高速大容量通信技術と著作権法について
江戸時代後期の日蘭辞書『ドゥーフ・ハルマ』は33冊しか出版されなかった希少本だが、25歳前後だったころの勝海舟は、これを2冊写本し、一冊は自分の勉強のため、もう一冊は売って学費にしたという。『ドゥーフ・ハルマ』の写本は、適塾生にとっても、格好のアルバイトだったらしい。
今これをやれば、明らかな著作権法違反(21条、119条1項)だ。だが、仮に広辞苑を写本して売る人間がいたとしても、取り締まる必要性があるとは思われない。所詮人力には限りがあるからだ。
同じことは、コピーした書籍についてもいえる。広辞苑の写しを販売するため全ページコピーした貧乏学生がいたとして、司直が取締に乗り出すとは思われない。
だが、自炊となると、話は別だ。タブレットPC用画像データとして販売する目的で、広辞苑の全ページをスキャンして電子化する行為は、直ちに取締の対象になるだろう。
法形式的には全く同じことをやっているのに、取締の必要性が全然違う理由は、専ら、技術的要因に求められる。具体的には、複写行為の容易性とスピード、複写物のデータの劣化の程度や、再複写・再譲渡の容易性等だ。これらの要因が複合的に絡み合って、その総合値がある閾値を超えると、法的取締の実質的な必要性が発生する。最近話題になった「自炊」と著作権の問題も、Scan SnapとIpadの登場抜きには語れない。この現象は、著作権法に限る、とまでいえないとしても、かなり特徴的なことではないか。
複写技術の速度や正確性等、あるいは、ある種の商品の発売が、取締の必要性を左右するとするならば、法形式上は同じ複写行為であっても、これを格段に高速・大量・正確に行う革新技術が実装された場合には、取締の対象になりうる、ということを意味する。
近い将来、日本の通信インフラは、大容量・超高速通信に進化すると言われている。そうなったとき、いままで適法(とは言わないとしても事実上許されてきた)行為が、突然違法とされる可能性がある。一方でそれは、著作権法制の宿命かもしれないが、他方で、ICT技術産業に、深刻な萎縮効果をもたらす可能性がある。
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