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2011年9月21日 (水)

法科大学院は教育機関か

新司法試験の平成23年度の合格率が23.5%と「史上最低」を記録したことについて、20日の毎日新聞社説は「教員のレベルを含め、教育の質に問題がある」と指摘した。

これに関して、名古屋大学の大屋雄裕准教授が、真っ当なご意見を述べているのでご紹介したい。

曰く、出願者では3割程度の上位校が合格者の6割以上を輩出し、逆に出願者の約半数を占める下位校からは2割程度の合格者しか出ていない。このような上位校は14校、中位校が11校あり、下位校は49校もある。つまり問題は合格者を出せない下位校にあり、法科大学院全体にはない。しかも、受け控えを指導する下位校もあるから、実際の格差はもっと大きい。これを学生から見ると、「まず上位校に行けるか、というところで一つ何かが決まっている」のであり、その点を無視して合格率23.5%だけに着目されても困る、というわけである。

新司法試験逆転満塁サヨナラHRも同じことを指摘している。「上位に顔を出す学校がなぜか毎回同じような学校。なぜ?俺が思うにそれこそ、ロースクールって意味がないというか、おそらくロースクールに入学したときの実力差がそのまま司法試験のときまで続いてるということ。それは各ロースクールの教授がどんなに頑張っても埋められない差なのかもしれない」と。

こう言ったら実も蓋もないが、データを分析するまでも無く当たり前のことだ。法科大学院間に学力差(司法試験合格率の差)が発生すれば、優秀な学生は競って上位校を目指すから、格差はますます拡大する(『こん日』153頁)。東大を頂点とする「偏差値カースト制度」の上に構築された法科大学院制度が、「偏差値カースト制度」に服しない筈がないのである。

法科大学院制度不要論者はもちろん、擁護論者すら、教育内容がよくないとか、教員が低レベルだと主張する。こういう議論をする人は、専門職養成制度というものの冷徹な本質を理解していないか、嘘をついていると思う。

法科大学院の本質は教育ではない。選抜だ。一見石ころと区別がつかないが、磨けば光る原石を見つけ出すことだ。もちろん、多くの学生にとって、適切な指導は大事だが、能力のない者を、いかに指導しても、どうにもならない。指導する教員も大変だが、気の毒なのは学生本人だ。早く転身すれば、別の才能を開花させるチャンスもあるのだから。

お目出度い社説氏と異なり、学生と直に接する教員は、この真実を理解している。だが大概は、認めない。認めることは、自己否定と思っているからだ。まして、法科大学院の場合、どう考えても学生数が多すぎること、多くの学生の別のチャンスを潰していることを認めることになるからだ。冒頭にご紹介した大屋准教授は、とても正直な人だと思う。

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コメント

 法科大学院の選抜機能は極めて重要です。
 文科省も、入学者選抜の適正化を、教育内容・教育方法、厳格な成績評価修了認定、認証評価の改善と共に、改善方策の4本柱に据えています。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/houkoku/1261059.htm
 もっとも、一橋大学、千葉大学、神戸大学などの司法試験の成果を見れば、単なる選抜機能に留まらない教育機能があること、ことに未修者教育については顕著な差があること(したがって、そのような教育力の高い法科大学院は選抜においても人気が高いこと)も看過してはならないと思います。

投稿: なしゅ@東京 | 2011年9月27日 (火) 15時35分

小林正啓先生、大変勉強になるブログ有難うございます。毎日楽しみにしております。
なしゅ@東京様、参考になるコメント、拝読しております。今回のコメントについて、考えたところを投稿します。
小林先生が、法科大学院教育の本質とされている「選抜」というのは、入学者選抜に限られないのではないでしょうか。成績評価や修了認定も「選抜」に含まれると思うからです。また、なしゅ@東京様の言われる「教育力」が、優秀な学生相互間で切磋琢磨しあう環境も含む意味であれば、論旨には賛成しますが、教員や授業(試験問題を含みます。)の質を専ら意味するのであれば、必ずしもそうとは言えないと考えます。なしゅ@東京様が例示された法科大学院の授業や定期試験問題等が、特に他の法科大学院のものよりも良く練られているとは思いませんし、また、その他の、合格率の低いとされている法科大学院にも、良く準備し工夫した授業をされている教員がいらっしゃるからです。

投稿: Curious Teacher | 2011年10月 3日 (月) 10時25分

コメントを失礼します。
なかなか刺激的な内容で、思わずキーボードを打ってしまいました。

引用の名古屋大学准教授の発言についても同様ですが、法科大学院は未修者を念頭に置いた制度であるのに、未修者の合格率が既修者の半分にも満たないという現実を完全に見落としていると思います。
いわゆる上位校においても、両者間の合格率の差は歴然ですが、それはご存知でしょうか。
既修者は多くの場合が受験予備校教育を知っており、未修者はその反対です。
そのような現実に目を背けていては、問題の核心に迫ることはほぼ不可能だと思います。


>法科大学院の本質は教育ではない。選抜だ。

そうであれば、非常識なほどに高額な選抜料(学費)についてどのように説明されるのでしょうか。
ここでも、未修者の教育が前提になっていることを見落とされています。
主旨としては、自己責任論を主張されていることはわかります。ですが、そのような意識こそが、この無責任な制度をつくりだし、運用されているということを自覚されるべきかと思います。

実態を把握しない発言は無責任の極みです。慎むべきと思います。

投稿: ぴくみ | 2012年1月23日 (月) 19時46分

>法科大学院は未修者を念頭に置いた制度であるのに、未修者の合格率が既修者の半分にも満たないという現実

 これを憂慮すべきことと考えるべきか、至極当然のことと考えるか、というと、私は至極当然のことと考えます。
 既修者認定試験に合格した者は、最低でも未修1年を最低の成績で終えた者と同等以上の能力があるのです。未修1年を経た者よりもはるかに能力の高い者も含まれるのですから既修者の合格率が高くなるのは論理的にも確率統計的にも当然のことで、制度創設時から分かっている人は分かっていることです。
 未修者は不利だとか不公平だと言っている人は少なくありませんが、論理的思考のできない人です。


 それはそれとして、法学未修者にとっては、適切な未修者教育が行われている一部の優れた法科大学院(例えば一橋の未修はそんじょそこらの既修よりはるかに優秀です。)に入学できるかどうかは、極めて重要な問題であり、既修者以上に、なおのこと、選抜機能は看過できないはずです。
 その意味で、「実態を把握しない発言」という批判は当を得ないのではないでしょうか。

 未修者の司法試験合格率が極めて低い法科大学院の未修者コースにそれと知りながら入学した方々が本気で法曹になりたいと考えておられるのか、疑問です。
 法科大学院志望者が、モラトリアムではなくほんとうに法曹を目指しているのであれば、充実した教育を行っておらず司法試験合格率の低い下位校に入学するのは極めてハイリスク、もっと率直に言えば、入学者の多くにとって3年間の人生と学費負担を含めて無駄なことになります(もちろん法曹になること以外の意義を下位校に見い出されることは否定しませんし、下位校で何コマかの素晴らしい授業に出会う可能性も否定しませんが。)。
 データは公表されています。冷静かつ合理的な思考のできる人であれば、分からないはずはありません。
 法曹になれる抽象的可能性を確保することではなく、法曹になることが目的ならば、上位校に合格できず下位校に行くくらいなら浪人するか、法曹への途をあきらめるという選択をすべきです。
 法曹志望者の多くが、自己責任に基づいて、そのような合理的な選択をしたら、それだけで、この無責任な制度はいとも簡単に改善されるはずです。

投稿: なしゅ@東京 | 2012年1月26日 (木) 00時12分

>なしゅ@東京さま

>>法科大学院は未修者を念頭に置いた制度であるのに、未修者の合格率が既修者の半分にも満たないという現実

>これを憂慮すべきことと考えるべきか、至極当然のことと考えるか、というと、私は至極当然のことと考えます。
   
まさしくその通りだと思います。
ですが、それが、法科大学院が教育機関か選抜機関かという議論にどのように結び付くのかが分かりません。

貴殿の仰っていることは、法科大学院の結果であって前提ではありません。前提としてそもそも「既修者」の方が優秀だと言うのは、法科大学院の制度の前提と矛盾します。
その矛盾自体が誤りだと仰るのなら、そもそも議論が成り立ちえないですね。

私が言っているのは既に述べたことに尽きます。法科大学院は教育機関です。
選抜機関だとするのなら、法科大学院の理念に反すること、制度として新設した意義が見出せないことを理由とします。

未修者が不利だとか不公平だとか、そんなことは私は知りませんし、そのようなことを言っている人が居るのなら驚きです。

ただ、ひとつ思ったのは、貴殿は現時点での目線に立ち、私は設立当初の目線に立っているという差があるのかな、と思いました。
記事本文自体が現時点での目線にのみ立っていると考えれば、私の考えは当を得ないのでしょうね。

選抜機関だという考えも、それは長い期間をかける選抜だというのなら、教育機関か選抜機関かという議論は、単に表現の違いにすぎないのかもしれません。

花水木法律事務所様、貴重なスペースありがとうございました。
なしゅさま、論争ありがとうございました。

投稿: ぴくみ | 2012年2月21日 (火) 04時39分

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