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2011年10月 3日 (月)

除染請求権の法的構成について

10月2日のNHKニュースは、細野環境大臣が、福島県の佐藤知事に対し、放射性物質を取り除く除染について、年間被ばく線量が1から5ミリシーベルトの地域でも、最大限、財政措置をしたいという考えを示したと報じた。

汚染された地域に居住する人にとって、国が除染してくれるのは、結構なことだ。だが、除染してくれないとき、あるいは、除染しても被ばく線量がゼロにならないとき、訴訟を起こして除染を請求することは可能だろうか。あくまで試論だが、たたき台として、考えてみた。

健康被害のおそれがあるほど強く汚染された地域なら、健康という人格権に基づく除染の請求権という法的構成が考えられる。この場合、請求の主体は、その地域の土地の所有者でなくてもよく、その地域に居住する者であればよい。請求の相手方は、東電である。地域の居住者が、汚染の事実と原発事故との因果関係、並びに、健康被害のおそれを立証すれば、東電は、その地域の除染を行う無過失責任を負うと解される。

この法的構成の問題点は、「健康被害のおそれ」が要件となり、その立証責任を、地域住民側が負うことだ。国の基準を超えた地域については格別、そうでない地域の場合、健康被害のおそれは認められない、として除染請求が棄却される可能性がある。

汚染された不動産の所有権に基づく原状回復請求権としての除染請求、という構成もありうる。この場合、請求の主体は、原則として不動産所有者に限られるが、福島第一原発由来の放射性物質の存在を線量計によって証明すれば、健康被害のおそれの有無にかかわらず、東電に対し、その除去を請求できる、とも考えられる。

ただ、この考え方が成立するとしても、どんなに低レベルの汚染であっても除染が請求できるか、というと、疑問符がつく。なぜなら、もしどんな低レベルの汚染であっても除染義務が生じるとするなら、東電は、関東・東北中の都府県中の土地表面をはぎ取って(どうやって?)捨てる(どこへ?)という、実行不可能な法的義務を負うことになるからだ。町村泰貴教授は、「東電が、原発爆発以前のレベルになるまでに、永久に、除染をすべき(法的義務を負う)」と書いておられるが、どんな場合でもそうなる、とは言い切れない。

国や地方自治体に対する除染請求の法的構成は、非常に難しい。国に対して一定の作為を請求する法律上明文の根拠は、たぶんないと思う。憲法25条は、「すべて国民は、健康…な最低限度の生活を営む権利を有する」と定めるが、これは具体的請求権の根拠にならないと、一般に解されている。

今のところ、国は、一定レベル以上の汚染地域について、責任を持って除染すると言っているので、現実に問題となるのは、それ以下の汚染地域だ。この地域の不動産所有者や住人等が、東電や国、地方自治体を相手に除染を請求する訴訟を提起した場合、裁判所はどういう判断をするだろうか。こういったことを考える責任は、第一次的には、われわれ弁護士にあると思うのだが。

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コメント

ご指摘ありがとうございます。受忍限度はこの場合にも効いてくると思います。でもその受忍限度は客観的な危険性にのみ依存するのではなくて、主観的な恐怖にも依存するのでしょうから、放射性物質が撒き散らされた場合、その除去を求めることができる範囲は通常の有害物質よりも広くなると考えています。
また、被害者の数が膨大におよび、そのすべてを救済することは加害者にとって実行不可能だということは、個々の被害者の権利を否定する理由にはならないです。現実問題として実行不可能な債務を負ったら倒産するしかなく、それは別に珍しいことではありません。倒産後の処理、特に電力の安定供給と被害者の救済には、国(納税者)が関与してもよいでしょうが。

投稿: 町村 | 2011年10月 3日 (月) 22時45分

町村先生、コメントありがとうございます。確かに、放射能汚染の場合、主観的な恐怖感が除染請求権の成否に影響することはあると思います。しかし、そうであるとしても、裁判所があらゆる恐怖を被害とみなし、極々低レベルの汚染地域全てについて除染請求権を認めることはないと考えます。また、除染義務は被告の資力に限界づけられないことは当然ですが、ある種の限界には服すると考えます。例えば、猪苗代湖の湖底の泥から極々微量のプロトニウムが検出され、それが数万年続くとしても、裁判所は東電に対し、猪苗代湖の湖水と湖底の泥を総入換せよとは命じないと予想します。間違いなく汚染されたであろう太平洋の海水についても同様です。なぜなら物理的に履行不能だからです。これは、ご指摘の通り、一種の受忍限度論になると思います。もっとも、裁判所は、判決文に「受忍限度」という言葉は使わないでしょうが。

投稿: 小林正啓 | 2011年10月 4日 (火) 13時45分

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