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2010年10月20日 (水)

技術提供取引規制に関する素朴な疑問

 外為法251項は、特定技術を特定国において「提供することを目的とする取引」を行おうとする者は、この取引について許可を受けなければならないと定める。

 だが、この条文はとても分かりにくい。以下素朴な疑問を呈示したい。

 この条文が規制している「取引」とは何だろうか。

 大辞林によると、「取引」の説明はこうだ。

①商人どうし、また、商人と客との間でなされる商業行為。売買の行為「株を―する」②互いの利益のために双方の主張を取り入れあって妥協すること「主流派と反主流派との間に―が行われた」

 すなわち、「取引」は一般に有償である。また、約束から履行までを含むが、本質的な要素は「約束」だ。

 では第一の問題として、外為法25条の「取引」は有償行為に限られるのだろうか。

 外為法上、「取引」の定義規定は存在しないが、「資本取引」の定義規定は存在する(20条)。ここには、保証契約などの片務契約(当事者の一方だけが義務を負う契約)もあるから、無償行為も含まれるように見える。

 他の法律を見ると、私の知る限り「計量法」のみが、「取引」の定義規定を置き、「有償であると無償であるとを問わず、物又は役務の給付を目的とする業務上の行為」と定めている。これによれば、「取引」は有償無償に限られないことになる。しかし、法律によって言葉の定義は違ってよいし、外為法上の「取引」は「業務上の行為」に限られない。外為法上の「取引」を計量法上の「取引」と同じに解する必要はないのだ。

 ところで、役務通達(正式名称は「外国為替及び外国貿易法第25条第1項及び外国為替令第17条第2項の規定に基づき許可を要する技術を提供する取引又は行為について」という)は、「取引」の定義を「取引とは、有償無償にかかわらず、取引当事者双方の合意に基づくもの」(1(3)サ)と定めている。しかしこれは通達であって法令でないから、行政機関の解釈に過ぎず、裁判所を拘束しない(憲法763項)。つまり法解釈の参考になるだけだ。

 それではどう考えるべきだろうか。文言上、「取引」は無償行為を含むとも含まないとも解釈しうる。しかし無償の技術提供を規制しないというのは(無償であれば兵器製造技術を自由に国外に提供できるというのは)、外為法の目的には明らかに反する。したがって、外為法上の「取引」は無償行為を含むと解釈するべきだろう。

 第二の問題として、「取引」には一方的な行為は含まれないのだろうか。たとえば、公衆の面前で兵器の製造技術を叫ぶ行為は、「取引」にあたらないのだろうか。

すでに指摘したとおり、「取引」の本質は約束である。だから、二人以上の人間の合意が必要だ。一方的な行為は「取引」に含まれない。たとえば誰でもアクセス可能なホームページに兵器の製造技術をアップロードしても、このような単独行為は「取引」にあたらない。外為法の目的に照らせば、規制の必要は明らかだが、「取引」という文言を用いた以上、一方的な公表は規制されない。この点について異論はない。これは法律解釈上そうなるのであり、貿易外省令の規定があるからではない。

「学会発表」や「講演」は、「取引」という語感からは外れるが、「話すよ、聞くよ」という約束に基づく一種の「取引」と解するべきなのだろう。

 第三に、この「取引」と、同じ条文にある「提供」との関係はどうなっているのだろうか。

 通常の用法によれば、「取引」は約束を本質とするものの、約束の履行行為を含む。「今日は大事な取引があってね」という言葉は、契約を指すことも、決済を指すこともある。

しかし条文は、「提供することを目的とする取引」は許可を要すると定めている。仮にこの文言が「提供する取引」や「提供することを内容とする取引」なら、「提供」と「取引」は包含関係に立ち、ほぼ同じ意味となる。しかし、法文は「提供することを目的とする取引」だから、「提供」と「取引」は目的手段の関係に立ち、同じ意味ではあり得ない。ちなみに、「許可を受けないで取引をした者」は原則として7年以下の懲役又は700万円以下の罰金に処せられる(69条の611号)。この条文に「提供」という言葉はない。ここでも、罰せられるのは「取引」であって「提供」ではない。このように、文言解釈としては「提供」と「取引」は違う概念であり、外為法が規制しているのは「取引」であって「提供ではない」と解するほかはない。

ちなみに「役務通達」は「提供することを目的とする取引とは、取引の相手方に対して技術を対外的に提供すること自体を内容とする取引をいう」と定めている。これは、「提供することを目的とする取引」という法律上の文言を「提供することを内容とする取引」に読み替えるものだ。前述したとおり通達は行政機関の解釈であって法令ではない。刑法である外為法の条文を、通達によって読み替えることは、罪刑法定主義に正面から衝突することになる。

「提供」と「取引」を同じと考えるか違うと考えるかで、何が違うのか。時間的な問題と、場所的な問題がある。

まず時間的な問題についていえば、「提供」と「取引」が目的手段の関係に立つ別の概念だと考える場合、外為法は本来、「提供」を罰するのではなく、提供に先立つ「取引」すなわち約束をしただけで罰することになる。

次に場所的な問題は、条文が「外国において提供することを目的とする取引」と定めていることと関係がある。

ポイントは「外国において」だ。「提供」と「取引」が異なる概念であるなら、「外国において」は「提供」にかかり「取引」にかからないから、罰せられる「取引」の場所は、属地主義(刑法1条)の原則により、日本国内に限られることになる(ただし、外為法5条の例外がある)。これに対して、「提供」と「取引」が同じ概念とするなら、罰せられるのは、属地主義の例外として、外国で行われた「提供=取引」である、と解釈する余地が発生することになる。

この問題に関する経産省の解釈は、今ひとつはっきりしない。ただ、この点は別の論点にまたがるし、すでにかなり長文になったので、ひとまず終わりにしたい。

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コメント

たかです。貴重な議論を聞かせていただきありがとうございます。毎度勉強になります。
自分も大辞林で調べてみたのですが(素人なのでお恥ずかしい限りですが。)
提供・・・自分の持っている物をほかの人の役に立てるよう差し出すこと。
目的・・・(1)実現しよう、到達しようとして目指す事柄。めあて。(2)行為において目指すもの。それのために、またそれに向けて行為が行われ、実現が求められるもの。
、とありました。
ということは、「”提供すること”を”目的”とする取引」というのは「”自分の持っている物をほかの人の役に立てるよう差し出す行為”を”実現しようとして目指した”人が受け取る人と何か約束をする」のような感じになるのでしょうか?提供=一方通行、取引=双方向のようなイメージでしょうか?ということは、第2の疑問で述べられている「公衆の面前で兵器の製造技術を叫ぶ行為」は一方通行なので”提供”にあたり、それをめあてに発信した人がそれを(見た・聞いた・話した)人と何かの約束をした行為に対して許可が必要、といった感じでしょうか?
私は全くの素人なので頓珍漢な事を言ってるのかもしれませんが。。。法律の文言の解釈は難しいですね。。

投稿: たか | 2010年10月20日 (水) 10時11分

コメントありがとうございます。
「提供することを目的とする取引」について、立法者が想定した典型例は、たとえば、「天安門広場の毛沢東の肖像画の下で明日14時、原子爆弾の設計図をUSBメモリーで渡す。代金1億円は番号不揃いで用意しろ。USBメモリーと引き替えだ。当方のエージェントは胸に赤いバラを差しておくから、その者を見つけたら、『タンゴを踊りませんか』と声をかけるのを合言葉としよう」「了解した」といった「約束」を行うことが、これにあたると思います。つまり「原爆の設計図を渡す」ことが「提供」であり、そのための約束が「取引」となります。

投稿: 小林正啓 | 2010年10月20日 (水) 14時52分

論考、拝見しました。関連して、少し感じるところを述べさせていただきたいと思います。

1 外為法の技術提供取引規制で、「提供することを目的とする取引」というフレーズがわかりにくいというのは同感です。
 ただ、「提供」と「取引」とは、次のような役割分担になっているのでは?と思うのですが・・・・。

 ・「提供」だけだと、一方的に渡す行為や、不特定多数に渡す行為も含まれてしまう。
 ・そこで、「取引」をかぶせることによって、「相手があって」、「両者の合意による」行為に絞り込む。

 また、役務通達では、技術提供取引の許可申請の時点について触れていますが、「相手に引き渡し・提供するより前の時点」としています。そのようにしないと、相手に技術が渡っていないのに、取引契約しただけで違反ということになってしまい、法目的からしても不合理かと思います。実際、契約をつけて許可申請をしますので、実務面からみても、通達の運用は合理的な気がします。
 そういう外為法の目的などに照らして考えると、「提供」と「取引」の場所は「外国において」の文言通り、海外ということになるのでは・・・と思いました。

2 なお、外為法の「取引」という用語については、条項によって使い方が少し異なり、混乱があるように感じます。法目的では、「対外取引」とあって、「取引」についての規制かと思うのですが、他方で、「支払い等」の第16条や、資本取引の第20条などでは、「取引又は行為」という文言になっています。しかし、外為法の解説書の第5条のところをみると、「本法の他の規定における『取引又は行為』との関係であるが、従来より、もともと『行為』は人の活動全般を表す広汎かつ抽象的概念として、第5条の『行為』は、他の規定における『取引』も包含していると解釈している」と書いてあって、条項ごとの「取引」と「行為」の包含関係がよくわからないところがあります。
 ある規定では「取引又は行為」とあり、第25条では単に「取引」とあるので、第25条では「行為」に当たるものは含まれないのだろうか、「行為」に当たるものは何だろう、とか素朴な疑問が湧いてきます。

3 また、「輸出」は、第25条で意味しているといわれる「相手との合意」による「取引」だけでは必ずしもありません。自己使用のものも含めて持ち出す時は許可が必要となっています。そうすると、それは対外「取引」からはみ出しているのではないだろうか? それとも、「行為」に当たるものも入っているということか・・・とか自問自答してしまいます。いったん、懸念貨物が海外に出てしまったら危ないから、出る前にチェックする、ということは理解はできるのですが。

 財務省の所管部分と経済産業省の所管部分で、独立して改正がされてきているために、必ずしも細かい文言の調整がされていないことも、混乱の原因かと思います。

投稿: RYO | 2010年10月27日 (水) 20時27分

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