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2011年12月22日 (木)

大動脈解離顛末記(3)  〈食事中は読まないでください〉

20101113日、羽田空港で突然の激痛に襲われた私は、搭乗予定の飛行機をキャンセルして医務室への搬送を依頼した。

依頼したときは、「電気自動車に乗りたいな」と思うくらいの余裕があったが、車椅子が到着し、医務室に運ばれた時点では、痛みは耐え難いものになっていた。こちらは脂汗を流してうなっているにもかかわらず、警備服を着たお姉さんに、「医師は昼休み中ですが、規則ですから1時間で退出してください」と冷たく言い放たれたとき、「頼りにならん」と思った私は、救急搬送を要望した。

さすが羽田空港である。10分もしないうちに、救急隊が到着した。ベテランの隊長は、簡単に事情を聴取すると、「たぶん尿路結石ですね」と言った。

尿路結石なら、7年前に経験していた。早朝に自宅で仕事中、背中の左側に強い鈍痛が発生し、1時間してもおさまらなかったので、タクシーを呼んで近くの泌尿器科に駆け込んだ。初めての経験だったが、泌尿器科に直行したのは、尿路結石という確信があったからだ。なぜなら、痛みの中心点がとても小さく明瞭で、しかもその中心点が少しずつ、膀胱目指して移動していたからだ。この中心点の軌跡は尿道だ、だから尿路結石だと確信できた。

ところが今回の痛みは、背中の強い痛みという点では共通だが、尿路結石の痛みではない。中心点がなく、両掌ほどの広い範囲で痛いし、なにより左右両方なのだ。左右の尿道で同時に結石が出ることは、確率的にあり得ない。尿路結石の痛みも、嘔吐するほど激しかったが、今の痛みはそれ以上だ。だから「尿路結石とではないと思います」と抗議したが、聞いてくれない。

すでに痛みは、うなり声を出さないと抑制できないレベルに達していた。救急車用のストレッチャーで空港ロビー内を搬送されるが、点字タイルを越えるときの振動が、ものすごく辛い。大声を出さずにはいられない。1113日のお昼、羽田空港第一ターミナルで、大声で叫びながら搬送されていた中年男性を見た方、すいませんでした。あれは私です。

救急車に私を搬入すると、救急隊員は、「尿路結石の疑い」と無線で宣言して搬送先を探し始めた。1つめの病院に断られ、病院をたらい回しにされて亡くなった妊婦のニュースが頭をよぎったが、2つめの東邦大学医療センター大森病院が受け入れてくれるという。尿路結石という診断は不満だったが、専門家と議論しても始まらないし、その気力もない。それより救急車の振動が辛い。私は息が続く限り声を上げていた。

その間も悪魔は私の背後によりそい、その冷たい両手は、腰から手のひら一枚分、上に移動した。

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コメント

東邦大病院でお目にかかったのはちょうど1年前の今日でした。
体力の消耗を防ぐためまだ車いすに乗っておられましたね。
ご無事で何よりでした。

投稿: なしゅ@東京 | 2011年12月22日 (木) 01時05分

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