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2011年1月12日 (水)

先生!それは疑似著作権とは違うと思います。

「疑似著作権」とは、福井健策弁護士の造語であり、「理論的には著作権はないのだけれど、事実上著作権に近いような扱いを受けている(あるいは受けかねない)ケース」「法的根拠はまったくないか、せいぜいが非常に怪しいものなのに、まるで法的権利があるように関係者が振る舞っている場面」と定義される。

このコラムでは、その一例として、著作権はとっくに切れたはずの「ピーターラビットの絵」を挙げる。これには全く異存ない。問題だと思うのは、産経新聞のこの記事(「疑似著作権」広がり懸念 福井健策弁護士に聞く)だ。

記事によれば、「建築物の写真」「撮影禁止の寺社」「ペット・菓子・料理の写真」について、「疑似著作権」が主張される場合があるという。

そうだろうか。

建築物の写真について考えてみたい。確かに、敷地内での撮影が禁止されている建築物は多い。これは撮影を禁止する権利がないのに禁止しているのだろうか。そうではない。建物の所有者は、所有権の一内容である施設管理権の効果として、入場者の写真撮影を禁止することができる。レストランで料理の撮影を禁止できるのも、貸店舗内で菓子の撮影を禁止できるのも、施設管理権の効果だ。もちろん、禁止に反して撮影した画像の公開を差し止めることもできるだろう。これらは立派な法的根拠があるから、疑似著作権ではない。権利者が間違って著作権と主張する場合もあるだろう。だが権利は確かにあるのだから、目くじらを立てるほどのことではない。

もちろん、撮影者が敷地に入らなければ、敷地管理権に従う義務はないし、その写真を公開することは、著作権法に違反しない。著作権法46条は、建物の写真を公開することは著作権の侵害にならないことを裏から認めている。菓子はもともと著作物でない(それ自体美術品と評価できるような菓子は除く)から、持って帰った菓子の撮影画像を公開しても著作権法に違反しない。

しかし、著作権が及ばないからといって、他の権利がないとはいえない。例えば、東京都には、東京都庁舎の写真を石原慎太郎知事の自宅と紹介されたら、その訂正を求める法律上の権利がある。パティシエが考え出した新作菓子の画像を、その発売前に無断で公開することも違法だろう。これらは著作権ではないが、著作者人格権に類似する私法上の権利の効果と考えられる。

また、個人の住居を敷地外から撮影し、これを公開することには、法的問題があろう。住人には、おそらくプライバシー権の一内容として、自宅の外観の撮影画像をみだりに公開されない権利を有する。ペットの飼い主は、おそらく所有権の一内容として、ペットをみだりに撮影されない権利を有する。

確かに30年前は、「ペットをみだりに撮影されない権利」は無かったかもしれない。しかし、一般市民が撮影画像を容易に公開することが可能になった現在、自宅やペットをみだりに撮影させないことは、個人の法的権利として認められるべきだろう。もちろん、権利として認めるからといって、神聖不可侵という訳ではない。他の権利や公共の利益との適切な調整が必要だ。

著作権がなくても、他の権利がある(こともある)。だから著作権がないからと、安易に「疑似著作権」のレッテルを貼るのは禁物だと思う。もっともこの記事は、福井弁護士の問題ではなく、記者の問題であろうが。

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コメント

ブログ主様は、「著作権」と「著作権でない権利」を混同されていらっしゃるのではないでしょうか。
例えば、私は「施設の管理権」を使って、写真撮影を禁止することは正当な行為だと考えますが、この「施設の管理権」は「著作権」ではありません。
その「著作権ではない権利」を、「著作権」であるかのようにふるまうから、「擬似著作権」なのではないでしょうか。
もともと著作権がない、権利があっても著作権でない、著作権があっても、保護期限がとうにきれていたり、本来の著作権の権利範囲をこえている等のものを、「著作権」として主張するから「擬似著作権」なのだと思います。

投稿: hide | 2016年5月18日 (水) 19時28分

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