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2011年7月 4日 (月)

原子力損害賠償法の不備ではない

毎日新聞の福本容子論説委員が73日付朝刊『反射鏡』に、原子力賠償法の不備にメスを題する論説を載せた。その中で福本氏は、今回の地震と津波を「『異常に巨大な(天災)』と見なすこともできそうだが、政府の見解は違う」ことが立法当時の政府見解と異なると指摘し、「その時々で法律の解釈が変わり、リスクの規模が予見できない不安定さを放置することは健全でなく、法治国家として信用されない」と主張する。

私は、福本容子氏ほどのインテリにして、これほど無知であることを深く恥じ、同時に悲しむ。

今回の地震と津波が「異常に巨大な天災」にあたるか否かを判断する権限があるのは政府ではなく、裁判所である。法治国家とは、福本氏のいう「法解釈の安定性と予見可能性」を裁判所が担う社会のことであり、「法治国家として信用される」ためには、裁判所がその機能を果たしていることこそ必要である。大新聞の論説委員が法律と法制度を論じているのに、その意識に裁判所の「サ」の字も登場しないような国家は、言うまでもなく、すでに法治国家ではない。

法治国家とは、法が治める国家である。そして、法を司るのは裁判所だ。だから、法治国家とは、裁判所が治める国家のことである。この単純な三段論法を、福本女史は知らない。

もっとも、福本女史だけを責めるのは酷かもしれない。この問題に裁判所が登場しない最大の責任は東電にあるからだ。「異常に巨大な天災」にあたるのではないか、と思っているくせに、御用学者や御用評論家や御用論説委員や御用弁護士にブチブチ文句を言わせているだけで、自らは権利主張をしようともしない。なお、もう一方当事者である例えば南相馬市民には何の責任もない。東電がいち早く法的責任を認める意思表示をしたからだ。

ちなみに東電が権利主張をしようと思えばそのやり方はとても簡単だ。今回の事故は「異常に巨大な天災」によるものだから責任はないと意思表明をすればよい。あとは訴訟が起きるのを待つだけだ。

当の本人が司法救済を求めないのだから、周りの人間が裁判所に気づかなくても仕方ない。法解釈に文句のある国民が裁判所に救済を求めないような国家は、法治国家ではない。

不備なのは、原子力損害賠償法ではない。法の解釈や適用が問題となったときに、憲法上の判断権者である裁判所に尋ねてみる、ということをおよそ思いつかないわが国民の意識こそ、極めて深刻な不備を抱えている。そしてそうなった責任の一端は、司法に携わる者すべてが負っている。

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