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2011年6月20日 (月)

司法にハンディキャップをつけた人たち(2)

私より、法学部生やLS生、司法試験受験生が適任の問題だから、考えてほしい。

司法権はすべて、裁判所に帰属する(憲法761項)。そして裁判所と裁判官は、他の国家権力からの独立が保障されている(763項など)。しかし、裁判官は選挙で選ばれないのに、強力な国家権力を行使する。では、「司法権の独立」は、国民主権と矛盾しないのだろうか。

長谷部泰男東大教授はこう説明する。司法権とは、「具体的な争訟について、法を適用し、宣言することによって、これを裁定する作用」だ。たとえば、「遺産は全部、長男の俺のもの」という主張を退け、民法の相続規定を適用して兄弟姉妹均等の遺産分割を行わせるのが司法の役割である。これは、「法の誠実な執行という点では行政作用と異なることはなく、ただ紛争の解決作用であるという点で区別される」にすぎない。つまり、「裁判官は、議会の制定法を忠実に執行する代わりにその身分を保障され」るのであり、司法の独立と国民主権とは整合的に理解される(「司法権を巡る論点」より)。

この「司法=行政」説ほどあからさまではないが、佐藤幸治京大名誉教授も、「裁判所が解釈・適用する法は国民代表機関によって定立されるものであることから、国民主権原理と矛盾しない」と述べている(『憲法』208頁)。

そうだろうか。

司法試験受験以来、憲法を離れて20年経つが、いまこの記述を読み返すと、二つの疑問がわいてくる。理論的な疑問と、生々しい疑問だ。

まず、理論的な疑問は、「裁判官が法律に従っていることを保障する制度がない」という点だ。憲法上、裁判官が法律に従うことは、その裁判官の「良心」によってしか、保障されない(763項)。だが、権力者が良心に誓えばその権力行使が常に適法になるなら、憲法はいらない。権力行使を国民がコントロールしてこそ、国民主権である。

また、「裁判官は、議会の制定法を忠実に執行する代わりにその身分を保障される」、と長谷部教授はいうが、上級審から違法を理由に判決を破棄された裁判官は数知れないのに、それを理由に身分を剥奪された者は、かつていないはずだ。

次に、生々しい疑問とは、給料の問題である。長谷部教授のように、司法権と行政権が同じだというなら、なぜ、裁判官の給料は、国家公務員の給料にくらべて、ずいぶん高いのだろう。「法の執行という点で(司法は)行政と異なることはない」というなら、身分も給料も同じでしかるべきだ。しかし憲法上、裁判官は手厚い身分保障を受けているが(78条、80条など)、行政官僚の身分保障規定はないし、同キャリアなら裁判官の給与の方がずっと高い。同種の仕事というなら、なぜ、同じ国家公務員なのに、給与水準が不平等なのだろう。

こうやって見てくると、現行憲法制度を構築した人たちは、長谷部教授のようには、司法権の独立と国民主権との関係を理解していなかった、と考えて良いと思う。

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コメント

三権対等だから、俸給表上、最高裁長官=総理大臣、同判事=国務大臣、(以下略)という給料は高いのかどうか。

若い人についていえば国家公務員一種並みじゃみんなライバルの大手渉外の弁護士になってしまう、ということで初任給調整手当で裁判官と検察官は臨時特別の措置としてゲタをはかせて、なんとかトップ層の人材を確保しているわけですよね?

丙案出していたころは検事が採れない、ということでしたが、さかのぼって臨時司法制度調査会のころは裁判官志望者の数減少で裁判官の確保の方策等について検討するために議論していたことは御存じの通りですし。

投稿: 佐藤 | 2011年6月20日 (月) 11時07分

 裁判官は一般の公務員と比べて名前と顔が法定や判決で世間に出るから高いんじゃないですか?顔と名前が出たら判決に不服持った人がテロする可能性もあると思いますから、世間に身元がバレやすいからそれが保障ではないですけど縛りになっているのではないでしょうか。
 一市民としては裁判員裁判の一般からの裁判員は顔出し禁止にして欲しいですね、逆恨みとかマスコミの取材が迷惑ですから。

投稿: | 2011年6月22日 (水) 16時23分

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