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2011年11月22日 (火)

行政不服審査法の見直しについて

民主党政権下の行政救済制度検討チームが、行政不服審査法の見直しを行っている。同チームは本年8月、「行政の無謬性から訣別し、柔軟で実効性のある救済を可能とするため」、第三者性の高い審理官制度の導入を柱とする論点整理(第版)を公表した。

憲法762項は、「行政機関は、終審として裁判を行ふことができない」と定める。だから、行政処分が適法か否かを最終的に決める権限は、裁判所にある。だが憲法は同時に、終審でなければ、行政機関が裁判をしてもよい、と認めている。これは、行政の専門性や迅速性の要求に配慮したものだ。しかしその結果、行政処分に対する不服申立手続は、行政機関の手により、起こしにくく、勝ちにくく作られてしまった。行政に対する司法審査は、「法の支配」の要諦であるにもかかわらず、日本の行政訴訟は地裁レベルで年間1300件前後であるのに対して、ドイツでは22万件、フランスでは12万件という(平成12年(2000年)のデータだが)。彼我の差は、行政訴訟前の手続である不服審査に国民が深く満足している結果では、まさかあるまい。

今回の見直しは、昭和37年(1962年)以来、初めてである。

審理官制度は、当該行政組織から独立しつつも、行政に関する高度の専門知識と十分な経験を有する専門職制度であり、その職権行使の独立と身分保障をどう確保するかが課題のようだ。平たく言えば、公平性を確保するためには、法曹出身者を審判官に据えるべきだが、専門性に懸念が生じる。他方、専門性を要するからといって、当該省庁出身者に審判官をさせたのでは、公平性が保たれない。このバランスをどう取るか、という問題だ。だが最大の課題は、官庁と申立人の双方を納得させる識見を持つ人材をどうやって確保するか、だと思う。

もう一つ重要な課題は、代理人制度である。審判官制度を採用して対審構造を取る以上、官庁側の知識と論理に対抗しうる代理人が立てなければ、どんな立派な制度を作っても、申立人に勝ち目はない。この点日弁連は、弁護士法72条を盾に、弁護士以外への代理人拡張に原則反対する立場だ。それも結構だが、肝心なのは、担当官庁と対等に渡り合える実力を持つ弁護士を養成することであり、これを怠るならば、いかに建前論を振りかざしても、弁護士法72条は死文化するだろう。論点整理においても、「弁護士法72条自体の合理性が問われるものであり、最低ラインをクリアした一定の資格を有していれば代理権を認めても良い」という冷たい意見があったと明記されている。

日弁連がこの制度に今ひとつ熱心でないように見えることも気になるところだ。現時点で、検討チームの弁護士は、小町谷育子弁護士お一人である。同弁護士には、「法の支配」実現のため奮闘を期待したい。

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