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2011年8月10日 (水)

統一修習と給費制のあけぼの(4)

戦前、弁護士の地位は判事検事に比べ一段低いものとされた。そこで、弁護士会の努力により、弁護士修習制度が設けられたものの、判事検事とは別コースであり、給費も出なかった。要は格下、ということである。しかし、統一修習に対する弁護士会の夢は、戦後一年を経ずしてあっさり達成される。その背景に、何があったのか。私は、法曹一元があったと考える。

『終戦後の司法制度改革の経過』(内藤頼博)によれば、昭和20年(1945年)126日、美濃部達吉を委員長とする司法制度改正審議会第一諮問事項関係小委員会が開催され、法曹一元について議論がなされている。ここでは、法曹一元を直ちに採用することは、56で否決されたものの、「近き将来に於いて法曹一元の制度を実現する為之が準備を為す」旨の附帯決議が、全員一致で可決された。

法曹一元は、主として弁護士の中から判事や検事を採用する制度だから、判事検事志望者と弁護士志望者とをはじめから別に研修させる分離修習制度は、法曹一元実現の障害になる。これを解消するために、統一修習制度が採用されることとなったのである。

もちろん、その背景は単純ではない。

一般には、統一修習制度は、法曹一元を求める弁護士会と、阻止しようとする司法省との妥協の産物、いいかえると、法曹一元を導入しないのと引換に採用されたと理解されている。しかし、上述の通り、この理解は間違いだ。統一修習制度は、法曹一元導入の準備行為であって、法曹一元と引換に諦める、という関係にはない。

しかも、このとき司法制度改革審議会を二分していたのは、「弁護士会vs司法省」という対立ではない。対立は、司法省の内部にあった。それは「裁判所vs司法官僚」である。

私は、「裁判所vs司法官僚」の対立にこそ、統一修習制度採用の原因があると思う。

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