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2010年10月 3日 (日)

学会発表と外為法の技術移転規制について

「たか」さんから、標記の質問がありましたのでご回答します。

この点について、貿易関係貿易外取引等に関する省令(いわゆる貿易外省令)929号は、経済産業大臣による許可が不要の場合として、次のように定めています。

9号 公知の技術を提供する取引又は技術を公知とするために当該技術を提供する取引であって、以下のいずれかに該当するもの

ロ 学会誌(中略)公開シンポジウムの議事録等、不特定多数の者が入手可能な技術を提供する取引
ホ 学会発表用の原稿(中略)の送付、雑誌への投稿等、当該技術を不特定多数の者が入手又は閲覧可能とすることを目的とする取引

上記に該当する場合には、許可は不要です。

もっとも、厳密に考えると、難しい問題がたくさん出てきます。

たとえば、ご質問の、学会での発表行為は上記ロまたはホに当たるのでしょうか。「貿易外省令」929号柱書は、「以下のいずれかに該当するもの」と規定しています。「いずれか」とある以上、許されるのは学会誌等への投稿か学会誌等の提供に限られ、学会での発表行為は許されないようにも思われます。

しかし、学会誌やシンポジウムの議事録及びその原稿の提供が許されるなら、その元となる発表行為が許されない筈はありません。したがって、学会での発表行為も含まれると解するべきでしょう。「貿易外省令」929号柱書の文言上問題はありますが、例示列挙と解するほか無いと考えます。

次に問題となるのは、「不特定多数」という文言です。「貿易外省令」929号上「不特定多数」が要件である以上、「不特定多数」に対する発表行為でなければ禁止されてしまいます。ところで、「不特定多数」という文言を用いる法令はほかにもありますが、定義は統一されていないように思われます。では、貿易外省令が定める「不特定多数」とは「不特定」かつ「多数」なのでしょうか?「不特定」または「多数」なのでしょうか。また、「多数」とは、何名以上を意味するのでしょうか?一般市民にも参加を呼びかけたが、顔見知りの学会員だけ集まった場合は「不特定」性は満たされるのでしょうか。逆に、1000人入る会場に知らない人が3人参加しただけの寂しい学会は、「多数」性を満たすのでしょうか?

私は、貿易外省令929号柱書は、「技術を公知とするために当該技術を提供する取引」と規定していることに照らし、「不特定多数」とは、提供された技術が、その「不特定多数」人を経由して「公知」になっていくことを示す、一つの指標に過ぎないと考えます。「不特定」であろうが「多数」であろうが、100人であろうが3人であろうが、その人たちを通じて、当該技術が公知になるといえるなら、「技術を公知とするため」の提供行為であり、許可は不要と考えます。いいかえれば、出席者に守秘義務を課すような、秘密の会議での発表には、貿易外省令の適用はないことになります。

このほか気をつけていただきたいのは、今問題にしているのは、外国為替令別表に列挙されている技術情報の提供についてであって、それ以外の技術情報については、外為法の規制は一切及ばない、という点です。

ただし、外国為替令別表の規制する範囲はきわめて広範である上、あいまいで、あてはめが非常に難しいのです。結果的に、大学の担当者としては、学会で発表するくらいのレベルの理工系の先端技術はたいがい当てはまる、と考えても不思議ではありません。この規制が学問の自由や技術の発展に与える萎縮効果は、きわめて大きいと懸念されます。

また、日本国内での技術提供が禁止されるのは、居住者が非居住者に提供する場合だけです(251項後段)。ここで「居住者」「非居住者」概念の説明はしませんが、典型的には「居住者」は日本の住民であり「非居住者は」短期滞在の外国人です。日本国内における学会発表の場合、禁止されているのは発表者が「居住者」であり聴講者が「非居住者」の場合だけで、聴講者が全員「居住者」の場合や、発表者が「非居住者」の場合には、外為法の適用がない(=禁止されていない)ということになります。ただ、インターネットを経由して海外から聴講できるようにする場合には、別の問題が発生する可能性があります。

以上をまとめると、国内で研究成果を発表する場合、外為法によって禁止されうるのは、非居住者(典型的には短期滞在外国人)を相手とするものであって、かつ、外国為替令の定める特定技術を提供するものに限定されます。しかも、この要件を満たす場合であっても、学会のような、公知性を満たす場で発表することは禁止されていない、ということになります。

極端な例でいうと、「猿でも作れる原子爆弾セミナー」をTV広告して、参加資格を限定せず日本国内で開催する場合、結果的に参加者が3人で、うち一人がオサマ・ビンラディンであったとしても、外為法25条には違反しないことになります(もちろん、他の法令違反は別問題ですが)。

ほかにも問題はあります。ややマニアックになるので、問題提起にとどめたいと思います。

外為法25条が禁止しているのは、「(特定技術を)提供することを目的とする取引」です。でも「取引」って何でしょうか。学会発表行為が「取引」に当たるのでしょうか。普通の言語感覚では当たらないですよね。そうだとするならば、学会発表は「取引」ではない以上、省令の定める例外に当たるか当たらないかという検討以前の問題として、そもそも外為法によって禁止されていないという解釈も成り立ちうることになります。

最後に、お尋ねの「学問の自由」と「安全保障」の問題に関係に触れたいと思います。

一般的に、「学問の自由」と「安全保障」のどちらの価値が優先する、ということはありません。どちらも重要な価値だからです。同様に、大学と、それ以外の場所で、優先順位が変わるということもありません。

ただ、大学の関係者には、是非こう考えていただきたいと思います。

大学は学問の府です。そして学問の出発点は、懐疑にあると思います。法律であろうが物理公式であろうが、「本当だろうか?」と疑うことが、学問の本質です。だから、お上からの「お達し」があっただけで、墨守しようとすることは、懐疑の放棄であり、学問の自殺だと思います。

回答が遅れて申し訳ありませんでした。ご質問があれば回答しますので、ご遠慮なくお願いします。

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コメント

早速ご回答いただき誠にありがとうございます。とてもわかりやすく説明していただき感謝いたします。「不特定多数」について深く考えたことはなかったので目から鱗が落ちた気分です。大変勉強になりました。
大学という場所は学問の府であるべきなので、学問の自由を妨げるようなことは私もしたくはないと思っております。学会発表については、国際交流活動を活発に行っていきたいと考えている大学にとって、非常に重要な活動の1つです。それを外為法で規制されるということは、それこそ先生の言われるとおり「学問の自殺」になりかねないと思います。懐疑したことを社会に向けて発信するのも大学の役割とも思っております。

外為法の意義である「国際社会における平和と安全を維持するため」の法律とするならば、先生の極端な例で挙げられている、オサマビンラディンに原子爆弾の作り方を教えた、というきっかけを与えた行為は許されるべきなのでしょうか?
ビンラディンでなくとも、これからテロを行おうとしている人が、「このやり方ならばバレずに大量殺人できるんじゃないか?もう少し詳しく調べてみよう!」ときっかけを与えたことにならないでしょうか?規制するならば、このきっかけを与えてしまった行為こそを規制するべきなのではないか?と思います。

といいつつも、これは私の意見なのですが。
私としては、大学での学問は、どんな危険な学問であろうと外為法上規制対象な特定貨物・特定技術であっても、それは学問として懐疑した結果を社会貢献のために発表したことであって、それを周りの人間がどう使ったかは結果であって、学問(大学)を罰するべきではないのではないか?と思います。例で挙げているテロを行おうとしている人達も、「このやり方ならばバレずに大量殺人できるんじゃないか?もう少し詳しく調べてみよう!」と思ってくれたことも、見方を変えれば”学問の普及・気づき”に繋がったと見えないでしょうか?先生のおっしゃられる通り、学会発表は外為法によって禁止されないという解釈になればとは思うのですが。。。

色々と思うことはまだたくさんあるのですが、
現在の大学の大半は予算も余裕がないので現事務員が兼務として輸出管理を行っている現状にあります。予算や人員は減らされているにもかかわらずです。他大学ではどうしているのかわかりませんが、ほとんどの大学では今まで輸出管理等やったことがないので困っていると思いますし、新しいことをやろうとするのはそれなりにエネルギーが要ることなので、正直、輸出管理業務を受け入れられない現状もあると思います。専門家を雇うにしても余裕がないです。国が相談等に対応してくれる人員を増やしてくれるのはありがたいのですが、相談できない又は相談する余裕がない地方大学の現状もあるのです(例えば東京までの出張費、CISTECの入会費・教材・研修会参加費など)。
もし国が本気で大学にも輸出管理させるならば、まず何かしらの予算又は大学専門の組織を作って欲しいというのが本音です。
私のような現場の人間から周りを見てみますと、とても管理できるようには思えません。
しかし言われたことを忠実に守ってやらないといけないのが今の現場なので、自分から声を挙げる、というのは難しい現状です。

長々となってしまって申し訳ありません。
今回いただいたコメントは弊学でも参考にして考えていきたいと思います。ありがとうございました。

投稿: たか | 2010年10月 4日 (月) 10時54分

新しくなった輸出管理ナビから、こちらにお邪魔しました。
学会発表の扱いについての論考、大変興味深く拝見しました。
一応輸出管理にそれなりの期間携わっている立場から、すこし感じた点を記す失礼をお許しください。

① まず、「学会での発表」ですが、発表行為自体は、おそらく、第9号の「ハ」で規制対象から外れているのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

 「ハ 工場の見学コース、講演会、展示会等において不特定多数の者が入手又は聴講可能な技術を提供する取引」

 「学会」という言葉はありませんが、「等」があり、その場で提供する場合を列挙した条項だと思われますから、それが不特定多数を対象とする場(=オープンな学会)である限りにおいては、この項目に該当するものと思われます。

 学会発表に関する段階別にみると、

・「ホ」→学会事務局等に学会発表用の原稿を送る行為
・「ハ」→学会で発表する行為
・「ロ」→学会での議事録、学会誌を送る行為

ということで、各段階に応じて除外規定が置かれている、と考えるとすっきりするよ
うな気がします。
 「展示会」の場合には、「ホ」でその配付資料の(事務局への)送付が規定され、「ハ」で展示会そのものでの提供が規定されており、それと同じように考えるとわかりやすいように思いました。


② 「取引」という用語は、たしかに普通に使う語感と違うように思われますが、しかし、外為法では、有償・無償を問わないとされていますから、「学会発表が取引に当たらない」という解釈はさすがに当たらないと思います。
「誰かに提供すること」が「取引」だという理解が輸出管理の世界では確立されています。もし、取引に当たらないという解釈に立つのであれば、この貿易外省令のホ、ハ、ロで規定されている学会関連の一連のケースが、具体的に何を指すのか宙に浮いてしまうような気がします。


③「原子爆弾の作り方」は、たしか以前、米国の大学生がネットで公開して問題となった覚えがあります。日本では、「爆弾の作り方」という類いの本で売り出されましたが、自治体が有害図書に指定する程度の対応だったかと思います。

ご質問された「たか」さんから、そういう問題行為を外為法で規制していないのはおかしいのではないか、とのご指摘がありましたが、それは、外為法という「対外」取引を規制する法律の限界だろうと思います。
 技術提供規制で、居住者から非居住者への「国内」取引を含めて規制しているのは、「対外」取引に準じたものだ、という精一杯の擬制で、それを超えて、純粋の国内での提供行為全般を規制したり、公知だけれども公序良俗に反する大量破壊兵器の製造方法などの情報を提供することまで規制することは、非公知技術の「対外」取引を規制する外為法の世界では目的上無理だろうと感じます。
そこまで踏み込むとすれば、「大量破壊兵器等拡散防止法」というようなものを制定して、あらゆる局面から、拡散防止につながるような措置をとるということだろうと思いました。政治がそこまでの問題意識を持って取り組むべき課題だろうと感じます。
 その辺、諸外国ではどのような対応になっているのか、興味があります。

 どうも失礼いたしました。これからも、小林先生の記事を参考にさせていただきます。ありがとうございました。

投稿: RYO | 2010年10月12日 (火) 21時04分

RYO様、コメントありがとうございます。
学会発表が「ハ」にあたるとのご指摘、その通りかもしれません。私の方が、「学会」という文言に引っ張られた気がします。
他方、「取引」については異論があります。詳細は後日のエントリに譲りたいと思いますが、外為法が特別刑法であり、罪刑法定主義に服する以上、その文言は一般国民に理解可能なものでなければならないと思います。外為法を「外為法の世界」から「一般国民の世界」に連れ出すことが、私の目的でもあります。
とはいえ私の経験不足は明白ですので、これからもご指導ご指摘をよろしくお願いいたします。

投稿: 小林正啓 | 2010年10月12日 (火) 23時02分

早々にコメントいただき、ありがとうございました。
「取引」という用語にとても違和感があるということは、同感でして、おそらく、METIの説明に洗脳?されてしまっているところもあると思いますから、新しい目でご指摘いただければ幸いです。

 これまで、外為法の貿易部分について、専門的に研究されている弁護士の先生が国内にはほとんどおられませんで、METI、CISTEC、JMCなどを中心に議論がされてきています。法令全般にお詳しい小林先生に、新鮮な視点で問題提起をしていただければ、産業界の願いである外為法体系の合理化にもつながると思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。
 「取引」についての記事のエントリーを楽しみにお待ちしております。

投稿: RYO | 2010年10月13日 (水) 21時22分

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