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2011年5月23日 (月)

『最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか』(草思社)

「最悪の事故のなかには、欠陥のある技術が、予想もつかないほど大きな自然の力と出会った事例が見られる」

これを読んで、フクシマを想起しない日本人はいないだろう。

スリーマイル、チェルノブイリ、コンコルド、チャレンジャー。本書は、巨大技術システムが、とても些細な偶然の積み重ねによって、いとも簡単に崩壊する有様を淡々と綴る。危機に遭遇した人々は文字通り死力を尽くすが、その多くは失敗する。他方、修羅場に遅刻してきた人、死に直面してあえて10分間の息抜きをした人が破局を救う。

巨大技術が人間の営みであるのと同様、巨大事故もまた、人間そのものなのだ。

このご時世、本書を読んで原発廃止の意を強くした人も多いだろう。だが私は、むしろ逆の感想を持った。

サイコロ大の鉱物から、町を一個破壊するほどのエネルギーを取り出せるとき、人間はその魅力を忘れられないだろうし、巨大システムの構築と維持に挑戦し続けるだろう。これは原子力に限った話ではない。人類が技術を手にした太古より続いてきた営為だ。もちろん、巨大飛行船、コンコルドや高速増殖炉など、人類が放棄した技術は数知れないが、その魅力に見合う技術が開発されれば、人間は再び巨大エネルギーの制御に挑戦するだろう。そのいくつかは失敗し、深刻な悲劇をもたらすだろうが、それでも挑戦は止まないだろう。

 危険と隣り合わせにある技術を、著者は「マシンフロンティア」と呼ぶ。アフリカの大地溝帯を出てヨーロッパとアジアに進出し、当時最先端技術の鉄器と丸木舟で森林と太平洋を渡り、多くの犠牲を払いながら地理的フロンティアを開拓し続けた人間にとって、マシンフロンティアの開拓は、その本能であり「業」なのだ、と思う。

Saiaku_2

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