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2011年5月20日 (金)

人の値段とロボットの値段

介護ロボットの開発に関わっている人が、「売り込んでも、どんなメリットがあるのか、いくら節約できるのか、証拠を示せ、ばかりで買ってくれない」とぼやいていた。福祉大国デンマークをはじめ、アメリカでも、介護ロボットがどんどん開発されているというのに、なぜ日本ではダメなのか、というわけである。

これから開発しようというロボットのメリットや経済効果を証明するのは無理というものだろう。だが、証明が困難な点は、デンマークや米国でも同じはずだ。ではなぜ、他国では介護ロボットの導入が進み、日本では進まないのか。

想像だが、他国と日本は発想が逆だと思う。ロボット導入にメリットがあるのではない。人間が高く付きすぎるのだ。

介護に腰痛は不可避である。腰痛になったからと仕事を休まれれば、直ちに事業に支障を来す。まして腰痛が慢性になって仕事ができなくなれば、多額の補償金が発生する。下手したら裁判沙汰だ。こういう社会では、人間がとても高く付く。一切文句を言わず生活保障も要求しない、壊れたら修理がきくロボットに食指が動く。

ところが日本では、介護職員は「腰痛くらいで」仕事を休まない。休めば他の介護職員の迷惑になる、と考えるからだ。信じがたいほど安い給料で、文句も言わず働く(まるでロボットのように)。腰痛はいずれ持病になり、介護を続けられなくなっても、労災補償は(たぶん)でない。日本の介護分野では人間のコストがとても安いから、ロボットに代替させる経済的動機が発生しない。

米軍が高価なロボット兵器を多数導入しているのは、兵士の命の値段が無視しがたいほど高くなったからと言われている。同じことが、介護の現場で起きているのかもしれない。

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