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2011年2月18日 (金)

「法の支配」ってなんだ?

 社会には、問題を解決する様々な方法―暴力、金、仁義、慣習、伝統、宗教など―がある。「法の支配」とは、他の方法より、法という規範(ルール)を優先して問題を解決することがよい、という価値観のことだ。

 ではなぜ、法が、他の方法より優先され得るのだろう。

 自分は長男だから、親の全財産を相続して当たり前だと主張する人がいる。この考えは、65年前までは確かに正義だった。しかし現代の民法には、全血の兄弟は平等と書いてある。民法がどうした、俺はそんなものに従わなねえ、と啖呵を切っても無駄だ。なぜなら判決が出れば、民法に従った相続しか実現できないからである。これが、「法の支配」の具体例だ。

 ある政党の実力者が、検察審査会の議決に基づき強制起訴されたことをうけ、その政党では、この実力者の党員資格を停止すると決めた。これに対して、「推定無罪」の法理からすれば、起訴されただけでの不利益処分は間違っている、という批判がある。この批判も、「法の支配」の一つのあらわれだ。

 しかし、この批判は、上記の相続の例に比べると、今ひとつ迫力に欠ける。なぜなら、同じ「法の支配」から真逆の結論を導くこともできるからだ。それは、「憲法の定める三権分立や、民主主義の考え方からすれば、政党内の自治的決定は尊重されるべし」という考え方である。

 同じ「法の支配」から、異なる結論を導き出すことが可能なとき、どちらかを勝たせるのは裁判所の仕事だ。このとき裁判所は、刑事訴訟法上の原則か、政党の自治権か、という政策上の優先順位を決定する役割を担う。

 ただ、裁判所の決定も、これに従わせる権威が足りなければ、絵に描いた餅になる。かつて、判決に対して「そんなの関係ねえ」とうそぶいた軍人がいた。また、仮処分命令を無視した著名ホテルもあった。

 以上からいえることは、こういうことである。「法の支配」を実現するためには、法律があるだけでは不十分だ。裁判所という「法を司る」(=司法)機関が不可欠であり、かつ、裁判所に権威が認められている必要がある。

 「当たり前じゃないか」と思われるかもしれない。だが、「法の支配を社会の隅々に」と言う連中の中にさえ、この当然のことを理解していない者がいるように思われる。

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