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2011年4月 7日 (木)

「また一つ村が死んだ」(by風の谷のナウシカ)

 言っている人に悪意がないのは承知しているけれど、「被災地の再興」とか聞くと、少し「いらっ」とする。分かっている人は分かっているのだろうが、今回の震災の被災地―津波で大打撃を受けた漁業・農業を主要産業とする地域―は復興しない。だから、元通りに港や道路や市場を再建することが復興だというなら、それは間違いだと思う

 「阪神大震災より被害が大きいけれど、日本が団結すれば、神戸のように復興するよ」と言うかもしれない。だが、人的被害に限ってみれば、被害は大きくないのだ。考えてほしい。今回津波被害を受けた土地の面積は、阪神大震災の被災地面積の数十倍に達するだろう。だが死者数は数倍だ。なぜ数倍で済んだかというと、おそらく最大の理由は、人口密度が全然違うからだ。比較的都会と思われる石巻市は、神戸市と面積がほぼ同じ(約555平方キロ)だが、人口は約10分の1(約16万人)しかいない。このことは、生き残った被災者たちは、神戸の10分の1の人数で、神戸と同じ広さの土地の復興を背負うことを意味する。 

 その少ない人口密度の年齢分布が次の問題だ。図の紫は陸前高田市の年齢別人口統計(Wikipediaより)だが、全国(緑)のそれと比べて、顕著な違いが二点ある(ちなみに、この違いは岩手・宮城沿岸部市町村に共通だ)。一点目は、75歳前後に年齢層の山があることだ。この統計は2005年だから、今年81歳になっている。要するに、老人がとても多い。震災前から、商店街はシャッター通りと化していただろう。つまりこの町は、津波に襲われる前から、黄昏を迎えていたのだ。この町の老人たちは、もはや、流された家を再建したり、漁船を購入したり、田から塩を抜くために何年もかけて土壌改良をしたりはしない。漁業が再興しなければ、造船所や市場も再興しない。都会に暮らす子どもを頼って出て行く者も多かろう。より若い中高年の多くも、仕事を探して町を出るだろう。

 陸前高田市の人口統計が全国のそれと比べて顕著に違う第二点は、20歳前後が極端に少なくなっていることだ。これはおそらく、高校を卒業した若者の多くが、地元を離れることを意味している。統計上、その後数年すると緩やかな回復を見せている(たぶん一部が都会からお嫁さんを連れて戻ってくるのだろう)が、問題は、この震災のあと、若者は地元に戻ってこない、ということだ。仕事がないからだ。

 戦後日本は見事に復興したという人がいる。しかし戦後の復興を最初に支えたのは、当時20歳代だった若者と、彼らの子どもたちだ。陸前高田市にはその両方が欠けている。つまり震災の後、陸前高田市は、地元を離れたくない(又は離れられない)老人だけの町になる。同市には申し訳ないが、この町はこれから、緩やかな死を迎えることになる。我々が考えるべきことは、地元を離れる人たちの生活の確保や、被災地に残る老人たちに穏やかな老後を過ごして貰うにはどうしたら良いかということだと思う。

 私は陸前高田市に恨みはないし、復興に尽力する若者を冷笑するつもりもないし、偽悪者ぶりをひけらかしたいわけでもない。私がこの文章で言いたいのは、人口が少なく老人の多い社会は―いいかえると年老いた社会は―打撃を受けると立ち直れない、ということだ。そして日本全体も遠からず、陸前高田市と同様の年齢別人口構成になる、ということだ。

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コメント


So what is your point?
You just laid out aging issuee only.
You surely don't know the content of this city nor history.
People like you we call ignorant.
Stop wasting a people's life with your rubbish.

投稿: | 2011年4月 8日 (金) 11時41分

ついったからやってきました。はじめまして
おっしゃることはなるほど理解します。また、そういう考えを聞いてそういう可能性もあるだろうなあと思います。

ところで、今回の震災における死者数についてですが、死者数は死亡が確認された人と、家族が届け出た行方不明者の合計で論じてらっしゃいますか?それともほかの数字でしょうか?
阪神淡路大震災の時はどうかわかりませんが、今回は家族みんな津波で流され、行方不明にもならず今も海中に漂う死体もあったり、町の住民票自体が流出したりしているケースが多いと聞きましたが、この数はお考えでしょうか。それとも私の情報は不正確、または古いでしょうか。

また、これは批判なのですが、筆者は村が一つ死に、元に戻すことはできないといいますが、それは(そこにいる老人の面倒などは見るが)もう復活(復興とかそういう意味でなく、そこに新しい街が繁栄するという意味)をあきらめろという意味ですか?というより、そういうように私には読めてしまいます。
論ぜねばならぬのは、「こうだからもう復興はできない。」というような悲観論でなく、「現在の状況はこうだから、このままではまずいことになる、なので我々はそれを解決するためにどうすればよいのか」であると、私は思います。現状に文句を言っているだけに見えます。
そこのところ、どう思われますか。どのように東北太平洋沿岸を復活すべきだと思いますか。

投稿: jyaga | 2011年4月 8日 (金) 23時53分

jyagaさん、コメントありがとうございます。
死者数について、ご指摘の可能性があることは承知しているますが、地震後3週間を過ぎて、その数もそろそろ頭打ちではないかと考えています。
ご批判ですが、私は単に予測をしているだけで、何かに文句を言っているわけでもなければ、何かを「あきらめるべき」という「べき論」をしているつもりもありません。例外として、本文に書いたとおり、「元通りに道路や港や市場を作る『べきではない』」とは書きました。なぜこんなことを書くかというと、「復興」と称して、こういう「箱モノ」に税金を使い、土建業者を潤わせようと考える人たちが動き出す頃合いだと思うからです。

投稿: 小林正啓 | 2011年4月 9日 (土) 09時01分

お返事ありがとうございます。

投稿: jyaga | 2011年4月11日 (月) 23時10分

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