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2011年7月29日 (金)

改正民法は国際準拠法になるのか

729日の日本経済新聞に、太田穰弁護士が民法改正に向けた論考を掲載した。民法改正は、国際取引においてわが国がイニシアティブを取るため不可欠だと、具体例を挙げて主張される。一般論としては「ふむふむ」と納得したのだが、「具体例」なるものに引っかかってしまった。

その具体例とは、「日本企業がフィリピン企業に日本製品を輸出した際、『第三国法に準拠した契約が公平』と言われてカリフォルニア州法を準拠法にした契約を締結したところ、後に、製品欠陥があるとして6000万円もの損害賠償請求を受けた。日本企業が契約書の免責条項を主張したら、『カリフォルニア州の判例上無効』と反論され、調べてみたらその通り。日本企業は500万円近い法律調査費用を支払った上に賠償に応じざるを得なくなった」というものである。

お気の毒な話だが、問題は、ご主張の民法改正によってこの悲劇が回避できるのか、具体例に則して言えば、民法が改正されていれば、カリフォルニア州法ではなく日本法に準拠できたのかという点だと思う。

いうまでもなく、国際契約の準拠法は第一に、当事者の力関係によって決まる。上記具体例では、おそらくフィリピン企業の力が強かったと思われるから、民法改正の有無を問わず、日本法が準拠法とされることはなかっただろう。第二に、仮に当事者の力関係が均衡していたり、三国以上間の契約である場合には、公平かつ一般的(=グローバルな)準拠法が選定される。日本民法をこのレベルに高めるとの志は買いたい。だが、その志は現実的だろうか。

先の具体例に戻ろう。フィリピン企業がカリフォルニア州法を準拠法としたのは、免責条項が無効と知っていたからと思われる。もし、この点に関して、カリフォルニア州法が日本の現行民法よりグローバルスタンダードであるならば、改正民法は、瑕疵担保(PL)責任における免責条項特約を無効と定めなければならない。だが、そんな改正が、産業界の反対を押し切ってなし得るのだろうか。

改正民法のグローバルスタンダード化を阻む最大の障害は、わが国の司法制度だろう。ある国の法律が国際的な信用を獲得するには、その国の司法制度が国際的な信用を獲得しなければならない。上記の例に則して言えば、PL訴訟が年間10件起きている国(日本)と、その1万倍起きている国(米国)とがあるときに、製品輸入をする国が、どちらの国の司法制度を信用するかは明白だ。日本法に準拠したのでは、司法救済を期待できないからだ。その意味で、日本の司法制度は、国際的な信用を獲得できないと思う。

明治政府が「円」のローマ字表記を“EN”ではなく“YEN”としたのは、発音しやすくして、円の国際流通を意図したからと言われている。当時最先端のドイツ法を輸入したのも、欧米列強に対抗する意図に並び、アジアの国際取引でイニシアティブを取りたいという志があったからだろう。私は「司馬史観」は嫌いなのだが、明治のエリートの志の高さは認めなければならない。現代のわが国のエリートが、同じ志を持つなら、太田弁護士の望みは成就するだろうが、はたしてどうか。

それにしても、「カリフォルニアではPL免責条項は無効」程度の法律調査で「500万円近い法律調査費用」を稼いだカリフォルニア(たぶん)の法律事務所は、オイシイ商売をしているなあ、と思う。確かに、日本法が国際準拠法になれば、日本の渉外事務所は、外国からの調査依頼で、がっぽり儲けることができるだろう。

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2011年7月28日 (木)

「高額な」弁護士会費は人権活動に使われている…のか?

表題の前エントリは、意外にも、そして、ありがたいことに多数のアクセスをいただいた。そこで指摘したとおり、弁護士会費の多くは、「ハコ」としての弁護士会館と、そこで働く職員の人件費に使われている。驚いた弁護士も多いようだが、私としてはむしろ、驚いた弁護士が多いことに驚いた。こんなことは、ちょっと会務をかじった弁護士なら、決算書を見なくても、すぐ分かることだ。

もちろん、これもすでに指摘したとおり、弁護士会館という「ハコ」の存在は、弁護士の使命である社会正義と人権の実現にとって、決して無縁ではない。弁護士村の中心にあり、気軽に無料で借りられる会議室を備えた弁護士会館は、人権活動の拠点というにふさわしい(皮肉に聞こえますか?決してそんなことはありません)。

だが、「ハコ」としての弁護士会館(と職員)が、弁護士の社会的活動にどれほど役に立っているか、については、「高額な」弁護士会費を払っている当事者としては、やはり、厳しく検査しなければならない。

例えば大阪弁護士会は、会員弁護士数は東京弁護士会の半分強であるにもかかわらず、職員数は東京弁護士会を超えるといわれている。質量共に東京弁護士会に倍する活動を行っているというのでなければ、どこかに大きな無駄があるといわざるを得ない。

また、弁護士会につきものの総務的事務(会員管理や会費管理など)が、弁護士会毎にバラバラに運営されているのは、ものすごく非効率だ。いうまでもなくその最右翼は東京3会であり、同じ建物に3つの弁護士会があって、互いに競争関係にあるわけでもないのに、同じような仕事を3つそれぞれバラバラに遂行している。非効率も甚だしい。この3会の総務的業務を統合するだけでも、職員人件費と会館スペースは大幅に効率化できるだろう。それにもかかわらず、東京三会の弁護士は、月額5万円(年60万円)前後の会費を文句も言わずに払っている。この余裕ぶりからして、月23000円ほどの貸与金返済が何ほどのこともあるまいといわれるのも当然だろう。

なぜこんな非効率が容認されているのか。それは、各弁護士会が自治権を認められているからだ。弁護士自治というと、国家権力等からの自由を想起されるだろうが、わが国の弁護士会は、単位会同士、あるいは日弁連との関係においても、強力な自治権が保障されている。その結果として、弁護士会毎に、会規にしろ会費にしろ、バラバラに管理することが許されているのだ。

私は、この自治権は行きすぎていると思う。狭い日本で、交通・通信事情が発達した今日、例えば関西二府四県の弁護士会が別々である必要性はとても薄いと考える。いうまでもなく東京に3つも弁護士会があることは、効率性の観点からは無駄でしかない。弁護士会費が高いと文句を言う前に、あるいは、給費制に代わる貸与金を返済できないという前に、そして、弁護士会は社会正義と人権擁護に貢献していると胸を張る前に、「われわれのやっていることはいまどき、余りに非効率ではないのか?」という視点を持つべきだと思う。

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2011年7月26日 (火)

「高額な」弁護士会費は人権活動に使われているのか?

「弁護士会費は人権活動のため使われている」という意見がある。多くの弁護士は、そう信じて疑わない。

だが、この意見は正確ではない。直接的には、人権活動に使われているお金はほとんど無い。

平成22年度大阪弁護士会の決算書を例に説明しよう(1万円以下切り捨て)。

実収入173411万円のうち、会費収入は164912万円。95%が会費収入だ。

これに対し、実支出は108000万円。主たる内訳は、次のとおりだ。

管理費

¥663,913,672

事業費

¥195,913,590

会館建設借入金返済

¥150,360,000

委員会会費

¥37,701,718

分担金・補助費

¥32,172,500

合計

¥1,080,061,480

「管理費」で最も多いのが約100人といわれる職員の「給料手当」28108万円。8人いる役員給与は合計2880万円だ。次に多いのが「会館建設借入金返済」で、利息と合計すると21275万円になって「事業費」を超える。

賢明な読者は、収入16億で支出10億なら計算が合わないことに気づかれただろう。22年度決算に特別なことか否かは分からないが、この差6億は、「積立資産」に振替になっている。

まとめるとこうなる。

積立金

6

職員の給与

3

会館ローンの返済

2

会館の管理・事業費

2

その他

3

さらに大胆にまとめると、弁護士会費の大半は、物的・人的インフラとしての「弁護士会(館)」の維持管理と運営のために使われているのだ。

それなのになぜ、「弁護士会費は人権活動に使われている」という意見が成り立つのだろう。

それは、弁護士会館が弁護士にとって、収益の拠点ではなく、会務活動の拠点だからだ。そして、会務活動の大半は、人権擁護や公益活動に対するボランティア活動に費やされている。大阪に限らず、弁護士会館は法律事務所の多い「弁護士村」の中心に建てられており、弁護士は無料で気兼ねなく弁護士会館の会議室を借りて会議を開催する。これが、弁護士会活動の原動力になっているのだ。すなわち、弁護士会費の大半は、直接的には弁護士会館の維持管理と運営に投じられているが、会館における弁護士会活動を通じて、間接的には人権活動のために使われている、ということができる。

もっとも、弁護士会活動が客観的に見て、人権擁護にどれほどの役に立っているかについては、弁護士の中にも、様々な評価があるところだろう。

それにしても、会費収入の3分の1以上を積立金に回すなんて、大阪弁護士会は金が余っているのだろうか。

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2011年7月25日 (月)

仙台七夕が大阪弁護士会にやってきた!

 大阪弁護士会広報室からの宣伝です。

 大阪弁護士会では、本日から、大阪弁護士会館1階に、仙台七夕を飾り付け、「仙台七夕in大阪~復興の願いよ届け!弁護士会に仙台七夕祭りがやってきた~」と題して、ミニコンサートや全国各地からのお土産のチャリティ販売会を行います。

 趣旨としては、関西に避難している東北の被災者に、ふるさとへの思いを馳せていただくことにありますが、同時に、今ひとつ知名度のない大阪弁護士会館を大阪市民に広報することもあります。

 23日に七夕飾り16本の飾り付け工事を行いました。写真は工事の様子です。16本の七夕飾りが天井高10メートルの弁護士会館ロビーに浮遊する有様は、かなり壮観です。

 もちろん入場無料。是非見に来てください!

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2011年7月21日 (木)

弁護士会費一覧

「BENGOSHIKAIHI.xls」をダウンロード (不具合があったので修正しました)

日弁連会費及び単位会別会費一覧が公表された。

日弁連からではなく法務省からというのが情けない話だが、単位会別の会費一覧が、ようやく白日の下にさらされることになった。

とはいえ、PDFでは使いづらいのでエクセルに転記した。ご自由にダウンロードして、分析されたい。分析しているうちに血圧が上がっても責任は持たないが。

この表によると、日弁連会費は年間242000円、大阪弁護士会費は年間288000円、締めて年間530400円である。年会費が一番高いのは釧路弁護士会帯広支部の1154400円。山口県弁護士会宇部支部の1118400円が続く。

大阪の年会費約53万円というのは、全国平均735600円より安く、全国最低レベルだ。但し、大坂弁護士会では、この表に現れない会費を別途徴収しており、会員はこれを「上納金」と呼んでいる。

上納金の正式名称は「負担金会費」といい、破産管財事件や国選弁護事件、弁護士会館や市区役所での法律相談料や直受事件報酬の一部を弁護士会が徴収する制度だ。弁護士一人一人がどれほどの上納金を納めているのかはデータが公表されていないので分からないが、大坂弁護士会の平成22年度の決算書を見ると、「負担金会費収入」が65334万円となっているので、これを当時の会員弁護士数約3600人で割ると、一人あたり18万円余となる。つまり、大坂弁護士会会員は、平均、年530400+18万円=710400円の会費を支払っていることになる(若手等減免を受けている会員を除く)。

他会の「上納金」についても、情報を寄せていただければ追記します。但し、情報を寄せていただく場合は、顕名を原則とし、匿名の場合には、当該単位会の決算書該当部分の写しを添えて下さい。

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2011年7月20日 (水)

「武器輸出三原則」と「法の支配」

7月15日の毎日新聞朝刊「質問なるほドリ」は、日米共同開発ミサイルを米国が第三国に輸出することに日本政府が合意したことについて、坂口裕彦政治部記者による解説を掲載した。

解説には、「(日本が開発にかかわった)ミサイルが米国以外に輸出されることは〈武器輸出〉三原則の事実上の緩和です。歯止めとして…との基準を置きましたがいずれも曖昧で、日本の平和外交の理念である(武器輸出)三原則がなし崩しになる恐れがあります」とある。

しつこくて申し訳ないが、日本中で、この件に関する発言をしているのは私を除けば森本正崇氏しかいないので、繰り返し指摘しておく。

「武器輸出三原則」は、明文の規定がない。憲法はもちろん、条約にも法律にも、政省令にも規定がない。政府の行動準則が法律に明記されていなければならないということが「法律による行政」のキモであり民主主義の基本であるのに、「外交の理念」に法律の明文規定がないことは、民主国家として恥ずべきことだ。大新聞の記者にして、民主主義や法律に関するその程度の知識しかないとは情けない。「解説」は緩和基準が「曖昧」だと批判するが、曖昧なのは緩和基準ではない。武器輸出三原則本体そのものである。

しかも、「武器輸出三原則」は政府の行動準則のみではない。それによって輸出が妨げられたり許可されたりするという直接の利害を被るのは、民間人であり民間企業であり、つまりは「国民」である。つまり「武器輸出三原則」は、法律上全く規定がないにもかかわらず、国民の利益を直接規制しているのだ。これは憲法違反の疑いさえある、大変なことだ。

しつこくお断りしておくが、ここでは武器輸出三原則の善し悪しは一切論じていない。規範内容の善し悪しと、規範を法定することの要否は、全く関係ない。規範というなら、法定せよ。これが「法の支配」の要諦だ。社会の木鐸を自称する大新聞なら、まず主張すべきは、武器輸出三原則の法定である。

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2011年7月19日 (火)

『昭和天皇とワシントンを結んだ男』(青木冨貴子 新潮社)

1945927日、昭和天皇ダグラスマッカーサーGHQ最高司令官と初めて会談した。『マッカーサー回想録』によれば、天皇は「私自身をあなたの代表する諸国の裁決にゆだねるために来たのです」と語り、マッカーサーをいたく感銘させた。

マッカーサーとの会見は全11回に及んだが、当時40歳代後半であった昭和天皇は、60歳代半ばを超えた「時代がかった将軍の巨大な自己顕示欲に内心、辟易としたばかりか、(トルーマン大統領とそりが合わず、後に解任されることになる)元帥とワシントンとの関係もかなり見抜いていたに違いない」と著者はいう。

一方、日本の吉田首相も、講和条約の締結や再軍備、米軍在留等の重要問題について、のらりくらりと言質を与えず、ワシントンを苛立たせる。天皇は、東西冷戦と朝鮮半島有事を予感しており、日本が共産主義勢力に支配された場合天皇家の存続が危うくなることをおそれ、首相官邸を通さず独自外交を展開する。このとき天皇とワシントンを結んだのは、天皇側近の松平康昌が手配した、同じく宮内省の吉川重国邸に下宿していたニューズウィーク誌の東京支局長、コンプトン・パケナムだった。

パケナムは、吉田の次の首相は山一郎と見極め、後の米国務長官ジョンダレスとの極秘会談をセッティングして、当時公職を追放されていた鳩山に政界復帰の道筋をつける。しかし、首相となった鳩山は米国の期待に反し、ソ連との国交回復に踏み切った。ソ連は包括的な講和条約の一部として、北方4島のうち歯舞と色丹を返還すると申し出、鳩山はこの案に賛成していたが、これを聞いたダレスは、日本が二島返還案を呑むなら、琉球諸島についてもソ連と同じ条件を求めると、圧力をかけてきたという。

期待はずれに終わった鳩山の「次」は誰か。パケナムは、信介であるという長文のレポートをワシントンに送付する一方、極めて親密な信頼関係を岸と築く。1955831日、パケナムはワシントンで岸をダレスに次期首相と紹介した。岸が首相になったのはその1年半後のことであり、1957624日号のニューズウィーク誌は岸信介の写真で表紙を飾り、岸の英語教師としてパケナムの名前を挙げたという。

同年8月、パケナムは脳梗塞で倒れ、18日死去した。「昭和天皇とワシントンを結んだ男」パケナムと行動を共にしたハリー・カーン記者はその後、ニューズウィーク誌を離れ、1979年のダグラス・グラマン事件の黒幕として再登場するまで、日米関係の黒子として活躍した。このことは、パケナムとCIAの間にも密接なパイプがあったことを窺わせるが、パケナムは終生記者であり、豊富な人脈と飾らない人柄で、周囲を魅了し続けたようである。

昭和天皇がワシントンと独自外交を繰り広げた、という部分は著者の仮説だが、米国の対日政策が東西冷戦の中、いわゆる「逆コース」に向けて大きく舵を切る中で活躍した多数の著名人が、パケナムというほぼ無名の記者を通じてつながりあっていたとは、大変興味深い。そして、松平康昌がパケナムを信頼したのは、英国の「観戦武官」として日本戦艦に乗り込んだクリストファーパケナムの息子であるとの経歴によるところが大きかったが、実はこの経歴はパケナム自身によるねつ造であることや、GHQから昭和天皇に対してフリーメーソン入会の誘いがあったことなど、第一級のエピソードが続き、飽きさせない。

ちなみに、私がこの本を読んだ動機は戦後司法改革の位置づけを知るためだが、GHQ側で司法改革を主導したアルフレッド・Cプラーが所属していた民政局は、「左翼勢力を支配し、経済界の大々的な追放を推し進めるのがコートニー・ホイットニー准将率いる民政局(GS)」であると紹介されている。また、松平康昌とともに宮内庁スタッフとして行動した職員名の中に「内藤」なる名字が見られた〈104頁〉が、これと内藤頼博とは関係あるのか、気になるところである。

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2011年7月15日 (金)

QUINCE二度目の投入

千葉工業大学のロボットQUINCEが、6月24日に続き、7月8日、福島第一原発2号機に投入された。だが、自力で戻ったもの少なくとも4つの不具合が多重に発生し原因を特定できないことからしばらく使用を見合わせるとのことである

発生した不具合の1つ目は階段状での相次ぐスリップ及び、それに伴う転倒。2つ目は片側のクローラのみに発生した動作不良(メインクローラかサブクローラかは不明)。3つ目はツイストペアケーブルによる通信不良。4つ目はツイストペアケーブルの巻き取り機構の不具合とのこと。

現場の思いつきで掃除機をくくりつけられてものしのし働いている米軍御用達のWORRIARに比べると、残念ながら、実力差は明白と言わなければならない。華奢で繊細な日本のロボットに比べ、なんと適当で、頑強で、包容力に優れているのか。レスキューロボットに求められる技術は何か、そして、レスキューロボットを育てるため必要な環境は何かを、われわれは学ばなければならない。

これは応援の「喝!」である。QUINCEは実験機なのだから、不具合を起こして当然なのである。何度でも失敗して赤っ恥をかき、経験値を積むことが、とても大事なのだ。東電には、どうか今後も投入のチャンスを与えていただきたいと思う。

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2011年7月14日 (木)

「弁護士5年目で年収二千万超」やらせメールか

呆科大学院協会の大山ヨシミツ理事長は14日、記者会見を行い、「法曹養成フォーラム」が行ったアンケートについて、協会の課長が呆科大学院出身の弁護士にメールを送信し、5年目の弁護士の年収が二千万円を超えるとの回答をするよう指示を行っていたことを認めた。

呆科大学院は、国策により全国に70基以上設置されたが、現在、半分以上が役に立たず、稼働停止状態にある。しかも、先の大震災により法曹養成制度がメルトダウンしたため、再開のめどが立たない。そこで開催された「法曹養成フォーラム」だが、参加者の人選が不透明だとか、呆科大学院の御用学者が委員になっているなどと、当初から公正さに疑問が投げかけられていた。

大山ヨシミツ理事長によれば、加藤幸二課長が協会名で、呆科大学院出身の弁護士2300人に対して、「呆科大学院廃止反対という一国民の立場から、真摯(しんし)に、かつ国民の共感を得うるような意見とともに、5年目の年収が二千万円を超えるとアンケートに回答されたい」と電子メールで送信した。「法曹養成フォーラム」には2千通を超える回答が寄せられ、「人権のため成仏してこそ弁護士」「阿呆の支配を社会の隅々に」「貧乏人は田舎に行け」などの書き込みとともに、年収二千万円以上と記入されたものが多かったが、指示メールとの関連は不明だ。

もっとも、呆科大学院協会幹部が匿名を条件に語ったところによれば、協会名で出された指示メールは、実は昨年の給費制騒動で日弁連に横車を押されたと怒る最高裁幹部らが、貸与制を実施するため、呆科大学院協会を語った偽メールを出した可能性があるとしており、真相は藪の中ともいえる。加藤幸二課長とは連絡がつかないという。

大山ヨシミツ理事長は記者会見で、「私は知らなかったし、指示していない。誰がやったかなんてことがそんなに大事なんですか?さっき玄海町長が電話をかけてきましたよ。なんて言ったと思います?『何を信じていいか分からない。もうゲンカイ』なんちゃって」と意味不明の駄洒落を飛ばして記者会見場を凍りつかせた責任を取り、辞意を表明した。

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2011年7月13日 (水)

首相の任期は4年

菅首相の評判が悪い。支持率も15%程度に落ちた。国会もマスコミも辞めろ辞めろの大合唱。原発のストレステストも補正予算も、延命手段と報じるばかり。

私としては、権力の座にしがみつく体力と精神は政治家として最低必要な資質だから、相対評価としては、下痢で辞めた人や、放り出した人よりずっとマシだと思う。他方、絶対評価としては、報道に接する限り、どうだかなあ、とも思う。

だが、法律家として第一に指摘すべきは、「首相の任期は原則4年」ということだ。辞めさせる手段は不信任決議しかない。これが憲法の建前である。首相は憲法上、不信任されない限り、衆議院議員の任期満了まで、当然に首相で居られるのであり、延命だの早く辞めろだのと国民に非難されるいわれはない。我々は、一旦首相が任命されたら、4年間がんばって貰う代わりに、その間は、多少文句があっても、我慢に我慢を重ねて支持する覚悟を持つべきだったのだ。

よく分からないのは、首相公選制に対する根強い支持である。国民による直接選挙制度は、議会による罷免を厳しく制限するから、一旦選出したら、よほどのことがない限り、任期終了まで辞めさせることはできない。地方自治のような、国民投票によるリコールを国政の場に設けることは可能だが、制度論としては感心しない。国のリーダーをリコールするため国民が大騒ぎをしている国家を、外から見てご覧といいたい。そんな国を、誰が信用するだろうか。

公選か否かを問わず、リーダーを選ぶことは結婚に似ている。最も大事なことは、惚れたことではなく、添い遂げる覚悟だ。添い遂げるといったところで一生ではない。たった4年だよ。われわれがやるべきことは、人材が無いと嘆くことではない。

せめて次の首相、厳密にいうと、次の総選挙で選ばれた首相については、国を4年間預ける、くらいの覚悟で支持したいと思う。

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2011年7月12日 (火)

アルフレッド・C・オプラーと内藤頼博と裁判所法

Alfred Christian Oppler(以下オプラー)は、1893(明治26)、ドイツ人裁判官の子として、当時ドイツ領だったアルザス・ロレーヌ地方で生まれ育ったが、第一次世界大戦後、同地がフランス領になったため、ベルリンに移住して判事になった。38歳でドイツ最高行政裁判所陪席判事、翌年にはドイツ最高懲戒裁判所副長官という「まれに見る経歴」で出世するものの、祖父母がユダヤ人であったことから迫害され、1939(昭和14)、命からがらアメリカに移住し、一事は庭師として職探しをするほど困窮したが、ハーバード大学で教職を得、1945(昭和20)に米国市民権を得た。1946年(昭和21年)223日、米国防省の要請に応じて占領統治下の東京に着任し、民政局に配属される。当時はGHQ草案が日本国政府に提示された直後である。このようなタイミングから、オプラーは日本国憲法の制定にはほとんど関与せず、日本国憲法に基づく各種の法制度(憲法附属法)の制定に取り組むことになった。特に、裁判所法は、憲法の公布(194753日)から施行までの半年の間に、オプラーとその部下たち、及び日本側スタッフの手により法典化されたものである。このとき、日本司法省側の担当者として活躍した裁判官の内藤頼博は、信州高遠藩主の嫡流である。

1947(昭和22)312日、枢密院の御前会議で裁判所法案が議決されたとき、オプラーは内藤頼博の手を握って「あなたと私の間にいい子どもが生まれた。きっと立派に育つだろう」と述べたという。オプラー55歳、内藤39歳であった。

オプラーは、「占領法制改革に臨むにあたって、かなり早い段階で『日本の法体系がコモン・ローではなく大陸法に基づいている』という認識を示し、『アングロ・サクソンの法体系が大陸法のものよりも優れていると考えがちな傾向を』戒め」たという(出口雄一「『亡命ドイツ法律家』アルフレッド・C・オプラー」法学研究821)

独仏国境紛争地帯に生まれ育ち、ドイツ裁判官として栄達を極め、ユダヤ人の血統故に迫害された後米国民として占領軍に参加したオプラーの経歴は、裁判所法をはじめとする「憲法附属法」に込められた思いを忖度する際、欠かすことはできない。

オプラーは、1955(昭和30)に日本を去った後、1976(昭和51)”Legal reform in occupied Japan”を著し、同書は1990年、日本評論社より、『日本占領と法制改革―GHQ担当者の回顧』として翻訳され出版された。同書の監訳をつとめたのは内藤頼博である。

1976(昭和51)、オプラーは夫人を喪い、1980年、ニュージャージー州の老人ホームに転居した。内藤頼博によれば、1981(昭和56)に再会した際、88歳となっていたオプラーは「日本の人たちは、今は私を忘れてしまった。しかし、私は彼らを忘れていない」と紙片に書き、内藤を悲しませた。実際のところ、憲法調査会(1956年~1965年)の会長を務めた高柳賢三東京大学名誉教授は、「占領軍の法律家の中には大陸法系の知識と理解を持った人は誰もいなかった」と発言し、オプラーを驚愕させたという。このときすでに、オプラーは忘れられていたのだ。

1982(昭和57)428日、オプラーは89歳の生涯を閉じた。内藤頼博は、1973(昭和48)に退官した後弁護士になり、多摩美術大学学長、学習院院長を務めた後、2000(平成12)125日に92歳で死去した。裁判所法の制定過程に関して『日本立法資料全集』という大部の書籍を遺しているが、古書でなんと50万円以上するので、とても手が出ない。どなたか、貸して下さい。

日本におけるオプラーの業績の研究は、驚いたことに、始まったばかりである。

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2011年7月11日 (月)

給費制と「強い司法」

まだまだ勉強が足りないのだが、時間がないので、給費制に関する私の考えを簡単に書いておきたい。素描に留まるので飛躍もあるが、おいおい補充するゆえ、ご容赦賜りたい。

司法修習生は、その9割以上が弁護士になる。弁護士はいうまでもなく、民間事業者だ。民間事業者を国費丸抱えで養成するわが国の制度を、私はほかに知らない。つまり給費制というのは、とても珍しい制度だ。弁護士は、まずこの点を弁えるべきだ。

給費制は、戦後導入され、64年間維持されてきた。導入当時の弁護士志望者は9割なかったが、それでも相対的に多かったはずだ。しかも国家財政は敗戦で窮乏を極めていた。それにもかかわらず給費制が導入されたのには、深いわけがあるはずだ。

思うに給費制は、「強い司法」を作るという憲法意思の表れであった。「強い司法」を実現するため、すべて法曹は国家が養成する。この断固たる決意表明が、給費制である。

ここに「強い司法」とは「大きい司法」と同義でない。「大きい司法」は「強い司法」の必要条件かもしれないが、十分条件ではない。「強い司法」とは、裁判所が行政府や立法府と拮抗する政治的実力を備えることを意味する。

現行憲法の意思はこうである。明治憲法下の「弱い司法」から脱却させ、権力分立を実効あらしめ、国民の権利保護と健全な民主主義を実現するためには、司法権限の飛躍的強化が必要だ。そこで裁判所に行政裁判権や違憲立法審査権、規則制定権等を賦与し、独立を強く保障し、これを支える法制度の策定を立法府に要請した。これを受け創設されたのが、国費による法曹養成制度である。弁護士をも国費で養成するのは、弁護士が有能でなければ、「強い司法」は実現しないからだ。

これが現在まで続く統一司法修習制度であり、給費制の本質である。

もちろん、「強い司法」が憲法上の要請であるとしても、給費制はそうではない。「強い司法」を実現するのは立法府の義務だが、その手段は給費制に限られない。たとえば仮に、「強い司法」は実現したというのなら、あるいは給費制より優れた「強い司法」実現手段があるなら、給費制をやめてもよい。

しかし、憲法施行後64年経つのに、司法は弱いままだ。そうだとするなら、給費制を支える立法事実は、今なお存在する。

しかも、法曹志望者の極端な減少をはじめとする様々な指標は、司法が今後、さらに弱くなることを示唆している。給費制の廃止が、司法の弱体化に拍車をかけるおそれがあるなら、当分の間続けてみるのも、現実的な解決策の一つだ。

給費制の復活を目指すなら、日弁連は今何をすべきか。給費制が廃止されれば、法曹志望者の減少傾向に拍車がかかると、説得的に主張すべきである。また、法曹志望者の減少傾向に歯止めをかけることが、最優先の政策課題であると論証すべきである。貸与制になれば返済に汲汲として人権活動ができないなどという馬鹿げた主張は頼むから封印してほしい。軽蔑されるだけだ。また、修習専念義務の対価もしくは補償との主張も、給費制の本質に反するから、やめるべきだ。

貸与制の施行は1年延期された。だが、給費制の廃止が決定していること、このまま11月になれば貸与制が施行されることに変わりはない。しかも2004年(平成16年)、日弁連が給費制廃止を容認した歴史的事実は動かせない。だから日弁連には、当時の判断を誤ったと認め、給費制には廃止を許さない価値があると主張・立証する責任がある。

だが、本当に重要なことは、給費制の存続や廃止ではない。戦後の財政窮乏時に、なぜ給費制が導入されたのか。そこに込められた憲法の意思、国家の意思、先達の意思を、確認することだと思う。

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2011年7月 8日 (金)

『日本国憲法制定の過程』有斐閣

「司法にハンディキャップをつけた人たち」の連載を始めた後、標記書籍の存在を知った。著者は高柳賢三、大友一郎、田中英夫の3氏。以下は、司法に関する該当箇所の要約であり、太字の部分は原文そのままである。

1.  はじめに

憲法の司法の章を起案した中心人物は民政局の軍服を着たロイヤーのラウエルと見受けられる。この章は、国民の基本的人権の保障を確実ならしめるため、司法権を拡大、強化し、確固、独立の司法部を樹立することをめざし、このことに最も意を用いて起草されているといってよい。それは、GHQ内部においても、司法権が余りに強く、独立的に過ぎ、政府の他のすべての部門を支配する司法的寡頭制をもたらすものではないか、と問題にされたほどであったが、これに対して起草者からは、司法はこれまでの日本では無力な存在であったのにかんがみ、その権限を意識的に高めているという説明がなされた。

2.  司法権、裁判所

草案が日本政府に示された後、冒頭の「「強力で独立の司法部は国民の権利の防塁であるから」という文言が削られたが、この文言は、「司法」についての起草者の基本的な考えを表わすものとして記憶にとどめられるべきものである。

3.  特別裁判所の禁止、行政機関の終審的裁判の禁止

GHQの第一次試案は、特別裁判所とともに、行政裁判所は禁止すると規定していた。これが司法的寡頭制をもたらすと批判されたため、第二次試案では、行政裁判所の設置を認めつつ、終審を禁止した。

GHQの想定する行政裁判所とは、明治憲法におけるような一個のものではなく、事件の類型に応じて設けるものを考えているのであり、また特別裁判所としては、特定の事件について設けられるような、まさに通常でないものを考えているとものとみられる。

4.  裁判官の独立

この部分については、GHQ第一次試案、第二次試案とも特に議論なく日本側でも特に修正は加えられなかった。

5.  最高裁判所の規則制定権

最高裁判所の規則制定権は、第一次試案から規定されており、司法的寡頭制をもたらすと内部からも批判されたところだが、維持された。起草者は、最高裁判所規則は行政府からの独立を確保するためのものであり、立法より優位であるとまでは考えていなかったようであるが、詰めて議論された形跡は見られない。

最高裁判所の規則制定権に関する草案は、日本政府に提示されてから、「弁護士の資格賦与」に関する事項とあったのが、「弁護士」に関する事項という広い表現の文言となった。日本側では、「資格賦与(admission)」という言葉をどのように表すかが困難であったことから、「ソノ他司法事務処理ニ必要ナ」事項の中に含ませるものとしたのであったが、それが斥けられて、このような包括的な表現の規定となった

また、「検察官は、裁判所の成員(officer of the court)であり」という文言が、日本側によって、「裁判所の職員」と受け取られたことから、削除され、「(検察官は)最高裁判所の定める規則に従わなければならない」とだけ規定されることになった。

6.  裁判官の身分保障

GHQの第一次試案では、裁判官の弾劾についての規定がなく、それが司法的寡頭制をもたらすと批判されたことから、第二次試案では、国会の弾劾による罷免が規定された。なお、日本政府側は、裁判所による罷免を提案したが、総司令部は拒否し、懲戒事由にあたる罷免は、すべて国会の弾劾に待つべきであるとされた

7.  裁判官の選任方法

裁判官は任命によるものとすべきか選挙によるものとすべきか、またその場合の分限(任期)をどのように定めるべきかが、起草にあたって大きな問題とされた。第一次試案では任命制・終身官と規定されたが、司法的寡頭制ができると批判され、これに対して、裁判官が一定の任期をもって選挙されるのでは、威厳もなく独立性のないものになろうという反論がなされ、妥協の産物として、下級裁判所裁判官は任命制・10年任期となり、最高裁判所裁判官は任命制、10年ごとの国民審査が定められた。

なお、ラウレルの初見として、会談したほとんどすべての日本の法律家は、司法に関する悪弊の多くは、下級裁判所の裁判官が選挙色であれば除去されると考えている。アメリカに見られる選挙による裁判官が望ましいかどうかについては、意見の一致を見ていない、と記している。

8.  違憲立法審査権

最高裁判所にどの程度において違憲立法審査権を与えることとすべきか検討されたが、裁判所が、具体的な争訟を待たずに立法を違憲であるとして拒否する権限を持つとするのではなく具体的事件において憲法の解釈問題が生じたときには立法に対し完全な審査権を有するとすることは、さしつかえないとの結論に至った。

GHQ草案における違憲審査権は、国会が権利章典の規定に関する判決以外の一切の判決を再審査する権限を与えるものであった。これは、米国憲法のあり方とも異なるものであったが、当時、ニュー・ディール立法に対し最高裁判所が保守的態度を取ったため混乱が生じた経緯に鑑み、考え出された規定である。

ところが、この案を示された日本政府が、「三権分立の主義を貫くならば、最高裁判所で決定されたものをその後で国会の審査に付すというのはおかしい。最終的にはすべて最高裁判所で審査されるということで徹底すべきではないか」と意見を述べたところ、あっさりと、日本側の意見のようにしようということになった

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2011年7月 7日 (木)

司法にハンディキャップをつけた人たち(7)

憲法は、法律を解釈し適用する最終的な権限を、裁判所に独占させた。これが「司法権の独立」である。司法の独立は、裁判所の権限を強めるものであるが、憲法は、どの程度強く、司法の独立を保障したのだろう。

あまり知られていないことだが、現行憲法の立法、行政、司法の章を、明治憲法のそれと比べてみると、とても単純だが、すごく興味深いことが分かる。立法と行政の章は、ガラガラポンして一から作り直してあるが、それと比べると、司法の章は、あまり改訂されていないのだ。その詳細は省略するが、立法府に関する現行憲法規定は、明治憲法と似ても似つかぬものになっており、行政府に関する規定は、数こそ大幅に増えたものの(明治憲法下で天皇の権限だったものが引っ越してきたため)、規定の大半は、内閣を監督し、権限を抑制する内容だ。これに対して司法に関する規定は、明治憲法下の規定がほぼそのまま残っており、これにいくつかの条文が付け足され、権限が大幅に強化されている。司法の章に限っていうならば、現行憲法は、明治憲法を承継し発展させているのだ。

もうひとつ、これもあまり知られていないことだが、いわゆるマッカーサー草案と比べ、大変興味深いことがある。現行憲法上新設された司法の権限として「違憲立法審査権」があるが、マッカーサー草案上は、最高裁判所が憲法違反の判決を出した場合、その全部についてではないが、立法府が三分の二以上の多数で議決すれば、違憲判決を覆せる、という規定(73条)があった。もちろん現憲法にはそのような規定はない。つまり、現行憲法上の司法の権限は、マッカーサー草案より、さらに強化されているのである(下記ご参照)。

現行憲法の制定者が、エコひいきに思えるほど、明治憲法下の司法制度を温存しその権限を強化した理由は、普通に考えて、二つだと思う。

一つ目は、明治憲法下の裁判所が、それなりにちゃんと仕事をしており、そして、軍国主義化や自由の弾圧や、他国侵略・開戦等について、積極的な役割を果たさなかった、と評価されたことである。

二つ目は、一つ目の裏返しだが、明治憲法下の裁判所が、国政においてとても地味で内気であり、立法や行政に対するチェック機能をほとんど果たさなかった、と評価されたことである。

この二つの評価のもと、憲法制定者は、司法をあからさまにエコひいきすることに決めたと考えられる。特別裁判所の禁止と行政終審裁判所を禁止し(762項)、違憲立法審査権を付与し(81条)、裁判官の独立を明記し(761項、3項)、裁判所と裁判官の独立を制度上確保するため、最高裁判所の規則制定権(77条)、裁判官の身分保障(796項、78条、8012項)を定めた。身分保障の強さといったら、国会議員より強いくらいである。

                           記

(マッカーサー草案)

第七十三条

最高法院ハ最終裁判所ナリ法律、命令、規則又ハ官憲ノ行為ノ憲法上合法ナリヤ否ヤノ決定カ問題ト為リタルトキハ憲法第三章ニ基ク又ハ関連スル有ラユル場合ニ於テハ最高法院ノ判決ヲ以テ最終トス法律、命令、規則又ハ官憲ノ行為ノ憲法上合法ナリヤ否ヤノ決定カ問題ト為リタル其ノ他有ラユル場合ニ於テハ国会ハ最高法院ノ判決ヲ再審スルコトヲ得

再審ニ附スルコトヲ得ル最高法院ノ判決ハ国会議員全員ノ三分ノ二ノ賛成ヲ以テノミ之ヲ破棄スルコトヲ得国会ハ最高法院ノ判決ノ再審ニ関スル手続規則ヲ制定スヘシ

日本国憲法

第八十一条  最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

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2011年7月 6日 (水)

司法にハンディキャップをつけた人たち(6)

「司法権の独立」とは、憲法を含む法律を解釈し適用する最終的な権限を、裁判所(官)が独占することを意味する。言い換えると、具体的な事件や紛争が起きたときに、その解決にふさわしい法律がどれであり、それをどのように解釈して適用するかを判断する最終的な権限を、裁判所(官)が独占する、ということだ。

その結果として当然、裁判所の法律解釈と、議会や行政府の法律解釈が異なる、という事態が発生しうるし、その事態を憲法は想定し容認していることになる。

「そんなつもりでこの法律を作ったんじゃない!」と議会が泣こうがわめこうが、「この法律はこう解釈するのが正しいのだ!」と断言する権限を、裁判所は保障されている。これが、「司法の独立」という憲法原理の意味するところだ。

国民主権と司法の独立の関係について、こういう話をしたらご理解いただけるだろうか。たとえば「神」という概念を持ち込んでみる。この「神」は日本にたくさんいる神様ではなく、キリスト教的な唯一神だ。

人間は弱く、悪く、間違いを犯す。人間が行う統治には必ず欠陥があるから、「神の統べる国」こそ、理想国家だ。だから、国家の統治者はよく、教祖や預言者の衣をまとった。しかし教祖だろうが預言者だろうが、統治を一人に任せるとすぐ、神の意思と称して私利私欲を図るので、信用できない。そこで預言者を合議制にして、集団で神の意思を忖度(そんたく=推し量ること)する機関を作り、その執行者(王=行政)と分離した。この合議体が議会である。

議会はあくまで神の意思を忖度する機関であり、議会の作った法律は神の意思を具現化するものであって、議会の意思を表示したものではない。議会が作った法律といえども、神のものだから、神の許に返還される。そして事件や紛争が起きると、裁判所は、神の許から法律を借り出して解釈し、事件や紛争に適用する。ここに解釈とは、法律を通じて神の意思を追求することであって、国民の意思や、ましてや議会の意思を追求することではない(聖職者が聖書を解釈して神の意思を追求する様を想起されたい)。裁判所はあくまで、法律を通じ、神の意思に拘束されるのであって、議会の意思には拘束されない。このように、議会がアウトプットする法律と、裁判所がインプットする法律は、同じ法律だが、間に「神」が介在することにより、いったん切り離される。だから裁判所は、議会の意思に拘束されない。

もちろん、現行憲法に「神」の文字は無い(ちなみに明治憲法にはある。これはとても示唆的なことと思う)。上のたとえ話を理解したら、「神」の代わりに「抽象的な国民」という言葉を入れてもらえばよい。この「抽象的な国民」は、現実に生活し、選挙で議員を選ぶ「具体的な国民」とは切り離された、理念的・抽象的・一般的存在だ。私に哲学の知識はないが、たぶん、J.ルソーのいう「一般意志」とほぼ同義だろう。

具体的な国民と切り離された「抽象的な国民」という概念を想定し、その「抽象的な国民」が主権者であると考えることによって、初めて、国民主権と司法権の独立は矛盾せず両立する概念となる。なぜなら、議会と裁判所は、ともに「神=抽象的な国民」に仕える機関となるからだ。

いうまでもなく、それを「神」と呼ぼうが「抽象的な国民」と呼ぼうが「一般意志」と呼ぼうが、それは擬制であり、説明の道具にすぎない。ではなぜ、そんな擬制を使って、ややこしく説明するかといえば、その説明を必要とする政治制度が、最も優れているという確信と、合意が存在するからである。とはいえ、この確信と合意は、人類が数千年の試行錯誤の末、たった数百年前にたどり着いたものに過ぎず、完成にはほど遠い。チャーチルの名言が示すとおりである。

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2011年7月 5日 (火)

一般教養のマークし忘れで短答式に落ちた君へ

メールありがとうございます。予備試験の短答式に落第したとのこと、ご心情お察し申し上げます。一般教養シートの「選択チェック」のマークし忘れが敗因では、さぞ無念でしょう。私の合格の前年、複数の友人の名前を合格発表の中に見つけ、物陰にへたり込んでビルの谷間から見上げた空を、久しぶりに思い出しました。

ご承知のことでしょうが、貴君の落度であることはいうまでもありません。先輩面を許してもらうなら、我々の仕事には、時々(いつもではありませんが)、ノーミスであることをものすごく厳しく求められることがあります。司法試験の本番で、マークのし忘れは、やはり、やってはいけないミスですよね。

しかし他方、マークシートを拝見すると、他の科目のシートにはない「選択チェック」欄が、一般教養シートにだけ設けられています。WEB上一般教養は最終頁ですが、試験の順番も最後なのでしょうか?そうだとすると、受験生としては、一般教養のマークシートのデザインも他の科目と同じだ、と早合点することは十分あり得ることになります。つまり、「選択チェック」のマークし忘れはミスだが、このミスを誘発しやすいマークシートのデザインや、受験生の注意喚起を怠った試験運用のあり方は、反省を促すに値する、ということになるかもしれません。ミスを避ける努力や気合いは大事ですが、どれほど集中しても、一定の確率で避けられないミスは存在します。同じミスをした受験生は、何人くらいいるのでしょうか。

再度の先輩面を許していただけるなら、法曹の仕事の大半は、ミスの後始末です。フクシマの例で明らかなとおり、プラントの基本設計から制度運用、事故対応に至るまで、世界はミスに満ちあふれています。ミスの原因を探求して、再発を防ぐためには、いい加減でずるくて悪くてお人好しで馬鹿で強欲な人間性に対する冷徹な観察眼を持つ一方、これを人間の本質と受け止め、再びミスを犯さない設計や、社会の仕組みが何かを考える必要があります。それが法曹の仕事の本質であり司法の任務だ、ということが、私が最近のエントリで繰り返し訴えていることであります。

貴君は、ご自分のミスを通じて、人間性の本質に対する洞察を深め、よい法曹の資質を一つ獲得されたことと思います。また、受験仲間の経験則では、大ポカをやった翌年に合格する人も多いようです。健闘を祈ります。

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2011年7月 4日 (月)

原子力損害賠償法の不備ではない

毎日新聞の福本容子論説委員が73日付朝刊『反射鏡』に、原子力賠償法の不備にメスを題する論説を載せた。その中で福本氏は、今回の地震と津波を「『異常に巨大な(天災)』と見なすこともできそうだが、政府の見解は違う」ことが立法当時の政府見解と異なると指摘し、「その時々で法律の解釈が変わり、リスクの規模が予見できない不安定さを放置することは健全でなく、法治国家として信用されない」と主張する。

私は、福本容子氏ほどのインテリにして、これほど無知であることを深く恥じ、同時に悲しむ。

今回の地震と津波が「異常に巨大な天災」にあたるか否かを判断する権限があるのは政府ではなく、裁判所である。法治国家とは、福本氏のいう「法解釈の安定性と予見可能性」を裁判所が担う社会のことであり、「法治国家として信用される」ためには、裁判所がその機能を果たしていることこそ必要である。大新聞の論説委員が法律と法制度を論じているのに、その意識に裁判所の「サ」の字も登場しないような国家は、言うまでもなく、すでに法治国家ではない。

法治国家とは、法が治める国家である。そして、法を司るのは裁判所だ。だから、法治国家とは、裁判所が治める国家のことである。この単純な三段論法を、福本女史は知らない。

もっとも、福本女史だけを責めるのは酷かもしれない。この問題に裁判所が登場しない最大の責任は東電にあるからだ。「異常に巨大な天災」にあたるのではないか、と思っているくせに、御用学者や御用評論家や御用論説委員や御用弁護士にブチブチ文句を言わせているだけで、自らは権利主張をしようともしない。なお、もう一方当事者である例えば南相馬市民には何の責任もない。東電がいち早く法的責任を認める意思表示をしたからだ。

ちなみに東電が権利主張をしようと思えばそのやり方はとても簡単だ。今回の事故は「異常に巨大な天災」によるものだから責任はないと意思表明をすればよい。あとは訴訟が起きるのを待つだけだ。

当の本人が司法救済を求めないのだから、周りの人間が裁判所に気づかなくても仕方ない。法解釈に文句のある国民が裁判所に救済を求めないような国家は、法治国家ではない。

不備なのは、原子力損害賠償法ではない。法の解釈や適用が問題となったときに、憲法上の判断権者である裁判所に尋ねてみる、ということをおよそ思いつかないわが国民の意識こそ、極めて深刻な不備を抱えている。そしてそうなった責任の一端は、司法に携わる者すべてが負っている。

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2011年7月 1日 (金)

なぜ怒らないのか大阪人?!

バックライトで照らすタイプの広告(電照広告)がある。その電気代は、広告主が電力会社に直接支払うのではなく、広告代理店などに支払う場合が多い。

この夏、ある広告代理店から広告主に、「バックライト消灯のお願い」と題する書面が配布された。関西電力による15%削減要請を受け、バックライトを消すから、「ご理解を賜りたい」というわけである。「ご理解」した見返りがあるのか、については何も書いていない。どう対応すれば良いか、という相談を受けた。

非道い話だと思う。

確かに電気代は減るだろう。だが電照広告掲載契約は、バックライト点灯が当然の前提だから、消灯すれば、債務不履行だ。しかも、減った電気代は、広告代理店の利益になる。仮に電照広告の電気代が年100万円かかるとして、削減目標を達成すれば、広告代理店は年15万円の儲けになる(ホントはもっと複雑な計算だろうけど)。一方広告主は、バックライトが消えることにより、広告効果の半分は失うだろう。薄暗い地下道なら、広告効果の全部を失うと行って過言でない。また、貧乏くさい印象になるから、レジャーランドや化粧品などの広告効果へのダメージも計り知れない。広告主から見れば、例えば100万円かけて広告を掲載することは、それ以上の、例えば500万円の利益を期待してのことだから、損害は100万円ではなく、期待利益である最大500万円になる。

つまり電照広告を消灯することは、広告代理店の債務不履行を放置し、かつ、広告主の犠牲のもとに、広告代理店が儲かる仕組みである。法的には、広告主に契約解除権や、損害賠償請求権が認められて然るべきだし、少なくとも、広告効果減少分に相当する代金の返還請求が認められなければならない。

しかし、私が一番驚いたのは、他の広告主が粛々と要請に従っているようだ、という相談者の発言だった。

お金にうるさいことで知られる大阪経済人が、この理不尽な出来事に対して、なぜ安穏としているのか、まるで理解できない。

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