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2010年9月 9日 (木)

日弁連はまた負けるのか?(2)

川上弁護士は給費制維持の第二の論拠として、給費制が廃止されると貧乏人が法曹になれないと主張する。

これに対して朝日新聞社説は、そんなの関係ねえ、といっている。大事なのは、貧乏人が法曹になることではない。国民の利益になる人材が法曹になることだ。そのためなら、給費制に代わる国庫負担も行うべきだという。どう見ても、朝日新聞の主張に分がある。

だいたい、貧乏人だから貧乏人や弱者の味方とは限らない。同様に、金持ちだから貧乏人や弱者の敵とは限らない。エンゲルスだって、チェ・ゲバラだって、フィデル・カストロだって、金持ちの息子だ(カストロは弁護士だし)。

また、この社説に対しては、猪野亨弁護士が、公益・非公益活動の区別は困難だし、弊害が大きいと反論している。その通りかもしれないが、議論を方法論に堕としてはいけないと思う。方法論はしょせん方法論だ。満点さえ求めなければ、何とかなるものだ。

給費制の本質は、司法修習生全員が、国家負担で養成されることにある。だから、修習生の一部(である貧乏人)が給費制に値すると主張したり、公益活動を志す(一部の)弁護士が給費制に値すると主張したりしたところで、給費制維持の必要性を論証したことにならない。給費制の維持を主張するなら、司法修習生が司法修習生であるというだけで、言い換えれば、司法試験に合格しただけで、その全員は国費養成に値する、と主張しなければダメなのだ。(続く)

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コメント

 給費制の存続を求めるにあたって「給費制維持の必要性を論証する」必要はないと考えます。
 例えば,世の中の様々な補助金は,社会のために必要不可欠ではないが有益であるというものが少なくないはずです。
 エコカー補助金の予算総額は5837億円,給費制10年分の規模です。
 給費制という制度が,いくつかの観点から有益なものであれば,弁護士会がその存続を求めることは,間違っていないと考えます。
 無謬な主張以外は主張してはならないということはありません。

 返還免除制度も給費制も,修習に国費を投入するという点では異なりませんから,どちらが効果的かという観点で検討すべきです。
 その判断は,論理的な正誤の問題ではなく,政策的な価値判断の問題となります。

投稿: なしゅ@東京 | 2010年9月 9日 (木) 12時06分

必要性抜きの、政策的価値判断の問題となれば、個別の産業助成金等と同様、財政状況や、他の産業保護要請等との優劣判断に基づく、時の政府の胸三寸ということになりますが、日弁連的に、それでよいのでしょうか?
終戦直後にはじまった給費制は、財政破綻の中で行われたものと思われますが、これもただの政策判断だったのでしょうか?

投稿: 小林正啓 | 2010年9月10日 (金) 10時01分

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