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2011年12月 8日 (木)

敗北の歴史を共有できる幸福

70年前の今日、始まった戦争に、日本は負けた。

この歴史的事実の認識に、争いは存在しない。無条件降伏か否かといった、全体から見れば些末な争いはあるが、「負けた」こと自体に相違はない。

これは、幸福なことだ。

敗北の歴史を共有しているからこそ、日本人は「なぜ負けたのか」「負けるようなことを、なぜやったのか」「誰が悪いのか」という議論ができるし、実際に日本人はこの66年間、そうしてきた。こうして、敗戦という歴史認識を共有してきたことは、日本人の政治選択を枠付けしてきたし、それは全体としては、よかったことだと思う。

これに対して、弁護士には、「日弁連は負けた」という共通認識がなかった。2008年の会長選挙事務局に動員された私は、かつて日弁連が負けたという事実を、誰も知らないことにびっくり仰天した。認めたくないのでも、認められないのでもなく、そういう認識がないのだ。認識がないという点では、対抗陣営も同じだった。

いま、「日弁連は負けた」という歴史認識がある程度共有されているとすれば、選挙期間中に『日弁連はなぜ負けたのか?』というニッチな連載を開始したわがブログにも、多少意味があったということだろう。

だが私は不満だ。なぜなら、日弁連が「何を」loseしたのかが、未だ共有されていないからだ。だから、3000人を受け入れたのが負けだの、2000年の決議は間違いだっただの、という低レベルの議論が続いている。

日弁連が失ったのは、人数ではない。「人数を決める権限」である。かつて(1998年頃までの)日弁連には、司法試験合格者数を決める権限があった。全体の3分の1だけれども、ゼロではなかった。だから、そのとき日弁連が行った人数に関する決議には、法的実質的な意味があった。

だが、今の日弁連には、「人数を決める権限」が無い。ゼロだ。権限がないから、人数に関する決議をしても、法的実質的な意味は無い。「司法試験合格者数年3000人」は、日弁連が2000年に決議したから、決まったのではない。すでに決まっていたことだ。

日弁連が失ったのは、法曹人口を決定する権限だ。この事実を弁護士全体が共有して初めて、「なぜ負けたのか」という議論が可能になる。

敗戦という歴史認識を共有する日本人の幸福に、弁護士はまだ、達していない。弁護士には、このことを分かってほしい。

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コメント

さらに敷衍すると、法曹人口を決定する権限を失ったのは、日弁連だけではありませんね。
法曹三者がその権限を失い、法曹三者はともに負けたのです。
最高裁、法務省には、そのような歴史認識はあるのでしょうか。

投稿: なしゅ@東京 | 2011年12月18日 (日) 14時22分

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