« 2011年9月 | トップページ | 2011年11月 »

2011年10月31日 (月)

女性のための残業代セミナー by 大阪弁護士会

労働審判制度を利用した残業代の請求事件数が、急激な伸びを示している。

だが、現行法上、残業代の請求には、重大な問題がある。

それは、時効が2年、という点だ(労働基準法115)。

流動化が進んだとはいえ、日本の雇用制度は終身雇用が基本である。定年前の二年間に、残業代が発生するサラリーマンは、少ない。また、日本人は精神構造上、会社にいながらにして、その会社を訴えることができない。その結果、ものすごい金額の残業代請求権が、行使されずに時効消滅している。

しかし、女性に注目してみると、ちゃんと残業代を請求できる人が多いことに気づく。なぜなら、女性には未だに、結婚や出産で中途退職する(やめさせられる?)人が多いからだ。また、キャリアアップのために、転職する女性も多い。会社を辞める前の2年間に、相当な額の残業代請求権が発生している女性は、たくさんいるはずだ。

仮に、一日平均2000円の残業代が発生するとするなら、2年間で約100万円になる。弁護士費用を2割払ったとしても、80万円残る。新たな生活や出産、資格取得にかける費用として、決して少なくない。弁護士に相談してみる価値はあると思う。無料なら、なおさらだ。

大阪弁護士会広報室では1210日(土)、「女性のための労働セミナー」を開催し、こうした女性のための無料セミナーと、無料法律相談会を行う。もちろん男性も参加できる。

退職したばかりの女性、退職を考えている女性の皆さん、一度話を聞いてみませんか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月27日 (木)

弁護士資格返上者700人。日本ロイヤー協会(JAMILA)誕生

日本初の法務専門家団体である日本ロイヤー協会(Japan Middle Lawyers Association) が、平成25年春を目途に設立されることになった。来春都内で準備会が発足する。設立時の会員数は3000名を超える見通し。

会員の多くは、企業や地方自治体に勤務する弁護士や法務部の従業員。会員資格を弁護士に限らないことを特徴とする。会員は「プレミアム・ロイヤー」「デラックス・ロイヤー」「スタンダード・ロイヤー」の3種とし、「プレミアム」は日本の弁護士資格保有者、「デラックス」は司法試験合格者及び外国の弁護士資格保有者、「スタンダード」は法科大学院卒業者となる。現在、「プレミアム」会員は約300人、「デラックス」会員は約800人、「スタンダード」会員は約1700人となると見られる。但し、「デラックス」会員希望者の中には、弁護士資格保有者が約700人おり、協会設立と同時に弁護士資格を返上する予定。

広報担当者に話を聞いた。

―なぜ弁護士資格を返上するのですか?

「企業内・組織内弁護士は、現在約1000名います。弁護士会に年間50万円以上の会費を払う上、弁護士会活動への参加を強制されています。しかし我々の多くは訴訟代理人として活動しませんし、宮仕えの身で弁護士会活動の強制はつらいし、企業内での独立性を保てとか、企業の社会的責任を維持しろとか、弁護士会から口出しされるのも不愉快です。弁護士という肩書きだけに50万円の年会費を支払うなら、JAMILA会員として『ロイヤー』を名乗ればよい、という発想です」

―今後、弁護士資格を持たない「ロイヤー」は増えるのでしょうか

「増えます。現に、司法試験に合格しても司法研修所に行かず、会社員や公務員になる人が、年間200人程度出ています。彼らは、一般の弁護士より高度な企業法務の専門能力を持ちながら、『弁護士』を名乗ることができない、という差別を受けています。外国の弁護士資格保有者も同じです。彼らに『ロイヤー』を名乗らせたい、というのも、設立目的の一つです」

―法科大学院を卒業したが、司法試験に合格しなかった人の加入も認めるそうですね

「司法試験というのは訴訟技術のための特殊な試験ですから、合格しなかったといっても、落ちこぼれではありません。法科大学院を卒業して法律専門職として働く人にも、ふさわしい社会的呼称を与えるべきです。」

―「ロイヤー」をランク付けすることに反対はないのですか

「(笑)実はいま議論をしているところです。冗談で『松』『竹』『梅』という話も出たのですが、上下のランク付けはしない点で一致しています。他方、利用者の視点からは、一目で資格の中身が分かる呼称が必要と考えます」

―日弁連は、「ロイヤー」と名乗ることに反対していますが

「『ロイヤー』とは『法律家』という意味の一般名詞なので、これを使用することに誰も反対できません。また、日弁連はかねてから『弁護士とロイヤーは違う』と主張してきたので、いまさら『ロイヤー』という呼称を独占しようという意味が分かりませんね」

―なぜ「ジャミラ」という略称にしたのですか

「企業や組織『内』で働く我々の共通点をMiddleで表しただけで、深い意味はありません。でも、40歳以上のメンバーは、『ジャミラ』と聞くとなぜか必ず、スーツの襟を頭にかぶせて顔だけ出すんですよね」

この記事はフィクションです。実在の団体・個人とは一切関係ありません。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年10月25日 (火)

MYUTA事件とiCloud

MYUTAとは、au WIN端末向けストレージサービスである。ユーザーは、MYUTAからダウンロードしたソフトウェアを使って、手持ちのCDの音楽データを携帯電話用ファイルに変換し、パソコンに取り込んだ上、MYUTAの管理運営するサーバーにアップロードする。そして、携帯電話からサーバーにアクセスして、音楽をダウンロードする。

このサービス提供会社が、①音楽著作権者の有する複製権(著作権法21条)を侵害するか否か、②送信可能化権(231項)を侵害するか否かが、争われた。

平成19年(2007年)525日、東京地方裁判所は次のとおり判断した。第一に、サーバー上で携帯電話用音楽ファイルの「複製」を行うのは、ユーザーではなく、サービス会社である。第二に、音楽ファイルを「公衆送信可能化」するのも、ユーザーではなく、サービス会社である。だから、サービス会社は、著作権侵害の主体になる。

こうして、この裁判は、JASRAC側の全面勝訴で終わった。

著作権法301項は、私的使用目的の場合、「使用する者が複製」することを認めているから、ユーザーが独力でPCを駆使して音楽ファイルを複製することは適法だ。だが、本件サービスは、ファイル変換からサーバー保管までの複雑高度な過程を、当該サービス提供会社が作成し提供したソフトウェアにやらせているため、「使用する者が複製」した場合にあたらない、という判断である。確かにPCを操作しCDを挿入しアップロードのエンターキーを押すのはユーザーだが、「複製」の核心的な部分はサービス提供会社側にあるとの判断は、その通りだと思う。

本件サービスでは、PC内でのファイル変換から、サーバーへのアップロードまでが一連のものとして実行されるから、「複製」の主体がサービス提供会社であるとすると、「送信可能化」の主体も同社であることは、自然の流れであろう。そこで問題は、その「送信可能化」が「公衆送信」にあたるのか、という点になる。なぜなら、本件サービスは、アップロードした本人のみがダウンロードすることを想定しているため、このユーザーが「公衆」にあたらない、とも解しうるからだ。

この点について東京地裁は、1個のファイルとの関係では、ダウンロードできるユーザーは一人であるとしても、本件サービスの利用を希望する者は、金さえ払えば誰でもこのサービスを受けられるのだから、サービス提供会社にとって不特定の者であり、著作権法に定める「公衆」にあたると判断した。この判断は、後の最高裁の「まねきTV」事件や、「ロクラク」事件の判断に受け継がれていくことになる。

ご承知の通り、この判決には批判も強い。森義之知財高裁判事は、「一人のユーザーがアクセスすることができるサーバー上の領域は当該ユーザーのみであるという、11の関係が維持されていることを理由として、本判決に反対する見解も主張されている」という(著作権判例百選(第4版))。

夏井高人教授は、「MYUTA事件東京地裁判決やロクラクⅡ最高裁判決が正しいとすれば日本では全てのストレージサービスが違法であるかもしれない」「(MYUTA事件)判決理由の論旨は完全に狂っていると思うし無効な判決だと理解している」「これらの判決のせいで、日本のIT産業は終焉を迎えてしまっているかもしれない」「これらの判決を書いた裁判官らは、『歩く非関税防疫(貿易?)障害』とでもいうべき存在」とまあ、口を極めて罵っている。

確かに、iPhone4Sが発売されたのに、その中核的なストレージサービスであるiCloudが、日本ではJASRACとの協議未了のため、実現されていない。報道によれば、直接的な原因は著作権料のようだが、上記判決により、JASRAC側に交渉の主導権のあることも一因であろう。

だが、これらの判決によって、ストレージサービスが全て違法になるとは、私には思われない。せいぜい、音楽と映画の専用サービスに、一定の萎縮効果がもたらされる程度だろう。また、著作権法の世界では、「違法になる」からといって、「できない」わけではない。要は、著作権者に相応の金を払えば「できる」のだ。その額が高すぎるとか、JASRACが暴利をむさぼっているとかは、著作権法の解釈とは別問題だ。

これら一連の判決で示された裁判所の政治判断は、「(音楽)ストレージサービスはおよそ禁止すべき」ではなくて、「(音楽)ストレージサービスをするなら、著作権者に金を払いなさい」というものである。それはそれで、一つの判断だと思うし、立法趣旨にも反していないと思う。

少なくとも、大学教授に亡国の輩呼ばわりされるほど狂った判決ではないと思うのだが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月24日 (月)

給費制論議、大詰めへ

法曹の卵である司法修習生には戦後以来、国費で給与が支給されてきた。しかし2004年、与党自民党、野党民主党などの賛成により、裁判所法が改正され、2010年度から給費制を廃止し、返済義務を課す貸与制への移行が決まった。ところが、2010年、日弁連などの反対により、改正裁判所法の施行が1年延期された。その1年が経過し、このまま行けば、11月から、貸与制が施行される。とはいえ返済は5年後。

いま、給費制論議は、大詰めを迎えている。日弁連幹部は、「法曹養成フォーラム」では、両論併記とした上、宇都宮会長得意の市民運動と、国会議員の説得工作で、給費制復活に持ち込む作戦だったようだが、フォーラムでは両論併記どころか孤立無援となり、貸与制移行を前提とするとりまとめがなされてしまった。民主党、公明党議員への説得工作はそれなりに行われ、民主党の法務部門会議では貸与制移行への異論も多かったようだが、その後の政調幹部会には、給費制問題に無関心の前原誠司政調会長、給費制復活反対の仙谷由人代行、そして、絶対反対の桜井充代理(前財務副大臣)が控えている。給費制復活は風前の灯火だ。

おそらく、今、日弁連執行部には、「名誉ある撤退」の選択肢が提示されていることと思う。その一つは、報道にもあるとおり、「貸与制は暫定的」との文言を入れる案だ。だが、普通に見て、この文言は空手形だ。これを呑めば、宇都宮会長は、「あからさまな嘘にだまされた」と評されるリスクを負う。

もうひとつは、おそらく、何らかの条件を充たした場合は給費制を復活させる、と合意する案だ。どういう条件かは分からないが、給費制廃止の根拠が財政問題にあることからすれば、想像は可能だろう。だが問題なのは、その条件が成就するまでの間、暫定的に給費制にするのか、貸与制にするのかである。前者を桜井充代理が呑むことは、絶対にないと予想する。そうすると、現実的には、「貸与制は暫定的」案と変わらなくなる。

宇都宮執行部には、もちろん、もう一つの選択肢がある。それは、一切妥協しないことだ。貸与制が施行されても、返済期限が到来するまで5年ある。捲土重来を期して玉砕を覚悟するのである。

私は、宇都宮会長は最後の選択肢を取るのではないかと思う。そして、最後の選択肢を取ったが給費制が復活しなかった場合、5年後の「勝利」に向けた道筋をつけることは、会長の政治責任として残ることになる。つまり、最後の選択肢を取ることと、次期日弁連会長選に立候補することは、ワンセットということだ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年10月21日 (金)

法科大学院の自然淘汰に任せても持たないという計算。

仙台の坂野智憲弁護士が、「日弁連は、司法試験合格者数何人とうべきでなく、法科大学院の自然淘汰を待つべき」と主張された。志望者が定員割れを続けている法科大学院の大部分は今後自然淘汰されるから、日弁連が司法試験合格者数の削減を主張するのはその後でよいし、今主張してもリスクの方が大きい、という。

私も、法科大学院は自然淘汰されると予想したし(『こんな日弁連に誰がした?』231頁)、日弁連が今人数論を言うべきではないというご主張も、大いに尊重に値すると考える。

だが、「1000人削減の(日弁連の)提言は法科大学院の淘汰がある程度進んだ時点でするべきだと思う。もっとも(法科大学院の)入学者数が1800人位まで減少すれば、合格点を落とさない限り、自然と(=日弁連が何も提言しなくても)合格者数は1000人程度に減るだろう」との予測は、たぶん間違っている。

下のグラフは、今後の受験者数等の推移を、かなり大雑把に予測したものだ。法科大学院の入学者数は来年度以降、前年比1割ずつ減少することと、司法試験合格者数は年2000人を前提とし、法科大学院生は2年(既習)または3年(未習)で入学者の9割が卒業して受験資格を得、そのうちの6割程度が受験し、3回のうちに合格しなければ受験資格を失うと仮定する。

「shihoushiken_simulation.pdf」をダウンロード

この仮定によると、2017年の法科大学院入学者数は1924人まで減り、司法試験合格者の定員数を下回ってしまう。ところがそれでも、合格率32.49%にしかならない。なぜなら、前年までの滞留受験生がいるからである

すなわち、上記の仮定を前提にした場合、受験資格者数は、「当年度の法科大学院卒業生数と、前年度の受験資格者から合格者及び三振者を差し引いた残りとの和」として求められる。この数は、2011年にピークを迎え、その後減少していくが、2017年でもまだ7448人いる。従って、その年の法科大学院卒業生2270人を足した9717人が受験資格者となり、このうち63%(2011年までの平均)が受験すると仮定しても、受験者数は6156人。2000人合格する場合の合格率は32.49%となる。つまり、2017年になっても、状況は今と変わらないのである。

何でこうなるのか。種を明かせば簡単だ。入学者が5000人を超えていた時代に生み出された滞留者と、その後の法科大学院卒業生の合計(=受験資格者)が、ここ数年、毎年15000人近く発生するので、年2000人程度の合格者数では、なかなか捌けないからである。

受験資格者が権利を使い切るまで受験し続ける、という仮定には異論もありうる。正直言って、修習生の現在の就職状況を前提にする限り、一発で合格しなかった受験生には、弁護士の子女でもない限り、満足な就職の可能性は低い。だが、23年の時間と数百万円の学費の対価として取得した3回のチャンスを、簡単に諦める人はそういない。しかもチャンスは3年ではなく5年続く。だから、この滞留状況は、簡単には解消しないと予想される。。

すなわち、法科大学院の自然淘汰に任せても、当面、事態は変わらないのである。上記の大雑把なシミュレーションによれば、司法試験合格者数年2000人を前提にする限り、法科大学院の総定員数が1500人まで減って下げ止まると仮定すると、2023年、ようやく合格率が7割を超えて安定する。12年後だ。ちなみに、司法試験の合格者数を減らせば、安定するのはもっと先になる。

坂野弁護士の主張は、あと10年様子を見よう、という趣旨であるなら、正しい。だが私は、あと10年は持たないと思う。

Shihousiken_yosou

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2011年10月20日 (木)

11歳に「こじき」をさせた父親逮捕

1019日の読売新聞ほかによれば、大阪府警吹田署は、11歳の長男に物ごいさせたとして、33歳の父親を児童福祉法3412号「児童にこじきをさせ、又は児童を利用してこじきをする行為」違反として逮捕した。児童は「お父さんから『財布を落としたと言えば、知らない人でもお金をくれる』と言われてやった」と話しているという。ちなみに、罰則は「3年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金、又はこれの併科」(60条)である。

ひどい親もいるものだが、法律論としてはどうだろう。児童がなんと言ってお金を貰ったか、明らかでないが、「財布を落としたのでお金を下さい」と言ったと仮定すると、これは「こじき」なのだろうか。

法令上、「こじき」の定義規定はないようだ。広辞苑によると、食物や金銭を恵んで貰って生活する者とある。「右や左の旦那様…」というのが典型例であり、子どもにこれをやらせれば明白な児童福祉法違反だが、本件はこれに当たるだろうか。また、「児童を利用してこじきをする行為」というのは、大人が自分でこじきをする際、哀れみを買うため児童を隣に座らせるような行為や、病気の父親が子どもにこじきをさせる行為ではなかろうか。もしそうだとするなら、本件は児童福祉法違反にはならないことになる。

むしろ、「財布を落としたので」云々というのは、こじきというより、大人がやれば寸借詐欺だ。つまり本件は、子どもを利用した詐欺ではないだろうか。

14歳未満の子どもは、刑事未成年(刑法41条)とされ、罰せられない。しかし、刑事未成年者を道具として利用して犯罪を行った者は「間接正犯」として処罰される(学説上は異論もある)。本件は、刑事未成年者を道具として利用し、「財布を落とした」という虚偽の事実を告げさせて人を欺き金員を詐取したものとして、詐欺罪(刑法2461項)に当たるとも考えられる。罰則は10年以下の懲役であり、児童福祉法違反3412号違反より重い。

ちなみに、104日に長野県で、10歳代の娘に売春をさせた母親が逮捕され7日に佐賀県で、中学生の娘に売春をさせた母親が逮捕された。9月には、小学校6年生から娘に売春をさせていた母親が北海道警に逮捕された。児童福祉法上、「児童に淫行をさせる行為」(3416号)にあたる場合は10年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金、又はこれの併科になる(601項)。なお、他罪との競合の問題は、ここでは触れない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年10月19日 (水)

文科省が「遺体捜索ロボット」開発支援

1013日の日本経済新聞夕刊によると、文部科学省は震災の反省を生かし、「使える災害ロボット」実現を目指すため、5年間で11億円の予算を計上する。開発するのは「がれきに埋もれた被災者を助けるロボット」「素早く人命救助するパワードスーツ(装着型ロボット)」「水中での被災者を捜索するロボット」の3種で、当面は「がれき内部の複雑で狭い空間を三次元画像で把握できる技術や、海水やヘドロの中で被災者を捜すセンサー技術を開発する」という。

つまり、このプロジェクトは当面、遺体捜索ロボットの開発を考えていることが分かる。確かに、行方不明者の安否にかける家族の心情は察するに余りあるが、他方、遺体捜索に携わるレスキュー隊員の疲労と精神的苦痛と健康への悪影響は莫大だし、生存者捜索に人手を割きたい現場の要請もあろう。24時間働けて健康被害の心配がない遺体捜索ロボット開発は、大地震が教えてくれた悲しい需要である。

しかし、遺体捜索のためのセンサー開発は、なかなか難しいと思う。遺体には体温がないし、がれきや土の中、濁った水の中では、目視が不可能だからだ。強力な超音波や電波による三次元の空間解析技術や、針で突き刺しまくってタンパク質反応を見る、等のセンサーになるのだろうか。前者のやり方では人形や沈木などとの誤認は避けられないし、後者のやり方では魚や動物の死体、食物にも反応してしまう。誤認率の低下が課題になるかもしれない。

いずれにせよ、遺体捜索ロボットに法的問題は発生しないと思われる。死体損壊罪(刑法190条)の適用が一応問題になるが、捜索手段として適切な範囲で遺体に傷を付ける程度なら、少なくとも違法性が阻却されると考えて間違いない。

復興予算の横取りとか、見方はいろいろあるだろうが、ロボット技術者の方には、成果を期待したい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月18日 (火)

自炊代行業と著作権について

1017日日経朝刊「法務インサイド」によると、国内88社の自炊代行業者に対し、122人の「人気作家」と出版社が質問書を送付した。自炊代行業者の中には、訴訟を恐れて廃業するところも出ているという。

「自炊」とは書籍を裁断し、スキャナーで電子化する作業のことで、データを「自分で吸い込む」ことから転じたと言われている。記事によると、自炊代行業の利用者は、本を段ボールに詰めて宅配便で送付し、データを受け取るという。中には、ネット通販で注文した書籍の配送先を自炊代行業者に指定し、データだけ受け取る人も珍しくないという。

自炊が著作権法上問題になるのは、301項の解釈に関わる。同条項は、著作物は「個人使用目的で、その使用する者が複製することができる」と定めているのだ。従って、自宅で自ら自炊することは問題ない。また、家族に作業して貰うことも問題ないと解されている。だが、自炊代行業者に自炊作業を委託することは「その使用する者が複製する」といえるのだろうか。

学者や実務家の多くは、自炊代行業は違法との見解を取る。自炊のための設備を備えた業者に有償で自炊を依頼するのは、もはや「その使用する者が複製する」とはいえないという解釈だ。この件に関する裁判例はないが、MYUTA事件の東京地裁判決や、まねきTV、ロクラクⅡ事件の最高裁判決を見ると、裁判所は違法と判断すると予想される。

異論はあるだろうが、法律が「その使用する者が」とわざわざ挿入した趣旨は、自ら使用しない者による複製を禁止するためとしか解されない。その目的は、複製を専門とする業者は、必ず違法な複製にも手を染め、あるいは複製物を横流しすることによって著作権を害する、という認識があるのだろう。

この認識が正しいか否かは議論すべき点だ。だが、間違っているとすれば、法改正によって正すべきであり、司法が正すには、法解釈の限界を超えていると思う。

ところで、記事によると、出版社側の代理人を務めるのは久保利英明弁護士である。あらゆる法的紛争に顔を出し、法網をかいくぐる零細ベンチャーを駆逐し、たった一人で日本の「法の支配」を実現せんとする久保利弁護士には、心からエールを送りたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月17日 (月)

若手弁護士の反乱、または弁護士会館占拠

ウォール街の占拠に始まり、全米に拡大した若者たちの運動が続く中、日本の弁護士会では、若手弁護士らのある行動が、注目を集めている。東京霞ヶ関の弁護士会館で取材した。

この会館は、日弁連、東京弁護士会、第一・第二東京弁護士会の4弁護士会が入居しており、それぞれに会員ロビーが設けられている。これらのロビーが、事実上占拠されているのだ。

日弁連の会員ロビーを訪れてみる。そこには応接用の椅子と大小のテーブルが置かれ、全体で100人ほどが座れるスペースだ。「この騒ぎの前は、弁護士が休憩したり、簡単な打ち合わせをしたり、事務職員が昼食を食べていたのですが…」と日弁連事務次長は言う。

今、このロビーは満席だ。椅子がなくて、カーペットに座り込んでいる男性もいる。座っているのは30歳台と思われる弁護士たち。平均30歳からキャリアがスタートする弁護士業界では「若手」に属する。彼らは集会を開いているわけではない。ロビーを埋め尽くす弁護士は、それぞれに談笑したり、打ち合わせをしたり、電話をしたりしていて、騒々しい。

「きっかけは、『ウォール街を占拠せよ』だったのです」と、この「騒動」の発端を作った弁護士は語る。「いま、若手弁護士の間には、弁護士会に対する大きな不満があります。そこで、米国の事件をまねて、『弁護士会館を占拠せよ』というメッセージをツイッターで流してみたのです。」

最初は、十数人の弁護士が面白半分に集まるだけだったが、彼らの行動がツイッターなどを経由して広がり、一日延べ千人を超える若手弁護士が、弁護士会館を訪れるようになったのだ。それが、2ヶ月を経た現在も続いている。だが、彼らは抗議活動をしているわけではない。

会員ロビーで、若手弁護士らの行動を観察していると、出入りの多いことが分かる。ほぼ全員がスマートフォンとノートPCを持ち歩いている。「ここは東京地裁の隣ですから。裁判の合間に寄るんです」とある若手弁護士(37)は言う。この弁護士はいわゆる「即独」組で、大学の先輩の事務所に「一応籍を置いている」が、「『籍』だけで、『席』はないし、スマホとノートPCがあれば、どこでも仕事ができますから。同じレベルの弁護士が多数集まっているので、情報交換に、このロビーはうってつけです。エレベータが遅いことを除けば。」と屈託なく話す。顧客との打ち合わせは?と聞くと、「全部スタバ系です。でなければメール。裁判所でも(依頼者と)会いますし。」別の弁護士(35)は、「東京地裁にも弁護士控室はあるけど、電源が使用禁止になっちゃって」と笑った。見ると、あちこちのコンセントから延長ケーブルが伸びている。「年間50万円も会費を払っているのだから、電気くらいもらったっていいでしょう。」集会を開いているわけでもなく、弁護士一人一人が個人的に利用しているだけなので、「規制しようにも、できない」と日弁連事務次長は困惑顔だ。

聞いてみると、ロビーに集う若手弁護士のほぼ半数が「即独」組で、残りの多くも、「軒弁」(先輩事務所に籍を置くが、『軒を借りる』だけで無給の弁護士)とのこと。

ここ数年、司法試験の合格率は20%台に低迷しているうえ、合格すればバラ色の未来、にもほど遠い。弁護士志望者約2000人のうち、毎年500人以上が、即独か、軒弁など、収入の保障が全くない道に進む。だが、彼らが政治的行動を意図しているかというと、そうでもない。先月、左派系の弁護士が、この動きを会長選挙に利用しようとしたが、無視されたという。「いまさら弁護士会に何かを期待しても無駄ですから。僕らは安くて合理的だと思うことをやっているだけ」と即独組の弁護士(32)は言う。

とはいえ、弁護士会の幹部はこの動きに神経をとがらせている。宇都宮日弁連会長は11日、「会員ロビーを占拠する若手弁護士の行動は、法曹人口問題や給費制問題に不満を持つ多くの弁護士の声を代弁している」と異例の声明を発表したが、次期会長選挙候補者といわれるY弁護士は「オバマ気取り」と手厳しい。

取材を終えて、昼食を食べようと弁護士会館地下のレストランを覗いたら、ガラガラだった。あれほど多くの弁護士が上の階にいるのになぜ?と聞くと、「彼らは皆、コンビニ弁当を食べるんです」との答え。弁護士業界を激変させた司法改革は、スマホとノートPCとコンビニ弁当があれば事務所はいらない、という若手弁護士を多量に生み出したようだ。

注;この記事はフィクションです。実在する団体や個人とは一切関係がありません。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年10月14日 (金)

ギリシャ問題と『武士の家計簿』と公務員住宅@朝霞

1012日の日経新聞朝刊によると、EUは、ギリシャ国債元本を5割削減する案の検討に入ったという。

国家財政はズブの素人だが、弁護士としてのささやかな経験に照らすと、明日破綻してもおかしくない企業の債務を5割免除したところで、立て直しは無理である。

ところで、森田芳光監督の佳作『武士の家計簿』は、加賀藩の中級武士が債務の任意整理に取り組むお話だ。具体的には、家財を売り払った金を頭金として弁済した上、残額を無利息10年分割払いするというもの。弁護士も付けずに立派なものだが、債務整理に成功し、仕事と生活を守れた理由の一つは、自宅を担保に入れていなかった点にある。というより、家屋敷は藩主からの借り物なので、担保に入れられないのだろう。不動産を担保にできなかったから、節約して返せる程度の借金しかできなかったともいえる。

さて、事業仕分けの決定を覆して、朝霞に建設されかけた公務員住宅の評判が悪い。官舎不要論もあるが、官舎を無くしていけば、自宅を持ちたいと考える公務員が増えるだろう。自宅を担保に、数千万円の借金をするようになれば、よからぬことを考える公務員も出てこよう。ニッポン公務員の清廉さは、不動産所有の意欲を持たせない政策の賜かも、と考えてみたりする。

『武士の家計簿』で、堺雅人演じる主人公が任意整理に成功したもう一つの理由は、失敗すれば、「家名断絶、お取りつぶし」のプレッシャーがあったからだ。だから10年間、徹底した節約を重ねて債務を完済できた。だが、ギリシャ人に、おそらくその覚悟はない。国債を踏み倒しても、国土を失うわけではないからだ。100年前の中国のように、上海や香港を列強に租借される、というプレッシャーがあるなら、少しは違うかもしれない。

ディズニー社がアクロポリスを租借して、観光テーマパークに造り替え、国債の返済に充てる、というのはどうだろう。ドイツがスパルタを租借する、というのも、イメージ的にはあり、だ。でも一番現実的なのは、フランスがエーゲ海沿岸に多数の原発を作り、ドイツに格安で電力を供給する代わりに、国債を棒引きする、というアイデアかなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月13日 (木)

大手弁護士法人に家宅捜索(本日各紙朝刊)

昨年末発覚した「日本版エンロン事件」を捜査する東京地検特捜部は、本日にも、都内の大手弁護士法人と大手会計監査法人に対する家宅捜査を行う。

発覚当初より、弁護士法人と監査法人の組織的関与がささやかれていたこの事件では、2010年に上場廃止を行い、改組の上、昨年再上場した際、資産を過大に評価して株価を不正につり上げたとされている。大手弁護士法人と監査法人は、上場廃止と再上場の両方に関与しており、上場廃止の際には安く評価した資産を、再上場の際は不当に高く評価した疑いがもたれている。

その“手口”は、複雑高度な法律・会計上の技術を駆使して行われているため、直ちに違法と指摘できる専門家は少ない。「破綻しなければ、誰も会計上の不正に気づかなかっただろう」と特捜幹部は語る。東京地検特捜部は、極秘裏に経産省や金融庁に協力を求め、半年間の内偵の後、強制捜査に踏み切った。

この不正に協力したとされる弁護士法人は、数百名の弁護士と千人以上の職員を擁し、売上は年間150億円以上。企業法務を取り扱う日本の法律事務所は、2000年ころ以降、合併を繰り返して巨大化し、企業再編の原動力とも言われたが、リーマンショック以降、業務が減少。そこで目を付けたのが上場企業のオーナーが一般株主から株式を買い集めて非上場化するMBO(マネジメント・バイアウト)ビジネスだった。MBOにおいては、会社資産をなるべく安く評価して買い取る株価を下げることがオーナー側の利益になる。他方、会社経営者は一般株主のため株価を維持する法的義務を負うため、オーナーの依頼を受ける法律事務所は、利益相反の誘惑にさらされることになる。しかも、再上場するとなれば、一転して、会社資産をなるべく高く評価して株価上げた方がオーナーの利益になるため、MBOが一段落した一昨年以降、大手法律事務所は、企業の再上場ビジネスにしのぎを削ってきた。

この傾向について、宮沢喜一郎金融相は昨年、「朝に非上場で儲け、夜に再上場で儲けるようなビジネスは、健全な資本主義のあり方ではない」と苦言を呈した。

弁護士が関与する不正な会計操作は、近年増加傾向にあると言われている。日弁連の調査によれば、弁護士に対する懲戒事件のうち、不正な会計操作に関する申立数は、2000年当時の50倍を超えている。しかし、今回の「日本版エンロン事件」を含め、不正な企業会計関与を理由に弁護士会が懲戒処分を行った例は皆無。ある弁護士会幹部は、「弁護士会の懲戒制度は、預かり金の横領や書面の出し忘れなど、たとえるなら粗暴犯や過失犯を想定している。不正会計などの知能犯は、懲戒を担当する一般弁護士の能力を超えているし、調査に専従させる会計士もいない」と明かす。

某金融庁幹部は、「従業員が1000人を超え、年150億円もの売上がある大手法律事務所は、上場会社並みの社会的責任を負う巨大企業と言って差し支えないのに、監督官庁がないことは極めて遺憾。弁護士会に監督能力がないなら、健全な資本主義市場を守るため、弁護士法の改正も含めて対応を検討する必要がある」と述べた。

注;このエントリはフィクションであり、実在するいかなる法人や個人とも無関係です。なお、アイデアは前静岡県弁護士会副会長杉田直樹弁護士のものであり、この場を借りてお礼を申し上げます。また、MBOビジネスについて興味がある方は伊藤歩著『TOB阻止完全対策マニュアル』(財界展望新社より11月初旬発売予定)をお買い求めください。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年10月12日 (水)

例外の例外の例外を定めた法令

例外だらけの法律を作ると、どうなるのだろう。9月30日に省令が改正された外為法を例にとって説明しよう。

今回改正されたのは、技術提供に関する規制だ。

まず原則として、技術に関する情報を郵送やファックスや電子メールで外国人に伝える行為は、通信の自由として、憲法上保障されている。

だが、軍事利用が可能な技術情報が自由に流通しても困るから、外為251項は、「政令で定める」特定技術は、特定の外国人に提供してはいけない、と定めている。これを受けて、外国為替令17条に基づく別表は、許可対象となる技術情報を定めている(第一の例外)。

だが、別表に定める技術情報だからといって、全部許可対象とするのも行きすぎだ。そこで外国為替令175項は、「経済産業大臣が…指定した」技術情報提供については、例外として、許可不要と定め、具体的には、貿易関係貿易外取引等に関する省令92項に、許可不要となる技術情報提供を列挙している(第二の例外)。この「指定」として、「公知の技術情報」について、許可不要となる場合を定めたのが、同省令929号だ。この条項は、たとえば新聞等によって既に不特定多数の者に対して公開されている技術を提供する場合には許可不要とするものである。

ところが、今般、この条項が改正され、「特定の者に提供することを目的として公知とする取引その例外、と定められた(第三の例外)。

つまり、今回の省令改正は、通信の自由の原則に対する、例外の例外の例外だ。だから何だって?私にも分からない。こんな複雑な規定を定めて何かの役に立つと思っている人間は、多分作った本人だけだろう。

この例外規定を設けた理由について、経産省は、「特定の者(外国にいる取引の相手方等)に対する情報提供を目的として、規制対象技術をホームページに掲載すること等により取引を行う場合は許可不要の規定に該当しないことを改めて明記したも」と説明している。特定の相手と示し合わせて、ごく短時間に限ってホームページに掲載したり、暗号化して掲載する等の方法によって、特定の相手に情報を渡す行為を禁止する趣旨だろうか。もしそうであるなら、脱法行為を摘発すればよく、わざわざ例外規定を設ける理由はない。

外為法の法体系が「老舗の温泉旅館」に喩えられて久しい。長年にわたり違法な増築を重ねた結果、どこにどの部屋があるのか、ベテランの仲居さんでも分からなくなりつつある。このような建築物は、総じて危機に弱い。いったん火事になれば、多くの宿泊客は逃げ場を知らず、大やけどを負うだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月11日 (火)

死刑制度の是非と、原発の安全神話

「死刑執行と法務大臣」の題で、土肥孝治(どいたかはる)もと検事総長のお話を聴く機会があった。ご尊顔を拝するのは、大阪地検検事正時代の同氏を修習生として拝見して以来、20年ぶりである。

刑(刑法9条)の中で、死刑のみが、法務大臣の命令によって執行される。つまり死刑は、法務大臣が執行指揮書にサインしない限り、執行されない。土肥氏は、法務省参事官当時、死刑執行指揮書の起案に携わった経験があり、着任時36件あった未済事件数を16件まで減らしたとのこと。執行指揮書を起案するにあたっては、全ての事件記録を取り寄せ、再審事由や恩赦事由の有無はもちろん、事実関係から情状に至るまで、「万が一にも誤りがないように」、徹底的に事件を検証するという。後に再審無罪となった財田川事件の事件記録もあったが、前任者からの申し送りで保留扱いになっていたという裏話もあった。ちなみに、死刑執行指揮書から死刑執行の実際については、高野和明の江戸川乱歩賞受賞作『13階段』(講談社)が詳しい。

その後、最高裁の基準が変わり、死刑判決が増えた。ところが、歴代法務大臣がなかなかサインをしないため、死刑囚が増え続け、現在は、約120名の死刑囚が滞留しているのだそうだ。

土肥氏は、死刑執行は法務大臣の法的義務と述べた上で、立法論としての死刑制度の是非について、容認の立場から論陣を張った。曰く、死刑の犯罪抑止効果は確かに存在するし、死をもってしか償えない重大事件が存在することを否定はできない。反対派は、死刑囚にも矯正可能性はあると言うが、凶悪犯罪者に矯正可能性はなく、終身刑で良いとの意見に対しては、出所の希望を失った囚人の精神的荒廃を考えると疑問、というものである。その他の反対論もあるが、日本での世論調査では昨年85.6%が死刑容認であり、年々容認派が増えているという。

土肥もと検事総長のご健勝に接し、大いに満足したし、ご高説にはほぼ同意するのだが、一点だけ、異論があるので指摘しておきたい。

それは、誤判の可能性である。もちろん、刑事司法に携わる以上、無実の者を誤判で死刑にすることは、絶対あってはならない。だが、「絶対あってはならない」からといって、「絶対にない」とは言えない。それはほんの半年前、われわれ全員が学んだことだ。「絶対にないことは絶対にない」のである。裁判所が最高裁まで何回も審理し、どれほど優秀な検事が記録を精査しようが、人間の所為である以上、誤判は避けられない。われわれは、「濡れ衣で死刑になる者は絶対にいる」という認識を前提に、死刑制度の是非を論じるべきなのである。

 その前提で、容認するというのなら、一つの見識であり、十分尊重に値すると思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月 7日 (金)

まねきTV判決の調査官解説(Law & Technology51号)を読んでみた

誰でも一つくらい、ひいきのTV番組があると思う。特に、「探偵ナイトスクープ」に対する関西人の思い入れはすごい。これ見たさに、海外赴任を断る関西人はきっといると思う。

「まねきTV」事件とは、事業者がSONYのロケーションフリー(以下LF)を用いて行うサービスだ。具体的には、利用者から入会金31500円、月額使用料5040円の支払いを受けて、利用者が所有するLFを事業者事務所に設置し、TVアンテナに接続するとともに、インターネットを介して利用者の手元の端末に接続される。利用者は、端末からインターネット経由でLFに指示することにより、番組を視聴できる。これにより、例えば海外赴任中に日本のテレビ番組を視聴することが可能になる。

ところが、NHKなど放送事業者は、著作権法が放送事業者の専有を認めている「送信可能化権」と「公衆送信権」を侵害すると主張して、訴訟を起こした。

ここで「送信可能化権」とは、「公衆送信装置」に情報を記録する等すること(著作権法295)である。東京地方裁判所は、LFは利用者が自分で操作して自分にテレビ番組の情報を送る「11」の機能しか有しないから「公衆送信装置」にあたらないと判断し、東京高等裁判所も、LFは予め設定された単一の端末宛送信するという「11」の送信しか行わないから、「自動公衆送信装置」にあたらないと判断した。

ところが、最高裁判所第三小法廷は、判断を覆した。

すなわち、LFが「自動公衆送信装置」にあたるか否かは、「11」で決めるのではなく、「送信者」が「公衆」に送信する装置か否かによって決めるべきだとした。そして、「まねきTV」サービスの「送信者」は、LFを設置してアンテナと接続した事業者であって、利用者自身ではなく、この利用者は、事業者との個人的関係は不要であって、サービス利用契約締結によって誰でもこのサービスを利用できる不特定の者だから、送信者から見て「公衆」にあたるとした。

その結果、LFは自動公衆送信装置であることになり、これを利用した本件サービスは、「送信可能化権」と「公衆送信権」を侵害することになる。

以上数行が、A46頁に及ぶ解説の要約だ。間違いがある可能性大だから、鵜呑みにしないように。

結局のところ、地裁・高裁と最高裁の判断を分けたのは第一に、「公衆送信装置」を「11」に限るか否か、という価値判断と思われる。特別刑法でもある著作権法は罪刑法定主義に服するから、「公衆」が一人でもよい、という最高裁の解釈は、国民の感覚からは、控えめに言っても、かなり際どいところにある。それを承知で「11に限らない」という解釈を取らせた価値感は、「送信可能化を規制の対象となる行為として規定した趣旨、目的は…現に自動公衆送信が行われるに至る前の準備段階の行為を規制することにある」という判決文に表れている。それは、著作権侵害になる行為の芽を広く摘みたいという立法意思の尊重である。

第二は、「送信者」が誰か、という判断である。東京地裁は、LFをリモートで操作する利用者自身が送信者であるとしたが、調査官は、LFにアンテナ等を接続した事業者が送信者であるという。だが、アンテナ等を接続しただけでは、放送電波を含む雑多な電波がLFに届くだけだし、チューナーを操作して番組という著作物の記録を行うのは利用者だし、何より、アンテナを内蔵したLFならどうなるのか、という問題もあるから、調査官の説明は疑問だ。この点最高裁は、「当該装置が受信者からの求めに応じ情報を自動的に送信することができる状態を作り出す行為を行う者」が送信者だと述べており、要するにLFを設置しネットに繋いで起動しておくことで足りるから、認定としては、この方が適切だと思う。

  以上要するに、LFを本人や家族、友人が設定して、日本の番組を視聴させてあげることは合法だが、業としてこれを行うことは違法ということなのだろう。確かに、業者はTV番組の魅力に乗じて、殆ど労せずして稼いでいるという評価はあり得るところだろう。だが他方、「まねきTV」が、放送事業者のどのような利益を不正に侵害しているのか、今ひとつ分からないようにも思われる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月 6日 (木)

法曹養成フォーラム第50回議事録

笹木座長;次は、ピスト自転車の規制について、説明をお願いします。

政府委員;ピスト自転車は、ニューヨークを舞台にした映画で話題になり、日本でも若者を中心に流行していますが、内閣府令の基準をみたすブレーキを備えておらず、道路交通法63条の9及び同施行規則9条の3に違反しますので、今後規制を強化したいと考えます。

丼上委員;ニューヨークでは現在規制しているのですか。

政府委員;存じません。

丼上委員;一日何人も死んでいる訳ではないでしょうし、被害者の司法救済を充実させれば良いので、規制強化には反対です。

川亀オブザーバー;ですが、ピスト自転車は危険です。

丼上委員;外国では自由なのに、日本で危険と断定される根拠があるなら、今ここで示してください。

川亀オブザーバー;すみません、推測でした。

丼上委員;わが国は、事前規制社会から事後救済社会に移行することが求められており、そのために弁護士を増やしているわけです。だから事前規制は不要だ。

政府委員;ですが現実に事故が多発し被害者が出ています。

丼上委員;それなら自動車も禁止すれば良い。事後救済社会とは、救済される人の発生を前提としているから、被害者が出て当たり前です。しかも規制はタダじゃない。多額の税金がかかり、行政を肥大させます。それが今の日本を悪くしているという共通認識だった筈だ。

丸鳥委員;規制が全部悪いわけではないでしょう。ピスト自転車の規制は必要です。

丼上委員;それなら今ここで、不要な規制を一つでいいから挙げて下さい。

丸鳥委員:…

川亀オブザーバー;ピスト自転車は、構造が簡単で値段も安いから、お金のない人でも自転車が買えるのです。

熊田委員;金のない俺にも自転車を買わせろみたいな、そういう物盗りの次元の話は品位を害すると思います。

丼上委員;先ほどのユッケの規制強化のもそうだ。今まで何十年もユッケを食べてきて滅多に問題にならなかったのに、一回事故が起こっただけで、なぜ規制を強化するのだ。食中毒を出した業者には、多額の賠償をさせれば良いではないか。むやみな規制をするから、ユッケが食べられなくなってしまったではないか。

丸鳥委員;人の生命や健康がかかっているのですよ。

丼上委員;だから規制するというなら、弁護士は要らない。

熊田委員;弁護士が要らないなら、文科省の補助がなくなって、法科大学院が潰れて、学生の夢が絶たれる。若い人たちにもっと将来の大きな夢を与えるように、この議論全体がなってほしい。

丸鳥委員;補助をもらって当然とは、物盗りの発想ですね。

川亀オブザーバー;同じ税金を使うなら、事業者の教育に使うべきですね。米百俵の精神と申しましょうか、長岡藩では…

丼上委員;なんで米百俵が出てくるんだ。

笹木座長;川亀さん、オブザーバーの立場を弁えて下さい。時間も押してきましたので、次は天竜川の事故を契機に、川下りへの規制を強化することについて、政府委員からご説明下さい。

                                 (ずっと続く)

注;この記事は、とある会議体議事録のパロディであり、当該議事録を含め、実在する団体や個人とは一切関係ありません。

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2011年10月 5日 (水)

弁護士法人2件目の破産

注;この記事は、全て想像による架空のものです。実在する個人や団体とは一切関係ありません。

史上2件目

東京都に本店を持つ弁護士法人XXX(トリプルエックス)は、104日、東京地方裁判所の破産手続開始決定を受け倒産した。日本の弁護士法人が裁判所の破産手続開始決定を受けるのは、制度開始以来2件目。負債総額は約20億円。

この弁護士法人は、5年前創立。印象的なテレビCMと、消費者金融に対する過払金返還請求で規模を拡大したが、グレーゾーン金利の撤廃や、大手消費者金融が破綻したため、売上が低下。昨年末、多数の長期未済事件があるとして所属弁護士会から懲戒処分を受けたことをきっかけに、銀行から借り入れた広告宣伝費の返済が滞り、銀行の申立により破産宣告を受けた。代表弁護士は、「ご迷惑をかけ、大変申し訳ありません。協議の上、最善の方法を考えたい」とツイッターで謝罪したが、現在は所在不明。弁護士法上、弁護士法人の幹部弁護士は無限責任を負うが、情報筋によれば、代表弁護士らにも多額の債務があり、近日中に破産宣告を受ける予定という。

預かり金の処理がネック

弁護士法人が破綻した場合、顧客からの預かり金の処理が問題になる。この弁護士法人は、消費者金融から取り戻した過払い金数億円が、いまだ依頼者に返還されていない。これらの預かり金は、債権者である銀行に預金されているため、銀行が口座を凍結して返還に応じない可能性が高い。弁護士法人に対する銀行の債権と依頼者の債権の優先順位については取り扱いが確定しておらず、処理には時間がかかる見通し。

過払いジプシー

この弁護士法人は1000件以上の未済案件を抱えているとみられるため、その処理が問題となる。弁護士業界の通例としては、事故などがあって弁護士が事件を遂行できなくなった場合、同期の弁護士らがボランティアで事件処理を引き受けていたが、「最近は弁護士の横のつながりも薄くなり、ボランティアで事件処理を引き受ける同期がいない」(日弁連幹部談)という。

さらに問題は、破綻した弁護士法人が「下請け」に出している事件だ。この弁護士法人は、未済事件のうち、暴力団が絡むなど解決困難な案件を、事務所外の弁護士に下請けに出していたと言われている。下請けする弁護士は、過払い専門の法律事務所を渡り歩いて困難事件を安値で請け負うため、「過払いジプシー」と呼ばれているが、倒産した弁護士法人は下請けに出した事件の管理を怠っていた可能性が高く、これらの処理や引継が滞る危険性が高い。

しかも、「過払いジプシー」弁護士の中には、さらに弁護士以外に孫請けに出すという違法行為に手を染めている者がいるため、事件の引継が極めて困難になると予想される。

日弁連は異例の声明

東京地方裁判所から破産管財人に選任された弁護士は、「事態の把握に努め、依頼者の方への弁済を最優先に業務に取り組みたい」と述べたが、先行きは不透明だ。また、「私が依頼している弁護士は大丈夫か」との問い合わせが各地の弁護士会に殺到したため、日弁連は「大半の法律事務所の経営は健全であり、預かり金等の返還請求を急ぐ必要はありません」と異例の声明を出した。

注;この記事は、全て想像による架空のものです。実在する個人や団体とは一切関係ありません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月 4日 (火)

司法修習と給費制のあけぼの(15)

戦後司法制度改革において、弁護士志望者を含めた司法修習生への給費制については、大蔵省が異議を述べ、内藤頼博・畔上英治ら当時の若手判事が反論を行い、これを退けていた。

ところが、日弁連発行の『日弁連二十年』の記述は、一部事実認識が異なり、一部ニュアンスが異なる。

すなわち、「(給費制については)当然のこととして受け入れられ、誰も異論を唱えていない」と記載され、また、本稿が内藤頼博の言として記載した内容が、そのまま、法制局の言として記載されているのだ(135頁)。

しかし、前半すなわち「給費制について誰も異論を唱えていない」との下りについては、少なくとも畔上英治判事が異論があったと証言している。尤もこの証言は1998年のものだから、『日弁連二十年』がこの証言それ自体を参照できなかったことはやむを得ないが、異論がなかったなら、「法制局の説明」なるものが残っているのは不自然、と考えないといけない。

しかもその「法制局の説明」なる文章が、内藤頼博が自署『戦後司法制度改革の経過』に、法制局に対する「注釈的な説明」として記した文章と一言一句同じというのも、腑に落ちないことである。もちろん、内藤頼博の説明に満足した法制局が、大蔵省等に対して、右ならえで説明した可能性は否定できない。だが、そうだとしても、一言一句同じというのは不自然だし、そもそも、そのような説明が残っているとすれば、説明を必要とする指摘があったからであり、「誰も異論を唱えていない」という『日弁連二十年』の記述にほころびが生じることになる。

これ以外にも、『日弁連二十年』には納得のいかない記述がある。それは、戦後導入することになった統一修習について、「連合軍司令部もこれに対し、相当な疑問を表明しながらも修正までは要求していない」と記述した点(134頁)だ。

これは、昭和211127日、裁判所法案に関する内藤頼博らとGHQとの第二次会談の記録に基づいていると思われる。当時、占領下にあった日本は、裁判所法の改正案について、GHQの承認を必要としたので、これを得るための会談であった。

この席でGHQのブレークモアは、「判事・検事・弁護士志望の別があるのに同じ修習を行う必要があるのか」「収集期間2年は弁護士志望者には長すぎないか」といった質問を発しており、『弁護士二十年』はこれをもって、「連合軍司令部(GHQ)も(統一修習制度)に対し、相当な疑問を表明」と記述したと思われる。

だが、この会議に出席していた広田判事の覚書によれば、このやりとりの後着席したオプラーは、「これに反し原案(裁判所法案)を支持した」とある。仮に両方の意見がGHQとしての意見であるとするなら、ブレークモアの上司であるオプラーの意見の方がGHQの意見になるので、『日弁連二十年』の記述は間違いということになる。

もっとも、私自身は、ブレークモアの発言もオプラーの発言も、どちらも個人としての発言であって、GHQとしての公式見解ではない、と考えている。というのは、記録上、彼らは個人的な見解と組織としての見解を区別しており、組織としての見解であるときには、明確にそうと断って発言しているからだ。これは、オプラーやブレークモアの方針というより、欧米人として当たり前の態度ではないかと思う。

トーマス・ブレークモアは、1915年米国に生まれ、戦前に東京帝国大学法学部に留学した後、米国で弁護士資格を取得し、戦後、GHQのスタッフとして来日した。後にGHQを辞し、1949年に外国人向け司法試験に合格して日本の弁護士資格を取得しブレークモア法律事務所を創設した人物である。フライフィッシングを日本にもたらした人物でもあるらしい(トーマスブレークモア記念社団毛鉤専用釣場というものがある)。

GHQとしての見解でないとしても、このときブレークモアがなぜ、統一修習に異論を唱えたか、は興味深い問題である。おそらく、法曹一元を導入しないことが決まった以上、統一修習をしたり、弁護士志望者に判事や検事の仕事を勉強したりさせなくてもよいのでは、という、合理的かつドライに割り切った見解だったのではないか。いいかえれば、統一修習制度の持つ、過渡的で中途半端な性格を、この米国人弁護士は見抜いていたともいえる。

さらにいいかえれば、ある意味合理的なブレークモアの指摘に反論し、統一修習制度を守った内藤頼博らには、将来の法曹一元導入に向けた、確たる希望があったということになる。

それにしても、『日弁連二十年』の記述は何なのだろうか。執筆者も引用元も分からないので、何ともいえないが、単純な事実誤認を犯している可能性は否定できない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月 3日 (月)

除染請求権の法的構成について

10月2日のNHKニュースは、細野環境大臣が、福島県の佐藤知事に対し、放射性物質を取り除く除染について、年間被ばく線量が1から5ミリシーベルトの地域でも、最大限、財政措置をしたいという考えを示したと報じた。

汚染された地域に居住する人にとって、国が除染してくれるのは、結構なことだ。だが、除染してくれないとき、あるいは、除染しても被ばく線量がゼロにならないとき、訴訟を起こして除染を請求することは可能だろうか。あくまで試論だが、たたき台として、考えてみた。

健康被害のおそれがあるほど強く汚染された地域なら、健康という人格権に基づく除染の請求権という法的構成が考えられる。この場合、請求の主体は、その地域の土地の所有者でなくてもよく、その地域に居住する者であればよい。請求の相手方は、東電である。地域の居住者が、汚染の事実と原発事故との因果関係、並びに、健康被害のおそれを立証すれば、東電は、その地域の除染を行う無過失責任を負うと解される。

この法的構成の問題点は、「健康被害のおそれ」が要件となり、その立証責任を、地域住民側が負うことだ。国の基準を超えた地域については格別、そうでない地域の場合、健康被害のおそれは認められない、として除染請求が棄却される可能性がある。

汚染された不動産の所有権に基づく原状回復請求権としての除染請求、という構成もありうる。この場合、請求の主体は、原則として不動産所有者に限られるが、福島第一原発由来の放射性物質の存在を線量計によって証明すれば、健康被害のおそれの有無にかかわらず、東電に対し、その除去を請求できる、とも考えられる。

ただ、この考え方が成立するとしても、どんなに低レベルの汚染であっても除染が請求できるか、というと、疑問符がつく。なぜなら、もしどんな低レベルの汚染であっても除染義務が生じるとするなら、東電は、関東・東北中の都府県中の土地表面をはぎ取って(どうやって?)捨てる(どこへ?)という、実行不可能な法的義務を負うことになるからだ。町村泰貴教授は、「東電が、原発爆発以前のレベルになるまでに、永久に、除染をすべき(法的義務を負う)」と書いておられるが、どんな場合でもそうなる、とは言い切れない。

国や地方自治体に対する除染請求の法的構成は、非常に難しい。国に対して一定の作為を請求する法律上明文の根拠は、たぶんないと思う。憲法25条は、「すべて国民は、健康…な最低限度の生活を営む権利を有する」と定めるが、これは具体的請求権の根拠にならないと、一般に解されている。

今のところ、国は、一定レベル以上の汚染地域について、責任を持って除染すると言っているので、現実に問題となるのは、それ以下の汚染地域だ。この地域の不動産所有者や住人等が、東電や国、地方自治体を相手に除染を請求する訴訟を提起した場合、裁判所はどういう判断をするだろうか。こういったことを考える責任は、第一次的には、われわれ弁護士にあると思うのだが。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2011年9月 | トップページ | 2011年11月 »