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2011年8月29日 (月)

統一修習と給費制のあけぼの(8)

判事検事と同じ国家試験に合格し、同じ修習を受ける。これを「統一修習」という。同じ試験に合格し同じ研修を受ける以上、弁護士と判事検事の地位は平等だ。統一修習実現にむけた弁護士会の夢は、昭和21年(1946年)87日、事実上成就した。これは、統一修習を足がかりに法曹一元を実現したい弁護士会と、司法省から人事権を独立させるため、弁護士会の力(票)を借りたい裁判所の思惑が一致したからだ、と私は推測する。

それはそれとして、弁護士会の夢であった法曹一元の方は、どうなったのだろう。

敗戦のわずか2ヶ月半後、GHQから日本政府にはすでに、「司法制度の改革」として、①大審院に法令審査権を付与すべきこと、②行政裁判所の廃止と司法権の独占、③検事局の裁判所からの分離、と並んで、④いわゆる法曹一元を実行するための準備をすること、との方針が伝えられていた。これを受けて、昭和201211日に開催された司法制度改革審議会第一諮問事項関係小委員会の第二回会合では、美濃部達吉を委員長として、法曹一元の採否について意見交換が行われた。

出席者のうち、豊原清作第一東京弁護士会会長と高橋義次東京弁護士会会長は法曹一元論者である。高柳賢三東京帝大教授や大森洪太東京控訴院長、黒川渉東京控訴院検事長は、理想としての法曹一元論には賛同する立場をとった。だが、坂野千里司法省次官、奥野健一司法省民事局長、萩野益三郎司法省調査官、井上登大審院民事部長は、法曹一元論は非現実的だとする立場である。

すなわち豊原弁護士らは、従来判事の物の見方、事実認定の仕方について社会の実情に疎いと非難し、社会の裏表に通じた優秀な弁護士が判事になる法曹一元の方が適切に事件を処理できると主張したが、坂野司法省次官、井上大審院判事らは、日本では母体となる弁護士数が少なすぎる、実際問題として優秀な弁護士が判事にならない、英国並みに判事の数を絞るには、日本の弁護士のレベルは低すぎて、「英国の弁護士は良い証人尋問をするが日本の弁護士は殆ど尋問ができない」(大森判事)、「優秀な弁護士を全部判事に採用しても数が足りない」(井上判事)と散々な反論をうけた。

これに対して豊原弁護士は、「従来弁護士より判事検事になる場合には、弁護士中でも収入少なく、しかも優秀でない者がなっていた」とあっさり認めたうえで、弁護士に対する教育(=統一修習)の必要性と、指名された弁護士には強制的に任官させる制度の導入が必要と反論したが、「判事になりたくない者を無理にならせるのでは困る」(大森判事)と一蹴されている。

この議論の結果として、小委員会としては、法曹一元を理想としてその準備を進めることとしつつも、当面法曹一元を採用しないと決議することになった。

『こん日』の読者には、ものすごく既視感があると思う。平成10年(1998年)に日弁連内で盛り上がった法曹一元論に対する非現実論と、まるで同じことをいわれているからだ。中坊公平もと弁護士は、司法制度改革審議会の席上、豊原弁護士と全く同じことを主張し、60年前と同じように論破された。つまり弁護士会は、60年前の弱点を全く補強することなく、平成12年(2000年)の法曹一元論に臨んで破れたことになる。戦後の混乱期のことを思えば、現代の弁護士の方が「馬鹿度」は上、ということになる。

歴史を学ばない愚かさというのは、こういうことなのだ。

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