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2011年2月14日 (月)

革命の舞台装置

北アフリカでは、インターネットを利用した「デジタル革命」が進行中だ。だが、革命には、時代を問わず必要不可欠な舞台装置がある。

それは広場だ。

チュニジアは詳細が報じられていないのでよく分からないが、エジプトでは、タハリール広場に集結した民衆が、革命の原動力になった。

1980年代末の東欧では、衛星テレビで知識を得た民衆が政庁前広場に集まり、共産主義政権を打倒した。1986年、フィリピンの民衆はマラカニアン宮殿周辺の広場に集結し、マルコス夫妻を追放した。1989年には、中国政府の民主化を求め、10万人を超える民衆が、天安門広場に集結した。

西欧の古い町には、かならず政庁前広場がある。バチカン宮殿も、見方を変えれば、広場こそ中心で、その周りを建物が取り囲んでいる。広場は、指導者が民衆の前に立ち、歓呼の声に応えるための舞台装置なのだ。しかし、悪政への不満が頂点に達すると、革命の起点に転換する。民主政体であるか否かを問わず、西欧では、首長の正統性が広場によって裏付けられている。

翻ってわが国はどうか。まず想起されるのは日比谷焼討事件(1905年)だ。このとき日比谷公園には数万人が集結したらしい。今の日比谷公園は、高い木々が生い茂っていて、集会ができるスペースは全体の半分もない。ここに数万人が集まることが可能か疑問だし、木立に遮られて外から見づらいというのは、革命には都合が悪い。

次に想起されるのは、安保闘争だろう。1960615日、国会議事堂前に集結したデモ隊は、少なく見ても10万人を超えたという。しかし、今の国会議事堂前を見ると、かつて広場だったと思われる場所には木が生い茂っていて、10万人以上が集結できる場所には思われない。

もしかしたら、日本には、革命の起点となり得る広場は現存しないのかもしれない。物理的に候補になり得るのは皇居前広場だろうが、皇居前広場から革命が起きるというのは、ちょっと想像できない。

このことは、同時に、首長の正統性を裏付ける広場も、日本には存在しないということである。

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