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2011年9月27日 (火)

統一修習と給費制のあけぼの(14)

戦前、判事検事と弁護士は、国家試験は同一だったが、研修制度は別だった。このままでは、将来、弁護士の中から判事・検事を選任する法曹一元制度導入の妨げになることから、戦後の裁判所法制定過程において、統一修習制度の導入が決まった。そして、司法修習生には、国庫から給与を支払う、と第3次裁判所法案に記載される。

ところが、大蔵省から文句が入った。弁護士は民間の事業者だから、その志望者に国が給与を出すことは、例えば医師のインターンと比べ不公平、というのである。

畔上元判事の『戦後50年想い出すまま』(法の支配108号)によれば、「これに対しては、司法官試補(注;判事・検事の修習生にあたる)時代にも給料を出していたが、一部任官しない者があっても給料の返還をさせなかったとか、修習中でも検察庁では検事代理として捜査の補佐を担当するなどと主張して給料以外でも公務員扱いとした」という。

また、内藤頼博は、「司法修習生は、いわゆる判検事のみならず、弁護士にもなれる、というように、司法官試補よりも、ひろい資格が与えられたものと考えれば、従来の試補のように給与を受けることは当然であるし、また、その年限を恩給年限に参入してもよいと考えられる。
 もし、弁護士の地位も、国家機関的なものとすれば、弁護士にも、執達吏の場合と同様、国庫から補助を受けることが必要であるとも言い得るであろう。
 結局、司法修習生は、裁判官、検察官になるのには、必ず経なければならないものであるから、給与を支給する。また、弁護士も、国家事務を行うものであるから、弁護士になる者についても、同様のことがいえる、ということになる。」と、法制局への説明に向けた自らのメモに記している。

畔上もと判事が実務的観点から許容性を論じているのに対して、内藤頼博は理念的観点から必要性を論じている。執筆時80歳を超えていた畔上元判事と、当時38歳だった内藤頼博とを同列に論じては畔上元判事に気の毒だが、内藤頼博の記述の方が圧倒的に優れており、説得的だ。

そしてなにより、内藤頼博のこの文章には、革命的とさえいえる、既存の価値基準の転換がある。それは、この当時、内藤頼博が描いていた司法のあり方と密接不可分なものであった。

詳細は別の機会に譲るが、内藤頼博には、判事、検事、弁護士の三者で担う「司法」という国家機関の存在が、明確に意識されていたことが分かる。国家機関の構成員である以上、公務員であろうが民間人であろうが、養成に国費を投じるのは当然であり、区別する理由はない、ということである。

官尊民卑の否定と言えばそれまでだが、当時、この思想は、とても過激なものであり、しかも、この過激思想を制度に落とし込む能力は、並外れたものであったと思う。ちなみに、内藤頼博は、その後の裁判所内で重用されるが、結果としては最高裁判所判事になれずに終わる。このことは、内藤頼博の優れた実務能力の証左であると同時に、その理想を戦後の裁判所が受け入れなかったことを示すものと思われる。

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