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2011年6月10日 (金)

司法にハンディキャップをつけた人たち

たとえば、こういう仮説を立ててみる。

新憲法下で三権分立制度を設計した人たちは、「司法」にハンディキャップをつけた、という仮説だ。詳しくは、こういうことになる。

明治憲法制定時の統治機構は、ごく単純に言って、①天皇②行政③立法④司法の順にエラかった。

その後、大正デモクラシーなどを背景に、立法・司法の地位は多少上がったが、軍部の台頭により、順位は、①天皇②軍部③行政④立法⑤司法となってしまった。つまり司法は最下位であり、無罪の判決を出すことは検察官(行政)の怒りを買うことだった。弁護士は三百代言とさげすまれ、軍人から「正業に就け」と説教された。

敗戦後、GHQは②軍部を解体した。新憲法は、①天皇を象徴と定め、③④⑤に相互抑制の権限を与えた。

つまり、日本の三権は、①行政②立法③司法の縦並びから、横並びで対等の関係に変わったのである。

しかしと、設計者は考えた憲法上対等と規定しても、実質が伴わなければ、三権分立は画餅に帰する。占領軍の間接統治の結果、日本の統治機構は軍を除いてその大半が温存されたため、新憲法下の統治機構は、戦前からの「行政優位」統治機構の「改革」という形を取らざるを得ない。加えて行政官僚は、統治の中心は自分らであり、立法・司法は全然ダメと考えている。このままでは、独立回復を機に、行政官僚は戦前の序列を取り戻そうとするだろう。そうさせないためには、「司法」にハンデをつけ、下駄を履かせて力をつけてやる必要がある。

組織に力をつけるため肝要なのは、①人材②権限③予算である。そこで新憲法は、①人材について、裁判官に手厚い身分保障を与えた。飢餓と公職追放の嵐が吹き荒れ、公務員さえ身分給与を保障されなかった戦後の混乱期に、10年の身分と減給禁止とを憲法明文で保障したのだ。これを見て、行政官僚から裁判官に志望を変更した東大法学部生も多かろう。現金なもので、エリートほど、自分より成績の良かった学友が相手組織にいると、一目置くのだ。

②の権限も、違憲立法審査権や、行政訴訟を含む司法の独占が憲法上保障された。ただ、憲法裁判所を新設しなかったことについては、議論があったと思う。

一方③の予算については、憲法上の保障が与えられず、財政法上の保障にとどまった。大蔵省が抵抗したからと推測する。これは戦後の司法の独立に、影を落とすことになった(『こん日』37頁以下ご参照)。

無事新憲法が成立し、司法制度の法整備に重心が移る。一つ問題になったのは、弁護士の取り扱いだ。当時国会議員になっていた弁護士も多く、彼らは裁判官・検察官との平等処遇と法曹一元を強く求めていた。占領軍の米国人顧問にしても、法曹一元は自国の制度だし、憲法裁判所が設置されない以上、司法が立法、行政と対等に渡り合うためには、優秀な弁護士の確保が不可欠と考えた。そのような思惑の一致から、戦後の司法制度は、判・検・弁が同列のものとして設計された。弁護士は、建前上民間の事業者だが、司法制度の中では、統治機構の一員と位置づけられるのである。

弁護士を国家資格としたことや、統一修習や給費制、弁護士自治の付与なども、「司法」に下駄を履かせてハンディキャップをつける、という国家的要請の文脈において、理解できる。

繰り返すが、これは仮説だ。これでは『こん日』の続編は書けない。私はこの仮説を検証してみたい。資料文献があれば、ご教示いただきたい。文献がなければ、憲法学者には是非、このあたりの経緯を研究してほしい。9条や人権も結構だが、統治機構まわり、わけても財政の研究は、一見地味だけど、とても重要だと思う。

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