場合は検査米か否かを区別して購入することができるが、米飯を購入したり有料で食べたりする場合は、この区別ができないということになる。

冒頭に記したとおり、未検査米であるからといって、品質が劣るとか、安全性に問題があるということにはならない。しかしそれなら、何のために米穀検査制度があるのか、よく分からなくなってくる。

話を戻そう。えひめ農協は、未検査米であるにもかかわらず、産地や品種・産年を表示したとして摘発された。一方、報道によれば、えひめ農協は、コシヒカリと偽って、あきたこまちを販売していた疑いがある。そうだとすれば、消費者にとって関心があるのは、検査米か否かではなく、品種の偽装があったか否かとなるはずである。しかし、農林水産省のプレスリリースでは、この点に全く触れず、えひめ農協も、不自然な弁解をしてお茶を濁している。

これでは、消費者目線とはとても言えないだろう。

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2010年8月15日 (日)

企業の弁護士採用、係長クラスでも応募殺到

ある企業が、一人の企業内弁護士を募集した。条件は平社員扱いで、年俸は大卒入社の3年目と同程度。つまり、司法修習期間を考慮した他は大卒並みということだ。それでも10人以上の応募があり、企業を驚かせた。

企業内弁護士として入社すれば部長クラスの待遇を受けたのも今は昔。今は課長クラスどころか、係長クラスの待遇でも応募殺到という。

それでも企業内弁護士の人気は高い。小規模な弁護士法人や、個人経営の事務所に就職するよりは安定的で、待遇も良いからだ。同様の理由で、司法試験に合格し、司法修習を終えた後に裁判所事務官になった例もある。

ある結婚情報会社の関係者は、「結婚相手として、弁護士よりも大企業の社員の方が安定している、と考える若い女性が増えている」と話した。

以上、815日付の朝鮮日報より、二つの記事を要約した。

コメントを書くと暴発しそうなので、コメントはありません。

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2010年8月14日 (土)

「企業の弁護士役割観は変わりつつあるのか」福井康太、福井祐介

標記論文は、本年3月に発表されたものだが、言及したブログ等はないようなのでご紹介したい。PDFでダウンロードできるから、是非本文にあたっていただきたい。

同論文は、司法改革の柱である「人的基盤の拡充」に関して、(弁護士に対する社会的需要は多くないと)する最近の異論は「裏付けのない『思い込み』に基づいた批評」であるから、実態調査が必要であるとして、次の3つのアンケートを行い、これを分析・解釈して一定の提言を行っている。

  全国の企業2000社(回答数320

  大阪弁護士会の弁護士1500人(回答数194

  全国の企業内弁護士259人(回答数68

 第一に、回答企業のうち顧問弁護士がいるのは約半数、弁護士を雇用している企業が2.2%となっている。企業の意識としては、企業外弁護士に対するニーズとしては「応訴対応」「紛争解決のための交渉」「訴訟提起」といった「対外的紛争解決業務」が上位であり、その後に「法令調査」「契約書作成」等「予防法務業務」が、さらに下位に「海外取引に関わる契約書の作成」「M&Aへの対応」「国内取引に関わる契約書の作成」「セクシャル・ハラスメントへの対応」等「予防法務的側面も含んだマネジメント業務」が来る。著者はこれらのマネジメント業務は「企業の間接部門において重要な位置を占め、今後の動向が大いに注目される」という。

 また、組織内弁護士に対する現時点のイメージとしても、「依然として従来型の弁護士に近い高度専門職としての姿であり、また求められる能力・資質についても、企業組織への深いコミットメントはあまり期待されてはいない」と総括している。

第二に、大阪弁護士会員からの回答に基づく分析としては、企業相手に行う業務の上位は「応訴対応」「契約書審査」「紛争解決のための交渉」「損害賠償訴訟提起」となっており、企業の業務ニーズと完全に一致している。

これに対して、第三の組織内弁護士からの回答によれば、業務の上位に来るのは「契約書の審査」「国内取引に関する契約書の作成」「法令調査」「コンプライアンス業務」であり、事後的紛争解決を主とする一般弁護士に比べ、予防・事前処理業務が上位に来ているという。ただ、組織内弁護士は組織外の弁護士に比べ、「役割満足」度が低く、これは「組織人」でなければならないこととの「役割的葛藤」が原因ではないかと分析している。

以上に基づく提言として、著者らは、「人的基盤の拡充」にあたっての課題として、訴訟・事後的紛争解決という従来型弁護士役割イメージのステレオタイプから、企業等の意識を解き放ち、組織人としての弁護士像を企業に普及させていく必要がある、もちろん弁護士自身の意識改革も必要と主張している。

論評は最小限に留めたい。

本論文は、弁護士に対する社会的需要は多くないとする異論を「実態調査のない『思い込み』」と非難しておきながら、自ら行った実態調査によって、その異論を実証してしまったという、極めて皮肉な内容である。かなりひいき目に言って、将来の弁護士ニーズに関する新たな役割の萌芽は見られるが、その芽は(著者自身認めるように)、現時点ではとても小さい。また、アンケート回答企業320社中、2.2%の企業(=7社)が組織内弁護士を雇用していると回答しているが、わが国の企業数は従業員数21人以上の企業だけでも66万社以上あり、その2.2%は14500人を超えることからすれば、現実の企業内弁護士数(500人くらい?)と比べた場合、このアンケートの回答企業はかなり偏っており、その分、著者らの指摘する「希望の芽」の実体は小さくなる。さらにいえば、このような実態調査が司法改革制度設計後10年目にして初めて行われたことは、司法制度改革設計自体が根拠のない「思い込み」によってなされたと、裏面から実証したことになる。

冒頭の大風呂敷とは全然違う実態が判明したにもかかわらず、何重もの仮定に基づく希望的提言で論文をまとめざるを得なかったのは、スポンサーである「法曹の新職域グランドデザイン構築」に配慮したものと思われる。しかし、法哲学とか法社会学とかの看板を背負う以上は、スポンサーの意向に追従するのはやめた方がよいと思う。

学者さんといえども、「組織人」であることを免れないということであろうか。

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2010年8月12日 (木)

外為法はなぜ分かりにくいのか?

武器輸出三原則の緩和がニュースを賑わしているが、武器輸出を管理する法律が外為法だということは、弁護士でさえ知らない人が多いと思う。「外為法」は「外国為替及び外国貿易管理法」といい、後者が武器輸出を管理しているのだ。

この外為法という法律は、とても分かりにくい。本年8月には「超訳 外為法」が発刊された。管轄官庁の外郭団体自ら「超訳」本を出すあたり、その分かりにくさは折り紙付きだ。

外為法はなぜ分かりにくいのだろう。その最大の理由は、原則と例外が逆転していることにある。

わが国は自由経済体制を取る資本主義国家であり、工業製品の輸出を経済活動の源としている。だから、輸出の自由は憲法上保障されている。外為法上も、最小限度の制限のみ許されると明記され、例外として、政令で定める場合には、輸出が禁止されるとしている。

ここまでは、原則と例外の関係は他の法律と同じだ。簡単に言うと、わが国は自由国家なので、自由が原則であり、禁止は例外なのである。

ところが、ここからがややこしくなってくる。

上記のとおり、外為法は輸出自由の「例外」として、政令で定める場合には禁止されるとしている。これを受け、輸出貿易管理令という政令が、禁止される貨物の範囲を定めている。その内容は何と、食料と木材を除く「すべての」工業製品の輸出を禁止するというものだ。

…というとやや言い過ぎなのだが、大間違いではないし、とりあえず初心者の方には、そう思っていただいた方が理解しやすい。正確な解説は後日に譲るとして、まずはすべての工業製品の輸出が禁止されていると理解してほしい。

もちろん、禁止したままでは輸出が全くできなくなってしまう。そこで、輸出管理令や、その下位の省令等では、例外として輸出が認められる場合を規定している。さらにややこしいことには、例外の例外として、輸出が禁止される場合を規定していたりする。

復習しよう。外為法では、輸出は「原則自由」で、「最小限度の例外」が政令で定められるはずだった。ところが政令は、全部を輸出禁止と定めたので、「輸出禁止の方が原則」となってしまったのである。

これが分かりにくさの原因であり、外為法が抱える最大の問題である。

弁護士に限らず、大学で憲法を学んだ人なら、必ずこう言うだろう。「最小限度の制限はどこへ行ったのか?憲法上の自由が原則禁止だなんて、憲法違反じゃないのか?」と。

そうかもしれない。しかし現実問題として、数十年来、外為法はこのような構造になっているし、公に違憲と指摘されることもなく、輸出に関わる多くの企業が、この制度を前提に、活動を行っている。

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2010年8月 9日 (月)

玄葉光一郎改革相は霞ヶ関の暗殺者リストに載ったか

7日の日本経済新聞は、玄葉光一郎公務員制度改革相が、国家公務員の総人件費を二割削減する工程表を作る考えを示し、公務員に労働基本権付与に向けた検討に着手すると報じた。

国家公務員は、争議権をはじめとする労働基本権を厳しく制約されている。その代わり、身分保障を受け、人事院によって、民間企業を参考にした給与体系に守られている。つまり、労働基本権の制限は、国家公務員の身分・所得保障と裏表の関係にある。多少意地悪な言い方をすれば、公務員は、ストを行わずに、ストを行ったのと同じだけの所得を得ることができる。だから、労働基本権の「制限」は、国家公務員にとって、「守るべき権益」であり、逆の立場から見れば、改革の要なのだ(以上、原英史「官僚のレトリック」(新潮社)より)。

原英史氏は、自民党政権末期に公務員制度改革に取り組んだ経験に照らし、民主党政権は、支持基盤である公務員労組に遠慮して、公務員制度に及び腰と指摘する。

この指摘にもかかわらず、玄葉光一郎改革相は、公務員制度改革の要に正面から切り込む姿勢を示したことになる。

もっとも、この言葉を文字どおり受け止めるのは時期尚早だろう。玄葉改革相は、「公務員への労働基本権付与…に向けた検討に着手する」と発言しているが、原英史氏によれば、この検討は着手どころか、とっくに終わっていて、実行を待つだけだそうだ。この立場からすれば、玄葉改革相の発言は、「改革をやる気がない」ことを意味している。

逆に、玄葉改革相が本気だったらどうか。長谷川幸洋著「日本国の正体」によれば、故中川昭一財務大臣の「朦朧会見」(2009年)や、高橋氏の万引き事件(2009年)、本間氏の「愛人と官舎同棲」スキャンダル(2006年)は、公務員制度改革をはじめとする行政改革に反対する官僚が仕組んだ罠だという。もしこれが事実であり、かつ、玄葉改革相の発言が本気であったとすれば、今後、同相をめぐるスキャンダルネタがマスコミを賑わせることになる。今後の成り行きが注目される。

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2010年8月 2日 (月)

学校を出ただけで一人前になれるのは学者だけ。

日本経済新聞の安岡崇志論説委員が、81日の朝刊「中外時評」に「悪循環に陥った法曹養成」と題する記事を載せた。

司法試験合格率低下・法科大学院志望者激減・法科大学院での教育の質の低下、といった「悪循環」から脱するためには、「訴訟担当者」という法曹の意識を改革し、法曹の役割を拡大する必要があるという。そのためには、法曹の新しい役割がある経済界、行政機関、国際機関などに入ってもらったフォーラムを立ち上げる必要があるという。

平たく言えば、民間企業や公的機関に、新人弁護士を雇ってもらうための路線作りが必要、ということだ。

安岡論説委員の主張は、法曹養成制度に関する検討ワーキングチームの検討結果に併記された2案のうち1案を支持するものだ。そしてこの案は、佐藤幸治司法制度改革審議会座長らが作成した「法曹養成制度改革に関する提言」の提案と同じだ。つまり、安岡論説委員は、佐藤幸治、井上正仁ら、文科省・大学の利益代表者の意見を支持して、企業や公的機関が弁護士を採用するべきだと主張しているのである。

それなら手始めに、日本経済新聞社が10名くらい、新人弁護士を雇用したらいかがだろうか。できまい。学者先生はいざ知らず、論説委員であれば、企業がなぜ新人弁護士を雇用しないか知っているはずだ。その答えは簡単。役に立たないのである。

学校を出ただけの頭でっかちが役に立たないのは、弁護士に限らない。どんな職業でも同じだ。学校を出ただけで一人前になれるのは学者だけ、と言ったら学者に失礼だろうから、法学者だけ、と言い直しておこう。それでも失礼なら、憲法学者だけ、と言い直します。

では新人弁護士はどうやったら一人前になるのか。その答えも簡単で、他の職業(憲法学者を除く)と同じ。現場を経験することだ。裁判である。「裁判」ではやや狭いかもしれないから、「法律実務」と言い直してもよい。要は、法律や制度の運用を、実際に身をもって体験することである。法律や制度は、人間や会社の命運を左右する。ときに命を奪う。それにもかかわらず、不備と贅肉と曖昧さと矛盾に満ちている。運用する人間もしょっちゅうミスを犯す。その混沌に巻き込まれながら、物事をあるべきところに導く所為が、法を司るということなのだ。この実務経験を5年ほど積めば、企業や公的団体にとって魅力的な人材となろう。その後であれば、弁護士は裁判に限らず、他の領域に積極的に進出するべきであると思う。

どうせそうなるとは思っていたが、上記WTは新人弁護士の引受先を開拓するという、当て処のない方向性を示しただけで終わった。しかし法律実務を経験していない新人弁護士は、弁護士ではない。現場を踏んだことのない新人記者が、記者でないのと同じことだ。安岡崇志論説委員は、そのあたりが分かっているのだろうか。

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2010年8月 1日 (日)

「こん日」第二版が出るらしい

おだもっこさん、ありがとうございます。「瓢箪から駒」になるよう、がんばりたいと思う。
 でも、給費制維持運動の本質は、すでに「
こん日」の初版に書いたので、第二版が出るとしても、章の追加はないが。

ところで、貸与制に反対する弁護士会決議の中には、「貸与制になれば、経済的事情から法曹への道を断念せざるを得なくなる者が続出」するとか、「お金持ちしか弁護士になれない」とか主張するものがある(愛知県福岡県鳥取県など)。これは明らかなミスリードだ。

貸与制の概要は、裁判所のホームページで公開されている。貸与は月額原則23万円で、返済は修習終了後6年目から10年間の均等払い(無利息)だ。1年借りた金を10年で返すのだから、返済額は10分の1、月額原則23000円となる。

すると、上記の反対決議は、弁護士登録6年目からの月額23000円の負担増を理由に、「法曹への道を断念せざるを得なくなる者が続出」すると主張していることになる。

そんな馬鹿な話は無い。法科大学院奨学金の返済分を足しても同じことだ。弁護士を目指す若者でありながら、弁護士になって6年目にして、月額数万円の負担増に耐えられなくなると危惧して、法曹になることを諦めやしない。もし諦める者がいるとすれば、その原因は貸与制や奨学金ではない。月額数万円の負担増に耐えられないほど、収入が少ないことが問題なのだ。

マスコミの弁護士バッシングをミスリードと批判する弁護士自身が、こんなミスリードをするのは、見苦しいし、はしたないと思う。万一、本気で言っているなら、弁護士としての能力を疑われる。

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