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2011年1月24日 (月)

軍人と弁護士のあいだ

 122日の各紙は、村井嘉浩宮城県知事が、性犯罪前歴者にGPS装置の携帯やDNA提出を義務づける条例制定の検討に入った、と報じた。毎日新聞夕刊によれば、「性犯罪被害者の代理人を務めた経験のある望月晶子弁護士」は、「条例化が実現すれば画期的で大賛成」とコメントした。

 このコメントについて思うところを述べたい。

 電子監視については以前のエントリで紹介した。私の考えとしては、基本的人権に関わる重大な規制だが、性犯罪については科学的・統計的に再犯可能性が高いと思われること、その被害と社会的影響の重大性、昔の監視・再犯防止・前歴者隔離手段としての入れ墨などと比べて電子監視という手段の人権侵害性が低いと言えること、一定の犯罪抑止効果は期待できること、性犯罪前歴者に対する電子監視は先進国の趨勢ともいいうること、などの点に照らせば、厳格な要件や方法のもとで、許される余地はあると考える。ただ、条例では無理で、立法を要すると思う。
 ところで、村井宮城県知事はもと自衛官だ。他に自衛官出身の首長としては、前阿久根市長の竹原信一氏がいる。軍人出身のお二人とも、正しいと信じることの実現には迷わないタイプのようだ。
 確かに、迷わない、疑わない、というのは、軍人に求められる資質として重要だろう。軍人が上官の命令を疑ったり、迷っていたりしたのでは、勝てる戦争にも負けてしまう。

 これと対比した場合、弁護士に求められる資質は何だろう。私は、疑い、迷うことだと思う。性犯罪再犯防止は重要な社会的要請だ。だがそのために、刑期を終えた者の人権を侵害することが許されるのか。許されるとしてその強度と期間は何が適当か。監視情報の公開と保存のあり方はどうするのか。前歴者に与える疎外感が、逆に犯罪を誘発する可能性はないか。技術的確実性は担保されているのか。電子監視に要するコストはどうか。もし監視漏れのため犯罪が起きたとき、監視者(国や地方自治体や警察)が法的責任を負う場合があるのか。

 疑い迷った上でなら、結論はどちらでも良い。弁護士の責任として重要なことは、対立する別の正義を示し、比較考量をしてみせることだ。だからこそ、頭から否定したり、手放しで賛成したりすることは、よほどの場合でない限り、弁護士としてやるべきではないと思う。

 「(電子監視は)画期的で大賛成」という望月晶子弁護士のコメントは、軍人にこそふさわしい。

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コメント

新聞記事を読んだだけでは漠然とした話で何とも言えませんが
宮城県がGPSの携帯を義務づける元受刑者の範囲はどのように特定
されるのでしょうね? 宮城県内に住民票を移した元受刑者?
入所前宮城県に在住していた元受刑者? 宮城県内で事件を起こした
元受刑者? 宮城県内の刑務所等に入っていた元受刑者?

GPSでいくら監視しても現に犯罪が起こってしまえば後から逮捕する
のが容易であったとしても取り返しがつかないことには変わりありま
せんから、この制度ができるのは監視社会のインフレーションの序曲
以外の何物でもないように思いますが、それ以前に実務的に運用
可能なのかどうか、多いに疑問があるように思います。

投稿: | 2011年1月24日 (月) 07時38分

コメントありがとうございます。「宮城県内に住民票を移した元受刑者」じゃないでしょうか。だとすると、宮城県としては、転入者全員(13歳以下と80歳以上は除いてもいいけど)の前科照会を行う必要が生じますね。

投稿: 小林正啓 | 2011年1月24日 (月) 10時26分

初めてコメントさせていただきます。
ブログをいつも拝見していまして、小林先生の理論と見識には感銘を受けております。

望月弁護士のことは知りませんが、わざわざ「性犯罪被害者の代理人を務めた経験のある望月晶子弁護士」
などと紹介されていることからして、記者が結論ありきで取材に行って、いいようにコメントを要約した可能性はあると思います。
新聞取材に関しては私も発言を曲解された苦い経験があるので、差し出がましいようですがコメントさせていただきました。

投稿: ひこいち2 | 2011年1月24日 (月) 19時21分

>>弁護士の責任として重要なことは、対立する別の正義を示し、
>>比較考量をしてみせることだ

何もそれが、ひとりの弁護士の中になくてもいいのではないかと
おもいます。弁護士集団として、全体として比較考量の効いた
言論活動ができていればいいのでは?

投稿: 普通の国民 | 2011年1月26日 (水) 23時54分

お邪魔いたします。先生のご意見に全く同感です。
世の中のことは何でも、それぞれに事情があって、利害があります。それを調整して解決を図るのが政治であり、法曹だと思います。今の政治は、それらの事情や利害について思いを致そうとせず、利害調整を放棄して、一方的な思い込みと決めつけ、独善になっているのが大きな問題だと感じます。
 法曹も、利害衝突を法令に基づいて調整するのが役割であり、そのためには、全体の構図と法令の趣旨、それぞれの当事者の利害・感情、解決策の長短や影響・波及などをよく見極めながら、判断し解決策を探っていくということが期待されると思います。
個々の弁護士がそういうマインドや理解力、想像力を持たずに、自分の思い込みと尺度だけで物を一方的に言い立てるのでは、調整や解決がまともに図られるとは思えません。それを適確に行うためには、高い知見と深い洞察力、慮りなどの裏付けが必要だと思います。そういうことができるのがプロの弁護士であり、小林先生がおっしゃる「弁護士の責任として重要なことは、対立する別の正義を示し、比較考量をしてみせることだ。だからこそ、頭から否定したり、手放しで賛成したりすることは、よほどの場合でない限り、弁護士としてやるべきではないと思う。」とのご指摘はまったくその通りだと感じます。何でも一歩引いて冷静に考えてみれば、事はそう簡単ではないことはわかると思います。
 

投稿: 私も普通の国民 | 2011年1月31日 (月) 13時41分

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