« 日弁連は東電集団訴訟の管理体制づくりに着手すべきだ | トップページ | 輸出「後」規制と法治主義2 »

2011年4月19日 (火)

池田教授VS町村教授

 町村泰貴教授が「原発が事故ったからってがたがた言うなという人たち」の中で池田信夫教授を批判したところ、池田教授から誤解との反論があった。町村教授は批判の一部を撤回して謝罪したが、本質的なところは誤解していないと再反論している。ネット論壇を代表するビッグネームお二人には、高度で建設的な議論を期待したい。

 とはいえ、なんか違うなと思うところが双方にあるので、書いておく。

 まず池田教授は、「地震と津波は天災」と述べる。設計上14メートルの津波を「想定しろというのが酷」だからという。

 これはちょっと違うのではないか。地震や津波が想定外か否かではない。本件を「想定外か否かという議論」にもって行くことに、違和感がある。

もし、原子炉圧力容器が粉砕されたなら、地震や津波が想定外だったか否かという議論は成立するだろう。だが現実には、圧力容器はほぼ無事だった。それにもかかわらず、報道によれば、非常用ディーゼル発電機が稼働せず、非常用炉心冷却装置(ECCS)を作動できなかったことが、事故を招いた。このことは、東京電力には、圧力容器を超巨大地震や津波から守る能力があったし、実際に守ったこと、しかしその能力を、非常用発電機に施さなかったことを意味する。つまり東京電力は、非常用発電機を地震や津波から守ることができたのにしなかった3月18日のエントリに記載したとおり、これこそ、本件事故に関して第一に論じるべき点であり、福島第一原発の設計上の問題だと思う。

 原発でさえ絶対安全はないし、安全とコストはトレードオフだと池田教授はいう。だが、全体としてその通りだとしても、子細に見れば、条件付ながら、絶対が求められることもあると思う。例えば自然災害で炉心が停止した際の冷却は、圧力容器が冷却可能である限り、絶対に確保されなければならないし、コストとトレードオフにしてはならないと考える。その限りにおいて、想定外という弁解は許されないのではないか。

 一方町村教授は、「(原発の)リスクは限り無くゼロに近づけて欲しいし、ゼロになり得ない以上は万一の事故に備えた費用を引き当てておくべきだ」という。だが、「リスクを限り無くゼロに近づける」といっても努力目標以上のものにはならないし、事故に備えた費用全額を引き当てさせることは、現実問題として算定も積立も不可能だし、幾ら努力しても引当額が減らないのでは、リスク低減努力を損なうことになると思う。

 ただ、私が忖度するところ町村教授は、少なくとも原発において「安全とコストはトレードオフ」だと簡単に言ってしまうことに、いいかえれば、安全が問題になったときにコストを免罪符にすることに疑義を呈しているのであって、この点については私自身、理由はよく分からないが、共感を覚える。

 池田教授はこの点についてどうお考えになるのか、期待して待ちたい。

(表題の順番は五十音順です)

|

« 日弁連は東電集団訴訟の管理体制づくりに着手すべきだ | トップページ | 輸出「後」規制と法治主義2 »

コメント

今回実際に起きた人災を見るに、各電力会社(沖縄電力を除く)は
原発事故に備えて域内GDP2~3%を引当ておかないと原発がリスクに
見合った経済性を備えていると言い張るのは厳しいように思いますね。
池田先生はまあシカゴ学派の中途半端なフォロワーだから取引コストは
潰れてしまえばそれ以上負ういわれはないとの理屈でしょうが。

投稿: 西谷慎一郎 | 2011年4月19日 (火) 09時56分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/192469/51433259

この記事へのトラックバック一覧です: 池田教授VS町村教授:

« 日弁連は東電集団訴訟の管理体制づくりに着手すべきだ | トップページ | 輸出「後」規制と法治主義2 »