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2011年9月22日 (木)

どうでもGOODな会議

会議には二種類ある。「過去に関する会議」と、「未来に関する会議」だ。

たとえば、「連続殺人事件捜査本部」において、被害者の足取りを確定するための会議は「過去に関する会議」であり、犯人が次に現れる場所を絞り込むための会議は「未来に関する会議」である。

「過去に関する会議」は、原則として、出席者が多く、情報が多く、時間をかけるほど、良い会議だ。たとえると、「過去に関する会議」は宝探しのようなものであり、人数をかけて長時間探すほど、見つかる確率は上がることになる。

一方、「未来に関する会議」をたとえると、釣りに近い。どの時間、どの場所で、どの深さに針を垂らせば釣果があがるかを多人数で長時間話し合っても無駄だ。「未来に関する会議」に人数や時間をかけても、せいぜい、選択肢や長所短所を洗い出す作業としての意味があるに過ぎない。その作業が終わったら、後は誰か一人(せいぜい23人)で決断するしかない。

この決断は、決断した時点では、どのような決断でも、常にGOODな決断とみなされる。時間の長短を問わず、人数の多寡を問わず、出た結論は常に良い結論なのだから、短時間・少人数の方が合理的だ。

だから私は、「未来に関する会議」を「どうでもGOODな会議」と呼ぶことにしている。「どうでもGOODな会議」は、短時間・少人数の会議の方が良い会議なのである。その証拠に、伸びる会社の未来に関する決断は、少人数に即決させているはずだ。

ところで、弁護士の仕事の多くは、過去に何があったかを探求することだ。そのため、「過去に関する会議」が多い。多くの弁護士が、たくさんの情報を持ち寄り、長時間かけて議論する。それはそれで有益なのだが、「未来に関する会議」でも同じことをやりがちなので、ウンザリすることが多い。しかも議論好きと来ているから、「どうでもGOOODな会議」なのに、多人数が長時間、ぐるぐるぐるぐる、会議が踊るばかりで、結論が出ない。

御社でも、同じような現象が起きていたら、注意した方がよい。「未来に関する会議」に人数と時間をかける会社には、未来がない。弁護士会も同じだけど。

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