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2011年8月 5日 (金)

統一修習と給費制のあけぼの(2)

弁護士は、法曹3者の一翼である。だが、戦前の弁護士資格と養成課程は、常に、判事検事より一歩遅れていた。弁護士は常に、格下とされていたのである。これによる劣等感は弁護士会のDNAに深く刻印され、現在に至るまで、司法改革に対する弁護士会の行動を強く規定することになった。

明治26年(1893年)、弁護士法が制定されるが、資格試験は「判事検事登用試験」とは別だった。大正12年(1923年)、高等文官司法試験が創設されて資格試験は同一になるが、判事検事はその中から優秀な者が選抜されて修習を受けることになった。そこで昭和8年(1933年)、弁護士についても修習制度が設けられたが、判事検事とは別コースだったし、給与も支給されなかった。それでも弁護士会は、弁護士修習制度を足がかりに法曹一元の実現を目指し、その法案は衆議院を通過するが貴族院で廃案になる(『こん日159頁』)。こうして、法曹一元に対する弁護士の夢は、最初の挫折を経て、戦争の時代を迎えることになった。劣等感を抱えたままの弁護士たちにとって、敗戦により、軍服を着た米国の法律家が大挙して来日し、故郷に倣って司法制度を改革することは、またとない好機に映ったことだろう。

余談になるが、敗戦当時子どもだった人の回顧録は、軍部を支持していた大人たちが、手のひらを返したように自由だ民主主義だと言い出したことを弾劾しがちである。子どもの目から見ればその通りだろうが、当時すでに、大正デモクラシーと欧米思想になじんだ知的階級の大人からみれば、軍部の台頭こそ逆コースの異常事態であって、敗戦によって歴史の歯車が正常に戻った、ということになるのだろう。実はこの認識は占領軍も共有していたところであり、ポツダム宣言が掲げた占領解除の条件に「日本國國民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活」が掲げられていることは、夙に知られているところである。

実際のところ、占領下の司法制度改正審議会その他の審議会の委員名簿を見ると、綺羅星のごとき知性が列をなしている。私の知る学者だけでも、美濃部達吉、末弘嚴太郞、高柳賢三、小野清一郎らをベテランとし、別の委員会には宮沢俊義、我妻栄、中川善之助、牧野栄一、木村亀二、尾高朝雄、兼子一、団藤重光、川島武宜、石井照久…等々の「当時の若手」が続く。当時、西欧から近代法を輸入してたった60年のわが国が、ドイツを始めとする先進国と同レベルの法体系と司法制度を作り上げ、新進気鋭の法学者が米国の法律家と対峙したのだ。それは、GHQ民政局のケーディスをして、占領開始後早々に、「欧州大陸の、できればドイツの裁判経験のある人物を東京に派遣するよう、米国政府に要求」させたほどだったのである。

かかる経緯で米国から東京に派遣されたのが、もとドイツ最高行政裁判所陪席判事、最高懲戒裁判所副長官という、ワイマール・ドイツのトップエリートであったにもかかわらず、ユダヤ人として祖国を追われたアルフレッド・C・オプラーであった。オプラーはこう記している。「占領軍の努力が比較的成功したのは、いろんな理由があるが、その主なものは、成熟した日本文化であり、私たちは、ゆっくりとではあるが似たような結果を達成したであろう既存の改革主義的、自由主義的傾向を後押ししたに過ぎないという事実であった。」

GHQ側の自画自賛だから多少割り引く必要はあるかもしれないが、少なくとも司法制度改革に関する限り、「GHQによる押しつけ論」の成立しないことは、特に留意する必要がある。裁判所法等の司法関連法制度は、日本側が自主的に策定したものであり、GHQはこれに一部介入を行ったに過ぎない。そして、「日本側」の内部には、大きく分けて「行政官僚」対「司法」の対決構造が存在した。GHQは基本的に「司法」の肩を持ったが、それでも、予算や人事の分野では、「行政官僚」が大きく押し返してもいる。また、GHQも介入しようと思えばできたのに、しなかったこともある。

歴史を学ぶときは、複眼的に見ること、思い込みを排すること、同時に、視座を保つことが大事だと思う。自らに対する戒めとして記しておきたい。

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