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2011年4月 4日 (月)

輸出「後」規制と法治主義

 日本の「輸出」規制には、「輸出」が済んでも終わらないものがある。工作機械などについては、転売されたり、別の目的に転用されたりしないかを、半年ないし1年に一度、当の輸出企業が海外で調査して報告しなければならない。輸出先から誓約書を提出させることはもちろん、同一工場内でも別のラインに移設されないよう、調査のたびに写真を撮る。工場の入り口から設置場所まで一続きになるように、数十枚以上の写真を、アルバムよろしく報告書に貼り付けて経産省に提出するのだ。写真の端と端がつながらなかったりすると撮り直し。渡航費も調査費も全部、輸出企業持ちである。こういった調査に要する費用は最終的にはすべて製品価格に転嫁され、その分、日本製工業製品の国際競争力を低下させている。

信じがたいことには、輸出後の調査・報告義務は、何ら法律の根拠なく、輸出企業に課されている。すなわち、「法律の根拠なく国民に義務を課してはならない」という、法治主義の基本中の基本にもかかわらず、「輸出後規制」には法律の根拠がない。「輸出後規制」は明白な違法行為ということになる。

さらに信じがたいことには、経産省の官僚にも、義務を課される民間企業にも、「輸出後規制」が違法行為だという認識がないらしい。財団法人安全保障貿易情報センター(CISTEC)の平成23年の報告書には、わざわざドイツに行って、「輸出後規制」の実情を報告した顛末が記載されている(全558ページ中384ページ)。法治主義に違反しているという自覚があるなら、こんなことは恥ずかしくてできない。

報告書によると、「ドイツでは反応は非常に単純明快で『それはExport Controlではない。Post-Export Controlだ。ドイツではPost-Export Controlは行っていない。』とのことであった」とある。「車が来ていても信号が青なら渡る」と言われるほど順法精神に富むドイツ人にしてみれば、「法律がない以上規制はできない」という「単純明快」な認識を示したに過ぎないのだろうが、法律なき規制に慣れきっている日本の官僚と民間企業担当者には、理解できなかったようだ。ちなみに日本人は、「信号が赤でも皆が渡れば渡る」。

極めつきは、この報告書の提言である。「Post-Export Controlを国際標準とするよう、(日独企業の)負担の格差の縮小につき検討してもらいたい」としているのだ。違法規制を日本において運用するだけでは足りず、他国にも勧めようとしているのだから恐れ入る。「そうおっしゃっても、わが国にはPost-Export Controlの根拠法がありません。日本にはあるのですか?」と先進諸国の担当者に問われたら、どう答えるつもりなのだろうか。なぜ、自国の規制をやめることによって負担の格差を縮小する、という発想が持てないのだろう。

 優秀な官僚と、一流企業の輸出担当者が揃いもそろって、「法治主義」の基礎知識に対してこれほど無知であることは、弁護士として、とても恥ずかしいことだと思う。日本が近代法治国家となって100年以上経つのに、国民の法的リテラシーが極めて低級であることの責任は、言うまでもなく、弁護士もその一端を負っている。

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