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2010年10月22日 (金)

日弁連はなぜ「また」負けたのか?(承前)

1022日の各紙は、この日開かれた自民党法務部会が、給費制の復活に反対することを決めたと報じた。また数紙は、給費制復活に賛成と報じられた民主党もまとまっておらず、政府との調整もついていないと報じた。

11月から始まる新修習生への支給を貸与金でなく給与金とするには、裁判所法の改正と予算措置が必要であり、そのためには22日の衆議院法務委員会での「可決」(提案ではない)が最終期限だ。審議したのでは間に合わないから、事前に全会派一致を取りつけて、議案提出だけで直ちに採決する。その鍵を握る自民党が給費制に赤信号を出したため、奇跡が起きない限り、11月までの給費制復活は無くなった。日弁連執行部は22日朝まで一縷の望みをつないでいたが、蜘蛛の糸は切れた。

日弁連は、負けた。

やや気が早いかもしれないが、メモをしておきたい。

まず、日弁連は案外健闘した。

箸にも棒にもかからず玉砕するかと思っていたが、913日の民主党法務部会では(党首選のごたごたに紛れ?)給費制復活の方針が打ちだされ、これを、自民党を除く野党は基本的に支持した。その背景には、日弁連中枢部の某弁護士と公明党某議員との太いパイプがあったといわれている。また、弁政連を通じて日弁連主流派が地道に培ってきた各党議員とのパイプが効いたともいわれる。海渡日弁連事務総長の政治手腕が発揮されたとの評価もある。もっとも、公明党が中心となって各党とりまとめに動いたことが、一部自民党議員の反発を招いた、との話もあるが。このほか、単位会執行部や、共産党員と共産党系の弁護士を組織的に動員して、署名集めやデモ行進を行ったことも、プラスに作用しただろう。また、給費制復活運動は、現役弁護士自身に直接関係ない、利他行為であったため、それなりに尊重された。尖閣・小沢・特捜と、重大問題目白押しの国会にあって「もう一息」のところまで行ったことは、それなりの評価に値する。

しかし、最大の原因はおそらく日弁連自身にはない。10年前の司法制度改革が、さまざまなほころび(控えめに言って)を見せ始めているとの問題意識を、多くの議員が有していたことが、第一と考える。

他方、敗因もいろいろある。

なんといっても、時間がなさ過ぎた。裁判所法改正から6年間、延期から4年間何もせず、突然半年前に運動を始めたところで、間に合うわけもない。第二に、戦略が拙劣すぎた。東京新聞社説の冒頭は、「情緒的な貧困キャンペーンに惑わされずに考えたい」と、散々な書きぶりだ。ちなみに、中坊公平もと日弁連会長は、「世論とは5大マスコミ論説委員の意見」と喝破し、彼らのご意見を拝聴してから日弁連の意思決定をしたように「見せていた」という。マスコミ全部を敵に回した宇都宮会長との戦略力の差が知れる。そのうえ、15年前と相も変わらぬ「経済的自立論」を主張し、「人権を人質に取るのか」と感情的な反発を招いた。第三に、給費制問題の本質を、お得意の貧困モンダイにすり替え、内外の冷笑を浴びた。第四に、裁判所・法務省を敵に回した。最高裁は、最初は高をくくっていたのだろうが、日弁連健闘と見るや、給費制復活反対のキャンペーンを行い、赤子の手をひねるように日弁連を圧倒した。

弁護士でもある江田五月参議院議員の言葉を引用しよう。「(日弁連が負けたのは)偉い人たちが、『我々の主張は正しいのだから、それが通るはずだ』とばかりに突っ込んでいったからです。大甘もいいところです。『貧弱な戦術手段しか持っていないのに、過大な戦略目標を追求した』のです。孫子は2500年も前に、こういう戦争はやっちゃならんと言っています。曰く『小敵の堅は大敵の擒なり(注 少人数なのに強気で攻めても、大軍の捕虜になるだけだ)』と。」

「こん日」の読者はお気づきのとおり、この言葉は、2000年、日弁連が法曹一元と引き替えに法曹人口大増員と法科大学院構想を支持し、結局法曹一元が露と消えたとき、当時の江田五月弁護士が放ったものだ。この言葉が、今回そのまま当てはまるとすれば、日弁連は、10年前の大敗北から、何一つ学ばず、同じ過ちを繰り返していることを意味する。

次に、今回の給費制復活運動の功罪について考えておきたい。

まず「功」としては、分裂した日弁連の結束をある程度取り戻したことが指摘される。また、今後様々な司法改革の「修正」作業が必要となる中で、国会議員と一定の人脈を構築できたかもしれない。

次に「罪」としては、宇都宮執行部がこの半年、貴重な人材と時間を浪費したことが第一だろう。多数の優秀な弁護士が、多大な労力を傾注したあげく、大きな徒労感を味わったとすれば、今後の求心力と政策実行に深刻な悪影響が出よう。また、宇都宮執行部は、任期の半分近くを給費制復活運動に投じ、結果を出せなかった責任を問われることになろう。日弁連にとって、この半年間は、空費されてはならない、とても重要な時間だったはずだ。第二に、歴代日弁連執行部が回復に努めてきた最高裁・法務省との信頼関係が、かなり深刻に破壊された。これ以上日弁連が「駄々をこねた」場合、彼らが「黙らせる」手段に出てくる可能性は否定できないと思う。たとえば、来年の司法試験合格者を2500人にする(と言う)だけで、日弁連の声を失わせるに十分だろう。第三に、マスコミから総スカンを食ったことも痛い。「一度国会で決まったことを、その施行前に、駄々っ子みたいに反対した」と評価され、評判を落とした。第四に、今回の給費制復活運動を推進した若手弁護士の一部に、とても思慮の浅い人たちが登場したことも、指摘しなければならない。給費制がよいと信じて迷わず、客観的な視点も歴史認識も反対者への理解力も持たない、純粋なお馬鹿さん達だ。こういう手合いは、冷戦と55年体制の終結によって絶滅する筈だったのだが、今回の給費制復活運動を通じて再生産されてしまったように見える。

最後に、今回の敗北を踏まえ、宇都宮執行部が今後どのような行動をとるか、予測してみる。

日弁連が今年度になって突然、給費制復活運動を始めた背景には、宇都宮会長の当選がある、と私は見ている。非主流派として会長選に立候補し、会務経験も乏しく、主流派や各委員会にパイプも無い宇都宮会長にとって、当選後の支持基盤確立は、喫緊の課題だった。折良く今年度は貸与制実施の年であり、同時に修習生の就職問題やワーキングプア弁護士問題などが浮上していたため、得意の市民運動の手法で給費制復活キャンペーンを張れば、日弁連主流派の支持を得られる、と考えたと思う。そして、その目的は、相当程度成功した。いま、日弁連主流派は、選挙であれほど罵倒した宇都宮会長と、がっちりタッグを組んでいることを隠そうともしない。そのうえ、反主流派の高山俊吉弁護士を支持するグループの一部さえ、給費制復活運動では宇都宮会長を支持している。自民・民主・社民が大連立したようなものだ。

この視点から見れば、宇都宮執行部が、今回の敗北を認めることはないだろう、と私は予想する。貸与金の返還が始まる6年後に向けて運動を継続しよう!とか何とか言って、支持基盤の団結を維持しようとするだろう。敗北の総括や反省をしたり、責任をとったりすることはないと思う。

この態度は、2000年、法曹一元の夢が露と消えたにもかかわらず、「足がかりは残った」とか何とか言って、敗北を認めなかった当時の日弁連執行部と全く同じ態度である。

このとき日弁連の先輩が、過ちを語り継がなかったことによって、どれほど甚大な損害を後輩に与えたかは、いま我々が身をもって体験しているとおりだ。

そしてまた、宇都宮執行部と、これを支える日弁連主流派は、同じ過ちを繰り返そうとしている、と私は思う。

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コメント

 今回の給費制復活運動の失敗は、時間がなかったことが最大の敗因であるとは思いますが、時間がなくなった最大の原因は日弁連会長選挙のドタバタではなかったかと思ってます。

 給費制のまま合格者が3000人に増えるのであれば、単純計算で500人時代の3倍の人件費がかかります。合格者増と給費制廃止はセットであり、合格者増を阻止しない限り給費制復活はあり得ません。
 しかし給費制復活の前提である合格者数抑制に方針を修正したのは宮﨑執行部からです。そして2010年3000人の阻止がほぼ確実となったのは昨年9月の新63期合格発表であり、その時点で宮﨑執行部の任期は半年しか残っていませんでした。その時点で給費制に関して宮﨑執行部が何かできたとしても、次期執行部への後継体制作りぐらいだったでしょう。
 しかし、愚かなことに宮﨑執行部の路線を承継すべき主流派が分裂しただけでなく、その両候補者は宮﨑執行部の修正路線を継承することを明示せず、しかも再選挙までやってしまい年度一杯まで後継者が決まらなかったったために、宮﨑執行部は最後の半年間に業績を承継させる体制を整えることができず、貴重な半年を浪費せざるを得ませんでした。
 日弁連が司改審路線の修正をあと2年早く始めていたら、宮﨑執行部から次期執行部への承継がスムーズにできていたら、もう少し情勢は違っていたのかもしれません。

 もちろん、旧執行部に責任がないとは言いませんが、久保井執行部から平山執行部までの8年間は、司改審路線を推進し合格者3000人を堅持する政策を候補者は明確に打ち出し、その政策を主流派候補の圧勝という形で大多数の会員は支持したのですから、今になって多くの会員が旧執行部の責任と言い出すことには違和感があります。
 また、多くの会員から疑問視されていたにもかかわらず、貧困を前面に押し出した宇都宮執行部の戦略がお粗末であったことも事実です。
  でも私は、何よりも自分自身が日弁連で経験したあの半年間の空しさが原因であるように思えてならないのです

投稿: 大阪の弁護士 | 2010年10月26日 (火) 12時20分

コメントありがとうございます。細かいですが、500人時代の「3倍」ではなく「6倍」では?
「空費された半年間」についてのご意見はごもっともと思いますが、そもそも宮崎執行部は次年度引継事項として、給費制復活は考えていたのでしょうか?このあたりは私に情報がないので、教えていただければと思います。

投稿: 小林正啓 | 2010年10月26日 (火) 15時28分

 500人時代は2年修習なので、人件費は1000人分ですね。だから1年修習3000人は3倍になると思います。
 実際には一度に3000人を修習させるとなると、施設の拡張や事務方の増員も必要になるので、経費全体では3倍どころで済まなくなると思います。

 宮﨑執行部の給費制復活については、宇都宮執行部のような表立った活動はしていませんが、漏れ聞こえてきた情報の端々を総合すると、どうやら執行部が水面下で議員等と接触して根回しをしていたようです。
 合格者数抑制に目処がついた後の残された半年間で、給費制復活をどこまでやろうと考えていたのか、それこそ宮﨑先生に聞いてみないとわからないですし、機会があったら聞いてみたいとは思います。
 でも、「次年度はどうするんだ?」「次の会長が決まらんのに我々や副会長予定者で勝手に決めるわけにもいかんだろ」という会話や「○○さんが勝ったら我々は干されて島流しだな」という冗談が中枢部で交わされ、議論は「引継ぎ」や「発展」ではなく、今までの「まとめ」についてなされるだけになっていました。
 現執行部には関与してないので全くわかりませんが、引継ぎがされず年度替わりで断絶が発生し、一からやり直して何ヶ月かを無駄にしているものもあるんじゃないでしょうか。

 決して主流派支配が良かったと思っているわけではありませんが、重要政策が滞る事態は何とか回避できなかったのかと思わざるを得ません。 
 

投稿: 大阪の弁護士 | 2010年10月26日 (火) 16時53分

なるほど。よく分かりました。大変勉強になりました。すると、宇都宮会長が給費制復活を言い出したのは、思いつきではなく、前執行部からの引き継ぎであった可能性があるわけですね?そうだとしても、「空白の半年間」の結果、宇都宮執行部は5月以降の半年だけで戦わざるを得なかった、という見方も成り立つわけですね。もっとも、「空白の半年間」がなかったら給費制復活をなしえたのか、という議論もあるとは思いますが。

投稿: 小林正啓 | 2010年10月26日 (火) 17時00分

宮崎会長時代の日弁連が、「まがりなりにも」給費制存続を求めて動いていたことは明らかです。
まず、給費制存続を求める意見書を採択しています。
http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/report/091118.html

また、宮崎執行部の終盤である平成22年1月15日時点で、改めて(平成16年当時のものとは別に)、全国51の弁護士会のうち46の弁護士会から給費制の維持(貸与制の廃止)を求める意見書や会長声明等が出されています。これは日弁連執行部に対する突き上げなのかもしれませんが。
http://www.nichibenren.or.jp/ja/publication/books/data/housou4-5.pdf
これらの意見書や声明は平成22年度に入ったところで全国52の弁護士会の全てから出揃っています。

さらに、法科大学院修了者の経済的負担についての具体的かつ広範なデータの収集は、平成21年10月から11月にかけて、日弁連が司法修習開始前研修(いわゆる「事前研修」)を実施する際に実施した2回のアンケート調査が初めてのものであり、ここにおいて初めて、修習予定者の過半が平均320万円の奨学金債務を負担していることが明らかになっています。
このアンケート調査は宮崎会長自身が極めて熱心に推進したと聞いています。
この集計結果が公表されたのは2010年3月で、日弁連法曹養成対策室室報第4号の巻末資料として掲載されています。

投稿: なしゅ@東京 | 2010年10月26日 (火) 18時14分

なしゅさん、ありがとうございます。これで「大阪の弁護士」さんのコメントと「なしゅ」さんのコメントがつながりましたね。

投稿: 小林正啓 | 2010年10月26日 (火) 18時21分

大阪の弁護士さんの「合格者増と給費制廃止はセットであり、合格者増を阻止しない限り給費制復活はあり得ません。」との主張には賛同しかねます。司法試験合格者数を決めるのは司法試験委員会であり、裁判所予算である修習予算とは論理的に関連性がありません。合格者増を阻止しようとどうしようと財務省の宿願は粛々と進められたはずです。
大阪の弁護士さんのご見解そのものではありませんが、世上にある「給費制が復活したら合格者増が阻止される」という発想に至っては妄想と言っても過言ではないと思います。
ちなみに、修習制度のあるドイツでは、司法試験合格者が大幅に増加していますが、それを理由に給費支給を縮減または廃止しようという意見はないと聞いています。

投稿: なしゅ@東京 | 2010年10月26日 (火) 18時24分

 なしゅさんが言われるように、合格者数と給費制は、本来は論理的な関連性はありません。
 ドイツの状況はわかりませんが、予算さえ確保できれば、合格者数にかかわらず給費制を維持することは可能であると思います。
 また、なしゅさんが言われるように、財務省(及び最高裁)は従来から修習生の給費制を敵視し、隙あらば予算から削ろうとしていましたから、合格者が仮に1000人になったとしても財務省は簡単には予算に計上しないでしょう。

 しかし、私の記憶が確かであれば、司法改革推進の過程で、合格者増と引き替えに修習期間短縮及び給費制廃止が決定され、その理由として予算上の制約が挙げられていたと思います。
 したがって、給費制廃止の導入時には「合格者増と給費制廃止はセット」だったと思います。
 そして、予算上の制約が給費制廃止の理由であり、その状況に変化がない以上、予算上の制約原因を取り除かなければ給費制復活はあり得ないと考えています。だから「合格者増を阻止しない限り給費制復活はあり得ない」としたのです。
 現実問題として、宮﨑執行部は2010年3000人の阻止には成功しましたが、年間2000人以上もの合格者を排出しています。この合格者数で予算上の制約原因が取り除かれたかは疑問ですが、少なくとも合格者数が減らない限り、財務省は聞く耳すら持たないのではないでしょうか。

 それと、私も「給費制復活が合格者増の阻止につながる」という主張は「各弁護士会や弁連が合格者数抑制の決議をすれば、日弁連も、ひいては国も無視できないはずだ」という主張と同じくらい、ひどい妄想だと思っています。

投稿: 大阪の弁護士 | 2010年10月27日 (水) 12時32分

はじめて拝見させていただきました。
日弁連執行部内部のことなどは、いままで興味がなく、知らない部分もあり、たいへん勉強になりました。
ご意見に基本的に賛成ですが、私は、もう一点、今回の運動をみていて違和感をもったことがあります。


日弁連執行部が利害が一枚岩でないことを隠し、一部運動員をだましていた(といわれてもやむを得ない)のではないか

という点です。

今回の運動員のうちロースクール生やその受験者達の大部分は、「合格者減」は望んでいないはずです。
自分が合格しにくくなるわけですから。

しかし、「予算上の制約」が主因となって貸与制が導入されることになった経緯からみても、給費制の維持と減員は(少なくとも日本では)セットの議論だと私は捉えています。
しかし、それをはっきりさせたら、ロースクール生、受験生から運動は支持されない結果となってしまいます。


実際には、宇都宮執行部は、「増員に歯止めをかけろ」という一点で地方弁護士会からの指示を受け、非主流派として、初めて、選挙で勝った執行部だと理解しています。

つまり、いま、日弁連は「減員」が最終目標であり、給費制維持はそのひとつの足かがりというスタンスだと思うのです。
もちろん、いったん給費制廃止となったら、今後、いくら合格者が減少しても、給費制が復活することはないという予想のもとの時間かせぎという面もあるでしょうが。


そこで、ロースクールの問題、増員後の現状など、根本的な問題について議論もせず、すべての運動員が一応反対しないという消極的な理由で敢えて理論的根拠の乏しい情緒的な「貧困キャンペーン」をはったと考えています。


しかし、これは、少なくともロースクール生に対するだまし、裏切りではないでしょうか。


確かに、給費制維持から直ちに合格者増の抑制につながるかどうかは未知数です。
しかし、予算上の制約が主因として貸与制が導入されそうになっている以上、予算上の制約で、給費制維持(貸与制導入断念)であれば、将来的に合格者数の増加のほうに一定の制限が加わるというのはあながち妄想と切り捨てることはできないのではないでしょうか。
もちろん、修習自体が簡素化または任意化、または廃止されるという選択肢もありますが、これは、裁判所からの反対も予想され実現にはかなりの困難が伴うと考えられます。


なお、今回、執行部は、給費制がだめになった場合の貸与制の免除要件などは詰めていない、運動も展開していないように思います。
このように0か100か的な運動しかしていないのも、ロースクール生の貧困に対しては、本来的には無関心なことのあらわれではないかと考えてしまいます。


実際には、この貸与制の免除もひろく認めれば(予算的制約の意味から免除を広く認めることに法務省は反対していた経緯があるようですが)給費制維持に近い効果があると考えられますし、市民の理解も給費制維持よりは、よほど得やすかったと思います。

合格者増の阻止では政治を動かせない、目的のために手段を選ばずということなのでしょうが釈然としません。

またこういった問題点に気付いてか、気付かずか相当数の弁護士が、運動に尽力していたことにも不安感を覚えます。


投稿: 神奈川のベンゴシ | 2010年11月15日 (月) 16時00分

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