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2011年3月18日 (金)

走り出したら、だれにも止められない(by 風の谷のナウシカ)

 東京電力福島第一原子力発電所の暴走を止めるべく、東電社員、警察や消防、自衛隊員らが決死の作業を続けている。幸運と成功を祈りたい。

 しかし、原子炉が暴走を阻止するため何重もの安全装置を設けているのは、暴走したら最後、だれにも止められないからだ。地震の翌日、先端高度精密機械である原子炉に海水をぶちこむという、とても乱暴な選択をした時点で、現場の技術者には、待ち受ける運命が見えていたのだと思う。

 原子炉が暴走した原因は、制御用の電源が失われたからだ。これをステーションブラックアウトというらしい。もちろん、原発は設計上、制御用電源を確保するため何重もの機構を用意している。しかしその最後の頼みの綱である自家発電装置が、地震または津波によって故障した。だがなぜだろう。想定外の揺れや津波だったからか?そうではない。なぜなら、原子炉本体はほぼ無傷だったからだ。本当に想定外なら、原子炉本体も、致命的な損傷を受けたはずだ。

 2007716日、新潟県中越沖地震の直撃を受けた東京電力柏崎刈羽原子力発電所では、3号発電機横の変圧器から火災が発生した。設計基準加速度を上回る揺れだったからとも報じられているが、そうではない。原子炉本体がほぼ無傷だったからだ。すなわち、巨大地震に対して、原子炉本体はほぼ無傷だったにもかかわらず、周辺施設が致命的損傷を受けた点で、二つの原発事故は、一致している。

 この奇妙な符合は、素人の私に、ある疑念を抱かさずにはいない。それは、原発本体と周辺施設は、もともと、異なる耐震基準に基づいて設計されているのではないか?という疑念だ。そんなことはない、という反論に備えてもう少し厳密に言い直すと、設計時に想定する震度等は同一でも、これに対する余裕の持たせ方(いわゆる「のりしろ」)が、原子炉本体と周辺施設では異なるのではないか、という疑念だ。

 非常用自家発電装置は、原子炉本体以上の耐震性が要求されるにもかかわらず、実際は低く設計されているという事態は、安全工学的にはあってはならないが、組織的お役所的には、ありがちなことのようにも思える。

 もし万一、この懸念があたっているならば、それは、日本中の原子力発電所が、同じ設計思想に基づいて建設されていることを強く推定させることになる。私はどちらかと言えば原発推進派だし、今回の原発事故の被害は限定的と予測しているが、そうであるからこそ、この懸念を早期に確認する必要があると思う。

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