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2011年9月13日 (火)

統一修習と給費制のあけぼの(12)

給費制に戻ろう。

復習しておくと、戦前、判事・検事・弁護士の資格試験は同一だったが、判事検事と弁護士とでは、修習が別であり、前者(司法官試補)には給与が出されたが、弁護士試補には出されなかった。同じ高等文官司法試験に合格しても、希望者の中で成績の良い者から司法官試補が採用されたため、弁護士には一生、ぬぐえぬ劣等感がついて回ることになった。戦前弁護士会が主張した法曹一元論には、判事検事と弁護士の地位を同一にして劣等感を克服したいという弁護士の悲願があったことは否定できない。

一方判事は、法廷では検事より上位であったが、司法省の人事権を検事が握ったため、組織的には検事より下であり、検事に睨まれると僻地に飛ばされるなどの人事的報復が待っていた。そのため、大正時代から、裁判所を司法省から独立させることは、裁判所の悲願となっていた。

敗戦後、GHQは日本政府に対して、司法権の独立と、法曹一元の導入を要求した。これらは、判事にとっても弁護士にとっても悲願であったため、両者は手を携えて(一部同床異夢もあったが)、これを推し進める。司法権の独立は、基本的には憲法で保障されたものの、人事権や予算の独立については裁判所法に委ねられ、権限を手放すまいとする司法官僚と裁判所の激闘が繰り広げられた。その中で、採用人事の中核をなす司法研修所は最高裁判所の管轄となり、司法試験の合格者は、判事・検事・弁護士という志望にかかわらず、等しく司法修習生として、同一の教育を受けることとなったことは、判事と弁護士の共闘の賜であった。すなわち、採用人事権を独占したいという裁判所と、将来の法曹一元導入の前提として統一修習が必須と考える弁護士会の利害が一致して、最高裁判所の管轄による統一修習制度が実現したのである。

さて、統一修習が確定すると、司法修習生の給与はどうするのか、という問題が発生する。戦前は、司法官試補は判事・検事といずれも公務員となるから、給与をもらって何の問題も無いが、弁護士は民間の事業主だから、その志望者に給与を払う根拠が必要となる。この点、裁判所法の制定過程はどうだったのだろうか。

『終戦後司法制度改革の経過』を紐解き、裁判所法案の改訂経緯を見ると、給費制の規定が登場するのは第二次法案が最初だ。そして、第二次法案には、「司法修習生は、その修習期間中国庫より一定額の給与を受ける。」とあり、第三次法案も同じである。

これに対して、第四次法案では、「司法修習生は、その修習期間中、別に法律で定めるところにより、国庫から一定額の給与を受ける」と、文言の一部が改訂されるが、第五次法案では、「司法修習生は、その修習期間中国庫から一定額の給与を受ける」に再改訂されて、成案に至っている。第三次法案と比べると、「、」が加わっている。

一見、殆ど改訂がなく、異論もなしに給費制が導入されたかに見えるが、実際にはそうではない。

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