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2011年1月11日 (火)

著作者人格権の歴史的背景について(2)

この問題を考えるには、歴史を数百年ほど遡らなければならない。

もともと、著作権の概念は15世紀、活版印刷技術の普及を契機に誕生した。肝心なのは、このとき権利を主張していたのは、印刷事業者であって、小説家などの創作者ではない、という点だ。このことは、この権利が”Copy Right”と呼ばれていて、これを日本に紹介した福沢諭吉が「版権」と翻訳したことからも窺うことができる。

ところが、1709年に英国で成立し、最初の近代的著作権法と呼ばれた「アン法」は、著作権を印刷事業者にではなく、創作者に与えた。印刷事業者は不平たらたらだっただろう。そして、1886年(明治19年)に締結されたベルヌ条約も、著作権は創作者の者であることを明記している。さらに、1928年(昭和3年)、ベルヌ条約がローマにおいて改訂され、著作者人格権規定が新設された(馬場口祐『同一性保持権の制限範囲の再検討』)。これが、現行著作権法の著作者人格権保護規定に反映されている。

要約するとこうなる。著作権は、もともと事業者のものだったが、その後創作者のものとされ、それでも足りず、著作者人格権という、創作者から他に移転できない権利が創設されたのだ。

このことは、裏返せば、創作者の地位が印刷事業者に食い物にされてきた、という歴史的事実があったことを示している。

すなわち、文筆業で身を立てようとする若者が貧乏なのは、古今東西を問わず同じだ。そして、競争を勝ち抜いて老境に達した文筆家が、過去の作品の印税で豊かに暮らしたいと考えるのもまた、古今東西を問わず同じだろう。ところが、若いころの貧乏がアダになって、著作権は全部出版社に安く売り渡してしまっていて、ろくな印税が入らない。それどころか出版社は、本を売るためならと、作品を勝手に要約したり脚色したり、挙げ句の果てには別の売れっ子作家の名前で販売したりしているのに、契約のせいで文句も言えない。「この状態を何とかしなければならない。」文筆業で名をなし、国会議員になった有力者たちはこう考えた。そこでアン法や、ベルヌ条約に、著作権は創作者に帰属すると定めたが、それでも作者は出版社に食い物にされている。そこでベルヌ条約を改正し、どんなに貧乏な若者でも譲渡できない、著作者人格権を定めたのだ。もちろん、その過程には、文筆業界と出版事業者団体との凄まじい政治闘争あったに違いない。

だから、歴史的背景に照らす限り、「譲渡できない」ことは、著作者人格権の本質的要素なのだ。

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