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2011年1月13日 (木)

「弁護士なし訴訟」増加 高額費用で敬遠?

 112日読売新聞夕刊は、表題の見出しで「10年前に比べて弁護士の数が約1.8倍に増加したにもかかわらず、当事者本人が弁護士をつけない『本人訴訟』が地裁の民事裁判に占める割合が14ポイントも増え、73%に上っていること」が明らかになったと報じた。
 記事は、増加分は過払い金返還請求訴訟分だが、他の約6割は10年間で全く減っていない、と指摘した上で、「(弁護士増で)競争が生まれることで弁護士費用が下がり、依頼がしやすくなる」筈だったのに、「弁護士が報酬の低い仕事を避けている」(「裁判所幹部」)、「(過当競争により)採算の合わない仕事を引き受ける余裕がない」(「37歳の弁護士」)ために、依頼しやすくなっていないと示唆し、四宮啓弁護士の次のコメントで締めくくっている。
 「弁護士が支援すべきケース(であるのに断られた場合)がまだまだあるはずだ。弁護士は、社会や市民に奉仕することが大きな使命。本人訴訟がなぜ増えているのか、弁護士会としても調査すべきだ」
 全体として、弁護士(会)が国民に対し、敷居を下げる努力をしていないというニュアンスの記事だ。

この記事に対しては、「『競争が生まれることで弁護士費用が下がり、依頼がしやすくなると予想されていた。』って発想がおかしい」というShulze BLOG氏の発言、「弁護士を激増しさえすれば競争の激化によって需要を掘り起こせるという論理が実態に即していない」というさんけんブログ氏の発言などの反応が見られる。
 しかし私は、まずもってこの記事の「数字が胡散臭い」と思う。この10年、当事者の半分以上が弁護士を依頼していないなんて、現場感覚からかけ離れている。

平成21年度の資料は見つからなかったが、この10年間差異はないそうだ。そこで平成10年の統計を見てみると、当事者双方が弁護士を選任した場合が40.9%とあり、平成16年(と思われる)統計によれば、40.1%とある。
 記者はここから引き算をして「本人訴訟の割合は約6割」としたようだ。
 しかしこれらの統計によれば、「原告被告両方が弁護士を依頼しなかった場合」は20.8%(平成10年)ないし19.7%(平成16年)に過ぎず、残りは原告または被告が弁護士を依頼している場合である。ここから計算すると、弁護士を依頼していない訴訟当事者の割合は全体の4割(平成10年・平成16年とも)となる。
 以上により、「本人訴訟の割合は約6割」というのは誤りであるうえ、この記者は、民事訴訟には原告と被告がいる、ということさえ理解していないことが分かる。

次に統計を見てみると、本人訴訟の中で最も多いのは、被告が弁護士を依頼していない場合(平成10年統計で55.5%、平成16年統計で55.3%)だ。この人たちは、弁護士に依頼したかったのに、費用が高額で、依頼できなかったのだろうか。
 しかし、この中には欠席判決(平成16年統計で18%)や、期日が1回も開かれなかった場合(平成16年統計で8.6%)が含まれている可能性がある。さらに、1期日ないし2期日で終了した裁判(平成16年統計で43.6%)の大半は、請求認諾の事案と思われる。さらに、4期日までで終了した12.9%の大半は、事実に争いがなく、和解に至った事案だろう。
 これらは何を意味するかというと、被告が弁護士を依頼しなかった約55%のうち、おそらく大部分は、被告に全く言い分のない訴訟なのだ。平たくいうと、「原告の主張はすべてごもっともだが、お金がない」という類の訴訟、言い換えると、「弁護士を頼んでも費用だけムダ」という訴訟だ。この種の訴訟は、家賃不払による建物明渡請求や、貸金返還請求によくみられる。
 われわれ弁護士は、この種の事件の被告から相談を受けたとき、「弁護士を依頼してもお役に立てないし、弁護士費用をどんなに安くしても明らかに費用倒れだから、ご自分で裁判所に行かれたらどうですか」とアドバイスすることが多い。場合により、和解で粘るポイントや落としどころを、法律相談料の範囲内でアドバイスすることもある。そして、このようなアドバイスをしても、誰も困らない。読売新聞に批判されるいわれはない。

統計上、あえて気にするなら、「被告は弁護士を依頼しているのに、原告が弁護士を依頼していない」場合(平成10年統計で3.6%、平成16年統計で4.5%)だろう。「被告が弁護士を立てて防御しているのに、なぜ原告は弁護士を依頼せず徒手空拳なのか?」と思われがちだからだ。しかし、この中には、会社(サラ金が多い)が弁護士を依頼せず、その支配人が出廷する場合が相当数含まれている。残りの大半は、原告がはじめから弁護士に依頼する考えのない「信念の人」である場合か、弁護士から見ておよそ勝ち目のない場合、あるいはごく僅かな弁護士費用でさえ、明らかに費用倒れとなる場合だ。
 これらを除いた僅かな残りの中に、「弁護士が受任するべきなのに、金銭的な理由で嫌がった場合」が含まれることは否定しない。ただ、その割合は、統計上とても少なく、1パーセントに満たないと予想する。

まとめるとこうなる。統計上、訴訟当事者のうち、弁護士を依頼しなかった人の割合は6割ではなく4割で、その多くは被告である。そして、弁護士を依頼しなかった人の大半は、全く言い分がないか、どんなに弁護士費用を安くしても、明らかに費用倒れとなる場合であって、記事が批判するような「弁護士が報酬の低い仕事を避け」た場合は、あったとしても、ほんの僅かでしかない。
 そうだとするなら、弁護士増にも関わらず依頼率が上がらない理由も明らかとなる。もともとそんな余地がないからだ。

 以上から言えることは、この読売新聞の記事はウソだ、とはいわないまでも、かなりいい加減だ、ということだ。少なくとも、数字が正しいことを前提とする論評には、およそ値しない記事である。そうだとすれば、四宮弁護士のコメントに対する評価も、自ずから決まってこよう。
 それにしても、このいい加減な数字を記者に吹き込み、ミスリードのきっかけを与えた「裁判所幹部」なるお方は、一体どういう意図だったのだろう。うすうす想像はつくけど。

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コメント

さすが小林先生。
私は生来(いや本当は後天的に)うがった者の見方をするタイプで、根底にまず「ほんまか?」という視点を持っています。
まずその数字を見て、んなわけない!と思いましたが、そこから深めないのが凡人の私です。先生の論証を見て気持ち良く納得致しました。単純に、いわゆる濫訴系の事件が増えているのかな?などと善解しかけるとこでした。危なかったです。
もし私のところに記者が来たら、ほんまかいな?なんでそんな数字になるねん?と逆質問をしたかったところです(絶対きませんが)。でもどこかの段階でそのスクリーニングが入ればそもそも記事になっていないわけで、マスメディアのスクリーニング能力の弱さに怖さを感じます。
さらにこの記事で怖いなと思うのは、前提誤認のまま紙面になり、それに弁護士や裁判所のコメントで烙印が押されていくという事実です。当事者の一部または全部が何がしかの意図を持ってやったとすればまた問題ですね。
ほんとに油断なりません。

投稿: ytsujimura | 2011年1月19日 (水) 13時06分

コメントありがとうございます。
予想外の反応で驚いています(やはりボ2ネタの波及力は大きいのか…)。ご指摘のとおり、ホンマに油断も隙もありません。

投稿: 小林正啓 | 2011年1月19日 (水) 16時54分

過払いにおける支配人を代理人とする訴訟も、本人訴訟にカウントされていると思われます。
とすると、裁判所は、支配人による訴訟を簡単に認めるので、裁判所が率先して本人訴訟を増やしているようなものであり、本人訴訟率が上がるのは弁護士費用が高いからという理由はますますないことになります。

結局、この記事は、本人訴訟率の高さ→弁護士費用が高いという誤導をしたいだけなのかなというふうに感じました。

投稿: 弁護士HARRIER | 2011年1月19日 (水) 17時57分

コメントありがとうございます。ご指摘のとおりだと思います。エントリ末尾にも書きましたが、問題は、この記事を書かせた「裁判所幹部」の意図です。だいたい、企業や暴力団や政党じゃあるまいし、「裁判所幹部」っていう肩書が変だと思いませんか?最高裁判事が「幹部」でしょうか?違いますよね。たぶん、事務総局の局長か、その下クラスでしょうね。

投稿: 小林正啓 | 2011年1月19日 (水) 18時07分

こういう記事にであうと、そのブログを読んでいて良かった、とおもいます。ありがとうございました。

投稿: 普通の国民 | 2011年1月20日 (木) 20時29分

私は現在、知人の会社に貸しておいた装置を知人が仮差押強制執行され、それを取り戻すべく第三者異議を本人訴訟の形式で訴える準備中です。
私には資金も無く、装置自体の価値も低いのですが、第三者である私の私物が、知人の占有物なのでという事から、誰の所有関係なく処分されようとしている事に、法の矛盾を感じており、面倒や取り戻せない可能性も承知で、敢えて訴訟することにしました。
知人も私が所有権社であることを認めており、私は被害者なのに、自分で所有の証拠を収拾して提示し認めてもらわないとならないというのが解せません。

投稿: kaz | 2012年12月25日 (火) 22時01分

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