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2012年1月31日 (火)

政府は、パニックの回避を最優先する

129日、山梨県東部で地震が頻発し、すわ富士山噴火かと、日本中が緊張した。周辺住民のご心労にお見舞い申し上げたい。

しかし気象庁は、今回の地震は富士山噴火と無関係と発表し、翌日は余震も無かったため、ひとまず安心といった空気がただよっている。

私はもとより、火山や地震の専門家でも何でもないから、今回の地震と富士山噴火の因果など、全く分からない。

しかし、私が火山や地震のことを何も知らないのと同じくらい、富士山が噴火しないという政府発表が信用ならないことは、確かなことだと思う。

なぜなら、原発事故をめぐる政府の一連の対応で明らかになったことは、

政府は、パニックの回避を最優先する

という行動原理だからである。

火山の爆発は、ある意味で、原発事故に似ている。

マグマだまり周辺での地震が頻発し、地面が隆起し、ガスが噴出すれば、気象庁でなくても、爆発が近いことくらい分かる。原子炉格納容器の温度と圧力が上昇し、原子炉建屋内に水素が噴出すれば、素人でも、爆発が近いことくらい分かるのと同じだ。だが、これらの異常には程度があり、爆発が、いつ、どのような形で起きるかを正確に予測することは極めて困難だし、ましてや、その影響が、どの程度の規模と時間で、どの範囲に及ぶかなど、正確に予測することは無理だ。

もちろん、爆発する日時場所と規模影響が100%確実に予測されたなら、政府も公表に躊躇しないだろう。だが、多くの予兆は、とても曖昧な形で現れる。問題は、五分五分のときに、公表するか否かだ。

人命と健康を最優先するなら、五分五分でも公表すべし、という考え方もある。だが、公表する以上はパニックが起きるリスクがあるし、時としてパニックは、災害より多くの人命を奪う。人命が失われたうえに、「結果的に誤報でした、仕方ないです五分五分だから」では済まない。必ず責任問題になる。他方、五分五分のとき公表せず、結果的に災害がおきて人命が失われたとしても、責任問題にはならない。「予測できませんでした残念ですがこれが科学の限界です」で済む。すなわち、五分五分のときに公表しないことは、政府担当者にとって合理的行動なのである。同じことは、六分四分、七分三分までは確実にいえる。日本の場合、八分二分でも、政府は、パニックの回避を優先するような気がする。いいかえれば、不確実な情報を公表してパニックを起こすより、公表せず被害が出る方を選ぶのだ。原発事故の直後、最悪のシミュレーションを政府が黙殺したことも、同じ行動原理から説明できるし、この判断は、結果的には正しかったという見方もできる。

したがって、政府が「富士山が噴火します」と言うときは、100%信用できるが、「富士山は噴火しません」と言うときは、信用ならない。もちろん、信用ならないということは、「噴火する」ことを意味しない。「噴火しないとはいえない」と言えるだけだ。

じゃあどうすれば良いかって?このサイトを見て、自分で判断するしかないのである。

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2012年1月30日 (月)

教育とeducateの差

以前のブログで、「法科大学院の本質は教育ではない、選抜だ」と書いたら、「法科大学院は(法学)未修者の教育が前提となっている」との反論コメントをいただいた。

このコメントは、とても大きな、そして、結構流布している誤解に基づいている。それは、高等(専門)教育の本質に関する誤解だ。コメントに即していいかえると、「大学法学部の卒業生でなくても、法科大学院で『教育』を施せば、法曹としての専門知識や技術が身につく」という誤解である。もちろん、例外的に「身につく人」もいる。だが原則は、「身につか」ないし、「身につくわけが」ない。驚くべきことに、法科大学院すら、この誤解に基づいて制度設計されている。この誤解の責任は、「教育」という言葉にあるように思われる。

「教育」すなわち「教え育む」とは、改めて眺めると、ずいぶん上から目線の言葉だと思う。『大辞林』には、「他人に対して、意図的に働きかけることによって、その人間を望ましい方向へ変化させること」とある。中身にかかわらず、教育を施せば、「望ましい方向へ変化させること」ができると、の自信が窺える。

だが、こういう意味の「教育」が可能なのは、せいぜい初等・中等教育までだ。人間の能力は両親のDNAと幼少年期の環境に大きく依存し、どんな分野の才能でも20歳ころまでに出尽くしている。才能のない人間に、どれほど教育を施したところで、「望ましい方向へ変化させる」ことなどできない。だから、高等(専門)教育機関の本質的な役割は、試験によって、才能を選抜することだ。法科大学院も、司法研修所も、例外ではない。法律実務家などというニッチな才能がなくても、劣っていることでも何でもない。他の才能を生かせる世界は、いくらでもある。罪なのは、才能がない人に、教育で何とかなると誤信させ、他の才能を生かすチャンスを奪うことだ。

法科大学院制度は、大学法学部出身者のための2年の「(法学)既習コース」のほかに、3年の「未修コース」をもうけている。これは、大学で法学を学ばなくても、1年間余計に「教育」すれば、既習者と同程度の司法試験受験レベルに「変化させることができる」ことを前提にしている。だが、もともと法律学を修める才能がなく、あるいは、まだ頭が柔らかい20歳前後に法律学の基本を学んでいない者が、1年やそこらで、法学既習者と同レベルに達するのは、とても難しい。未修者より既習者の司法試験合格率が高いのは、当たり前のことであり、教育でその差を埋めることなど、できない。

このことを、一番よく分かっているのは、現場の教員であり、文科省だ。それにもかかわらず彼らは、才能も経験もない人間から数百万円の学費を取り、数年間拘束して、他の才能を生かすチャンスを奪う仕組みを作り上げた。そこに、現行法科大学院制度の罪深さがある。そして、この罪深さは、源流を辿れば、「教育」という言葉の持つ、間違った認識にある。

調べてみると、educateという英語は、「導者」を意味するラテン語duceに、outを意味する接頭語eと、動詞化する接尾語ateを加えたe+duce+ateからなり、語源的には、「優れた何かを導き出す」という意味だ。だからeducateは、持たざる者から引き出すことはできない、という諦観に基づいている。

高等(専門)教育の本質には、日本語より、英語の方がふさわしいと思う。

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2012年1月27日 (金)

大動脈解離顛末記(5)  〈食事中は読まないでください〉

大動脈解離の直接の原因は、血管内膜の傷と高血圧とされている。血管内膜に傷があると、血流が中膜に進入する。そのうえ血圧が高くて中膜が弱いと、血流が中膜を破りつつ、外膜と内膜の間をこじ開けて進む。さらにその原因としては、加齢のほか、酒・煙草、ストレス、高脂血症などがある。ある種の血管の病気は、内膜を弱くする。大動脈解離には遺伝的要因もあるらしく、血管・心臓系の病気で早死にした親戚がいれば要注意とのこと。医師との雑談によれば、ある人種、ある種の体型、ある種の手指の形をした人間には大動脈解離発生の確率が高いのだそうだ。非常に興味深い話だったが、不正確ではいけないので、ここには書かない。若い女性には少ない。これは女性の方が出産時の高血圧に備え、血管が丈夫にできているかららしい。若い女性の体は、だいたいにおいて男性より頑丈だ。

動きとしては、体幹をねじる動きが、一番悪いらしい。二重構造のホースを渡されて、「指や物を突っ込まずに、外膜と内膜の間に隙間を作ってください」と言われたら、たいていの人は、ホースを捻るだろう。自動車の運転席から振り返って後部座先の荷物を取ろうとするときに、大動脈解離が発生した事例は多いという。

私の唯一の運動と言えばゴルフだが、ゴルフも、体幹を捻るから良くない、と言われた。ゴルフをしない方も、石川遼の体のねじりを見れば、納得されるだろう。私もいったんは納得したが、その後、「そもそも自分のゴルフは体幹を捻っていたのか?」という根本的な疑問がわいた。素人ゴルファーは、体幹をひねる動きより、体を右から左に振る(スウェー)動きによってクラブを振るからだ。

大動脈解離になった有名人としては石原裕次郎〈1981〉、加藤茶〈2006年〉などがいる。最近では日本のキーボード奏者の草分けである深町純氏が64歳で亡くなった。

さて私であるが、48歳の「メタボ気味」中年だから、清廉潔白とはいえない。弁護士という仕事柄、ストレスも多い。8月以降週三日という出張がつづき、12月までは講演やら雑誌原稿の締め切りやら何やらを抱えて多忙だった。

他方、定期健康診断で再検査を指示されたことは一回もなかったし、動脈硬化の検査値は正常だった。もちろん体調上の前兆は一切無い。多忙とはいえ、他の弁護士と比べ、私だけが特段多忙なわけでもない。ストレスも同様だ。また、発症当時、私はトイレの個室にいたが、トイレットペーパーが信じがたい場所にあって無理に体をひねった事実もない。近親者に血管・心臓系の病気で早死にした人もいないし、統計上発症の多い体型でもない。

要するに、思い当たる節がないのである。あのときトイレの中に悪魔がいて、命を奪う相手を探していた、という話の方が、腑に落ちる。

司法研修所同期同クラス50人のうち、この20年で二人を失った。二人とも不摂生とは無縁の、健康な男だった。結局のところ、病魔が誰の命を狙い、誰の命を奪うかは、人知を越えたところにある、といわざるをえない。予防の手を尽くすに超したことはないが、悪魔がその気になれば、易々と飛び越える。

確実なのは、私の大動脈の腰のあたりに、なぜか不明ながら、弱い箇所があって、様々な要因が重なり合って破れた、ということだ。逆に言えば、ほかに弱い箇所が無かったことが、私の命を救ったともいえる。内膜から中膜に進入(エントリ)した血流は、再び内膜を破って本流に戻る。これをリエントリという。リエントリが多ければ多いほど、また、リエントリが心臓に近いほど、事態は深刻になる。

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2012年1月25日 (水)

減少する弁護士会法律相談を分析してみる

大阪弁護士会法律相談センターの相談件数が減っている。

原因を探るために、内訳を見てみよう。

まず表1は、弁護士会で行われる法律相談を、相談所毎にグラフ化したものだが、大阪市の中心部にある本会館での相談件数が抜きんでて多く、また、減少傾向が著しいことが分かる。弁護士会は、平成12年度以降、地方都市に衛星法律相談所を設置しているが、どれも絶対数において僅少であり、設置後23年でピークを迎え、その後漸減傾向にある点で変わらない。唯一の例外は、家庭裁判所の至近にある谷町センターの相談件数が伸びている点だが、これは、平成21年度以降、受け付ける相談の種類を家事のみから法律相談一般に拡張したためだから、あまり参考にならない。
これは大阪という人口密集地の特色かもしれないが、周辺地域に法律相談所を設置しても、全体の法律件数は伸びないことが分かる。

次に相談内容ごとに分類してみたのが表2だ。

最も目立つのが、「一般」相談件数の激減であり、平成18年度以降、ほぼ半減している。減少分の一部には、分類方法の変更により、他科目に移動したものが含まれると思われるが、この点を除けば、減少に最も影響を与えたのは、平成1810月の法テラス業務開始と推測される。

サラ金相談は、平成1415年がピークで、その後平成19年、20年に持ち直したが、平成21年以降激減している。これは、過払いの法律相談が、大規模広告を打つ弁護士や司法書士に奪われたためだろう。

一方、「その他」が平成19年から平成20年にかけて延びているので、その内訳を表示したのが表3である。
これによると、「労働」相談件数が、急激な伸びの原因であることが分かる。これは、不況と、非正規雇用問題の表面化という世相を反映してのことと思われる。

法律相談件数が今後上昇することを示唆する指標はない。むしろ、法テラスが今後資力要件を外せば、弁護士会の法律相談件数は致命的な影響を受ける可能性がある。

また、橋下大阪市長は、知事時代と同様、市の弁護士会に対する法律相談委託料を削減ないし廃止するだろう。大阪市だけなら年2~3000万円の話だが、もし、他市が追随すれば、年1億円程度の減収となる。そうなれば、大阪弁護士会法律相談センターの赤字は、年2億5000万円を超えるだろう。

以上要するに、大阪弁護士会の法律相談センターは、事業としては、成立し得なくなってきているのだ。(続く)

Soudansho

Naiyougoto

Sonotanouchiwake

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2012年1月23日 (月)

今後の日弁連に対する若手弁護士有志からの提言

標記の提言が、ちょっと話題になっているので読んでみた。

「我々は,何のために弁護士になったのだろうか」

で始まり、

「弁護士業界を希望と浪漫あふれる業界に」

「社会の隅々に法の支配を浸透させ,今後の日本の復興・成長に寄り添う」

等と決意が語られる文章は、大要、次の5つの提言を掲げている。

1.   日弁連の会計の見直し

2.   日弁連会費の減額

3.   (日弁連による)研修や業務インフラの提供

4.   日弁連会長被選挙資格制限(登録期間10年)の撤廃

5.   法科大学院制度の存続と改革

世話人一覧の最初に名前の出てくる小島秀一弁護士が、有志の筆頭なのだろう。同弁護士は新61期だから登録4年目に入ったところ。平成2112月当時は民主党の仙谷由人衆議院議員政策秘書だったが、現在は、法律事務所東京法務コンサルタントに所属している。同事務所の代表である仙谷勇人司法書士は、仙谷議員のご長男のようだ。

感想だが、まず、若手弁護士が集い、弁護士や司法のあり方について議論をたたかわせ、決意を語ることは、とても良いことだと思う。

ただ、「弁護士業界を希望と浪漫あふれる業界に」と言う割に、提言が会費減額や研修の充実では、いささか落差がありすぎじゃないだろうか。世界人類の幸福を論じながら、今夜のおかずは肉を増やしてと要求しているように聞こえてしまう。また、「日本の復興・成長に寄り添う」と言っているのに、対応する提言がない。

会費の減額や研修の充実が、若手弁護士の切実な要求であることは、とてもよく分かる。法科大学院出身であるだけで、色眼鏡で見られる屈辱にも同情する。だが、身近な要求はとりあえず横に置いて、大きな夢を語ってほしいなあ。司法とは何か。「日本国において弁護士が名誉ある地位を占めるために」若手弁護士は何をすべきか。青臭いと嗤うなかれ。青臭い議論は若手の特権なのだから。辰年にふさわしく、竜頭竜尾で行ってほしい。

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2012年1月18日 (水)

大阪弁護士会の法律相談件数等の推移

大阪弁護士会の法律相談センター特別会計の赤字が拡大している。
平成18年度に4200万円だった赤字が、平成22年度には3倍に拡大し、平成23年度には15000万円を超える見通しだ。
その原因の第一は、相談件数の減少にある。
弁護士会館及び自治体で行われる法律相談件数は、平成10年度の68千件から平成14年度の82千件まで増えた後に漸減し続け、平成22年度は63千件だ。
その内訳を見ると弁護士会館での相談件数も、自治体での相談件数も、平成15年以降は、同じように減っている。

一般市民にやや興味深いと思われるのは、受任件数との関係だ。受任件数とは、法律相談に来た市民が弁護士に代理業務を依頼する件数をいうが、自治体での相談件数の方が、弁護士会館での相談件数の倍あるにもかかわらず、受任件数は、弁護士会館がずっと多い。
割合で言うと、弁護士会館での受任率は、相談件数の20%程度だが、自治体での受任率は、5%程度だ。

その理由は、相談料の有無にある。弁護士会館での相談は原則有料(305250円)だが、自治体での相談は原則無料である。その結果として、自治体での相談は、まだ法的紛争といえるほど熟していないトラブルや、人生相談といった類の相談がとても多い。

いずれにせよ、弁護士会館での相談件数も、自治体での相談件数も、ともに減っているということは、相談料の有料無料は、相談件数の増減にはあまり関与していないことを意味する。(続く)

Soudankensuu

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2012年1月16日 (月)

日弁連が法務省・裁判所の「天下り先」を提供へ

日弁連(日本弁護士連合会)は15日、日弁連と全国の弁護士会に「監事」職を設けると発表した。監事の数は1弁護士会平均2名で、副会長と同等の給与が弁護士会から支給される。全国で100以上誕生するポストには、法務省と裁判官OBの就任が内定している。

監事ポストを設けた理由は、「第三者の意見を容れて、弁護士会運営の健全さを確保し、人権と社会正義の実現という使命を全うするため」(日弁連広報課)とのことだが、法務省・裁判所から見れば、立派な天下り先。しかし日弁連は、「天下り先という認識はない。しかも、監事の給料は弁護士のポケットマネー。税金の無駄遣いには一切ならない」(広報課)と強調する。

弁護士がポケットマネーをはたいてまで、法務省OBや裁判官OBを受け入れるのには裏がある、と解説する弁護士もいる。「要は法務省や裁判所と仲良くしたいということ。日弁連は東西冷戦時代以来、政府や裁判所と対決路線をとって負け続け、今や組織崩壊の危機に瀕している。天下り先を提供することで、協調路線に転換するということです」

法務省はもともと天下り先が少ない。裁判官は定年退職すれば公証人になるか弁護士になるのが一般的だったが、長引く不況で公証役場も売上が落ち、しかも裁判官増員の影響で公証人ポストが不足している。弁護士では食えないから裁判官OBも行く先がない。弁護士会の「監事」ポスト創設は、法務省・裁判所と仲良くしたい日弁連と、OBの再就職先を確保したい法務省・裁判所の思惑が一致した結果だ。

実際、監事ポスト創設が議論され始めた1年前から、日弁連と政府・裁判所との「蜜月」が始まっている。昨年末には、来年度より給費制を復活させることが決まった。また、司法試験合格者数も、現在の年2000名から、段階的に年500名に減らす方向で調整が進んでいる。

弁護士会内にも異論はある。高山虎吉弁護士は、「法務省・裁判所OBに弁護士会役員ポストを提供するなんて、弁護士自治の終わりだ。日弁連は悪魔に魂を売った」と嘆く。だが、多くの若手弁護士は、「弁護士は増えすぎて、食うのが精一杯。監事の給料を負担するくらいで環境が劇的に改善するなら、安い買い物と歓迎している」という。

《写真=日弁連会長を表敬訪問する最高裁長官。日弁連会長室で撮影》

注;このエントリは、今のところフィクションです。実在する個人及び団体には一切関係ありません。

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2012年1月13日 (金)

大動脈解離顛末記(4)  〈食事中は読まないでください〉

東邦大学病院の救命救急センターに搬送された私は、カーテンに仕切られた2畳ほどの空間で、二人の女性看護師に挟まれ、痛み止めを施されたものの、放置された。これは、尿路結石の時にも泌尿器科の看護師に放置された経験があるから、予想していた展開ではある。尿路結石は、基本的には結石が膀胱に落ちるまで、痛み止め以外に対処法がないのだ。7年前も、脂汗を流しながら散々待たされたあげく、CTスキャンを取ったときには痛みが無くなっていて、技師からも「大丈夫ですよ、膀胱に落ちましたから」と言われ、診察もなしに追い返された。「大丈夫と言ったってアナタ、膀胱に落ちた結石はどこからどうやって出るんですか?」と聞きたかったが、わかるでしょ、と鼻で笑われそうだったので、泣きそうになりながら家に帰った。気の弱い男だ。

私の両手を握って励ましてくれる女性看護師さんだが、時々、私の体越しに他の仕事の話や世間話をしている。患者にとっては命に関わる大事件でも、彼女らにはこれが日常なのだ。私も、この痛みが結石であってくれればと願い、唸りながら耐え続けていた。とはいえ痛みは激しさを増し、11月だというのに、脂汗が鼻やあごからぽたぽたとしたたり落ち、枕とシーツに大きなシミを作っていた。7年前に経験した尿路結石も痛かったが、大の男が恥も外聞もなく声を出すほどの痛みではなかった。これは尋常ではない。

しばらくして若い女医が登場し、採血すると言って腕に注射針を刺すのだが、血管が見つからないらしく、何回も何回も刺す。どうなっているのだと腕を見ると、血の気が全くなく、白蝋のように真っ白で驚いた。血管が見つからないのも仕方ないかと思うものの、注射針の痛みは、背中の痛みとは完全に独立して、神経を苛む。どーん、どーん、ちくっ、ちくっ。いい加減にしてくれ、と言おうと思って医師を見ると、すごい美人が、真剣な目つきで注射針を扱っているので、怒るに怒れない。この危急時に、やあ美人がいると感動する自分に、自分で呆れる。

どうやら、女性を美人と判定する機能というのは、男性用OSのかなり根本的なところにあり、生命の危機くらいでは停止しないらしい。しかも、マスクは女性の美貌を3割はアップする。私は痛みを紛らわすため、時々薄目をあけて、超美人女医のご尊顔を盗み見た。その後もICU(救急救命センター)で二晩を過ごす間、この病院の女医と看護師はなんと美人ばかりなのだろうという不埒な感想を、何回か持つことになった。

もっとも、数週間の入院を経て落ち着いてくると、この経験は「生命の危機にもかかわらず働く基本的なプログラム」の作用ではなく、「生命の危機にさらされたときに、女性を全員美人に見せるように働く特殊なプログラム」の作用ではなかったかという異論も発生することになったし、この種の話は戦記や安田講堂攻防史等で耳にするところである。しかし、この問題は本稿の主題ではないので、これ以上触れない。

結石であってほしいという私の願いは空振りに終わった。ようやく受けたCTスキャンでは、結石が発見されなかったのだ。

大動脈解離は、命に関わる危険な病気であるにもかかわらず、診断が難しいとされている。循環器の専門医でないと、発見が遅れる。後に医師から聞いたところでは、尿路結石と誤診されたまま亡くなる方もいるとのこと。また、ブログを探すと、誤診されたまま、徒歩で帰宅し、数日後に緊急入院した人もいる。よく助かったものだ。もちろん、帰宅させられたまま、ブログを書く機会を永久に失った人もいる。

こうしている間にも、悪魔の冷たい両手は、さらに手のひら一枚分、上に移動し、凄まじい痛みの中心は、へその背中側から、みぞおちの背中側に移った。

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2012年1月12日 (木)

日弁連会長選挙の解説と予想

111日、日弁連会長選挙が公示され、現職の宇都宮健児弁護士含む4出たそこで、ごく簡単に、この4名の立ち位置を解説したい。客観的な論述に終始するつもりだし、支持不支持は表明しないが、そこは人間、自ら限界はあるのでご容赦いただきたい。なお弁護士名を列挙するときは基本的に五十音順とした。

まず注目される点として、いわゆる「旧主流派」から、尾崎純理岸憲司2氏が出馬予定である。これは、ここ30年の流れで言うと、前回の選挙までは合同して旧主流派を形成していた左翼系(尾崎候補)とビジネス系(山岸候補)が離縁したことを意味する。

東西冷戦時代、弁護士会は左翼系が牛耳っていたが、高度経済成長に伴いビジネス系が勃興し、1980年代後半には、両者拮抗して激しく対立した。1986年(昭和61年)の日弁連会長選挙では、ビジネス系の代表であった東京の児島平候補を破り、神戸弁護士会(現兵庫県弁護士会)の北山六郎候補が勝利して「波乱」と報じられた(この分析については「日弁連はなぜ負けたのか」を参照されたい)。87年には、スパイ防止法案に対する日弁連の反対決議に対し、100人を超えるビジネス系弁護士が、弁護士会の目的を逸脱するとして提訴した。さらに、翌88年には、ビジネス系弁護士2名と左翼系弁護士の三つ巴となり、左翼系の藤井英男氏が僅差で勝利した。

しかしこれらの闘争は、対外的には弁護士会の力を弱めただけだった。1990年(平成2年)の日弁連会長選挙では、左右共同して中坊公平氏を推し、圧倒的多数で当選させた。左翼系の土屋公献会長への「揺れ戻し」もあったが、その後の日弁連会長は基本的に、左翼系とビジネス系が合同して形成した主流派から選出され、地域的には東京三会と大阪の持ち回りになっていたし、人事的には、ビジネス系の会長と、左翼系の事務総長という組み合わせが多かった。

今回、尾崎・山岸の二氏が出馬したことは、この「旧主流派」が左翼系とビジネス系に再分裂したことを意味する。ほぼ20年間同居していたため、選挙公約はとても似通っているし、多くの派閥や大手法律事務所も、様子見と再合同の可能性を見込んで両者を均等に支持している(まるで関ヶ原の戦い当時の真田家だ)から見分けにくいが、子細に見れば政策の違いはある(尾崎陣営の政策課題の最後には「憲法の維持、平和主義…核兵器の廃絶を求めます」とあるが、山岸陣営には、その種の政策課題がない)し、主だった支持者を見れば、色分けは可能だ。

政策にさほど違いがないのに、なぜ分裂したか。理由は簡単で、合同しても勝てる保証がないからだ。もともと相容れない立場が、トップ人事独占の保証があるから共闘していただけなので、宇都宮健児氏がその保証を帳消しにしてしまった今、共闘する理由がなくなったのである。

森川文人氏は、いわゆる「一条の会」からの出馬だ。「一条の会」は、歴史的には、上記の左右合同の過程で、ビジネス系と妥協することを潔しとせず、旧来の左翼系から分裂した集団と位置づけられる。この「一条の会」は、この10年近く高山俊吉氏を推していたが、今回同氏が出馬できないため、森川氏が出馬することになったのだろう。

高山俊吉氏は演説の名手であり、司法改革路線に不満を持つ若手浮動票を集約して、立候補の度に票を伸ばし,2008年選挙では旧主流派候補と拮抗するほどだった。だが今回は、森川氏の知名度の低さや、宇都宮・尾崎・森川三候補間で票の取り合いになる可能性が高く、苦戦が予想される。

さて、日弁連史上初の二期目に挑む現職の宇都宮健児氏だが、弁護士業界用語でいう「消費者系」に属する。消費者や社会的弱者などを動員した市民運動の名手であることは、昨年・一昨年の給費制運動や、さらに前の「派遣村」から明らかだ。

宇都宮候補と旧主流派の対立軸は、一見イデオロギー的に見えるが,そうではない。旧主流派との対立軸となるのは、政府(最高裁や法務省を含む)と協調路線を取るか、対決路線を取るかの違いである(もちろん、協調といい対決といっても、是々非々であることに違いはない。違いは程度問題である)宇都宮氏自身、このように述べている

「宇都宮執行部は最高裁とか国とかと緊張関係を作った、そういう批判も耳にします。でも緊張関係を作らないで日弁連の政策が実現できるのか、ということですね。司法修習生の給費制を貸与制に移行する裁判所法改正を止められなかったのは誰なのかということですね。当時、もっと最高裁や国とうまく仲良くやれていたら給費制は維持できたのか、ということなんですよ。しかし実態は、国や最高裁に押し込まれて、とうとう最後は貸与制を導入する裁判所法の改正をされてしまった。そのときに国民や市民に訴えて、しこたま闘わなかったんですね。そういうような手法で、果たして今の難局で日弁連の主張を認めさせることができるのか、と。特に予算がらみの問題は財務省を相手にしなきゃできないですから。財務省を相手に闘うっていうのは、相当、大きな運動をやらないとなかなか突破できない。だから官僚と仲良くして打開できるという手法には限界があるっていうことです。」この立場を是とするか非とするかで、旧主流派を支持するか、宇都宮氏を支持するかは分かれるのだろう。森川氏はもちろん対決路線だ。

選挙の見通しだが、現職が再出馬する以上、その評価が最大の論点となる。宇都宮氏は前回、歯切れの良い公約で大量の浮動票を獲得したが、この2年間で達成できたことは少ない。だが、給費制を初め、旧主流派の候補にできなかったことを、いくつか実現したことも事実だ。失望を取るか、期待を取るかの問題となる。特に、前回選挙で宇都宮候補を圧倒的に支持した地方単位会の動向が注目される。

支持者層的には、宇都宮、尾崎、森川3候補の支持者が重なり合っているため、票の奪い合いが起きるだろう。ブログを見ると、同じく旧主流派なのに、山岸氏ではなく尾崎氏に対する批判の方が多いのは、批判者が、宇都宮氏・森川氏どちらかの支持者だからだ。

組織論的には、消費者系弁護士と給費制運動のネットワークが、宇都宮候補を支持する。一方旧主流派には、派閥を通じた全国にまたがる組織票がある。だが両者にとって読み切れないのは、50期以降の浮動票の行方だ。特に、前回は地滑り的に動いた大阪の若手浮動票が、今回どう動くかが注目される。

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2012年1月11日 (水)

弁護士会相談センター会計は火の車

大阪弁護士会法律相談センターの赤字が止まらない。
平成18年度は4200万円だった赤字が、平成22年度には13800万円に拡大した。
平成23年度の赤字は、15000万円を超えると予想される。

赤字の原因は第一に、相談料収入の低下である。
大阪弁護士会の法律相談は、原則として305250円(消費税込み)だが、この有料相談の件数が減り続けている。平成23年度の相談料収入は、平成18年度の2割減だ。

赤字の第二の原因は、管理費の上昇だ。

平成23年度の管理費は36300万円。平成18年度比5割増、金額にして12000万円増である。
上昇分の大半は、職員の人件費が占めている。平成18年度の職員人件費は19000万円、これに対して平成22年度のそれは28000万円と9000万円増だ。

もっとも、平成22年度には、従前の法律相談センター会計に高齢者・障害者センター(通称「ひまわり」)と遺言・相続センター会計を合体したため、その分の赤字が積み増されているし、この分は今後特段上昇しない。

一方、負担金会費は、平成21年度に急上昇(1億→1.7億)したが、平成22年度には頭打ちになっている。負担金会費というのは、大阪弁護士会員以外の方には分かりづらいと思うが、法律相談センターから事件の紹介を受けた弁護士が、依頼者から得た報酬の7%を弁護士会に支払うお金であり、俗に「上納金」と呼ばれている。このほか、破産管財人報酬や、国選弁護報酬などにも「上納金」は発生するが、法律相談センターの紹介ではないから、法律相談センター特別会計には計上されていない。
この負担金会費収入が、平成21年度に急上昇したのは、法律相談センター会計の赤字が止まらないことに危機感を抱いた当時の執行部が、滞納負担金の回収に注力したからだ。そのための急上昇だから、今後の上昇は見込まれないし、相談件数が減っている以上、負担金会費収入も連動して減っていく。

以上要するに、大阪弁護士会の法律相談センター特別会計は、職員人件費が上昇しているのに、相談件数も負担金会費収入も減り続け、今後も減り続けるので、赤字幅は年々増大する見通し、ということになる。平成23年度も、前年同月比で見る限り、平成22年度より赤字が拡大すると見込まれている。

つまり、弁護士会が何か手を打たない限り、赤字は増え続けるし、23年後には、2億円を超える。(続く)

Soudancenter

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2012年1月10日 (火)

「クラウド」普及に法的課題?(その2)

19日の日経朝刊は、クラウドサービスが外為法の特定技術情報規制に抵触する場合がありうるとして、つぎの「経産省安全保障貿易管理課のコメント」を掲載した。

「外国にあるサーバーで管理する情報が、原子力や武器などの外為法の規制対象技術である場合でも、暗号などを用いて実質的に外国のサーバー運営会社が入手できないようにしてあれば(経産省の)許可は不要」。

これは間違いだ。しかも、二重、三重に間違っている。

第一に、「特定技術でも、暗号化していれば許可は不要」というのが経産相の公式見解であるとすれば、大問題だと思う。暗号化していようがしていまいが、法の定める特定技術に該当する限り、外為法25条に違反することは明白だ。

第二に、サーバーに情報を記録する行為が、外為法の規制する「取引」に当たるとする解釈も間違いだ。レンタルサーバーというのは、たとえるなら賃貸マンションのようなものであって、店子は賃借部分を契約の範囲内で自由に使えるし、大屋は賃貸部分に勝手に立ち入ったり、使用したりすることはできない。日本から中国内に借りている自分の部屋宛に荷物を送ったところで、その荷物を受け取るのは自分自身であって大屋ではない。同じように、サーバーに情報を記録しても、その情報をサーバー運営会社は見られないのだから、外為法の定める「取引」には当たらない。要するにサーバーに情報を記録する行為は、同一法人内での情報処理に過ぎないのだ。万一、サーバーの運営会社が、契約違反を犯して記録情報を読み取ったとしても、それは情報を書き込んだ者との合意に基づく情報の授受ではないから、やはり「取引」に当たらない。大屋が勝手に部屋に侵入して冷蔵庫の中のケーキを食べたとしても、店子との間にケーキの「取引」があったとはいえないのと同じだ。これは取引ではなく窃盗である。情報を盗まれた方は、しっかり暗号化しなかったことを非難されるかもしれないが、それは、外為法違反の問題ではない。

第三に、外国にサーバーがあったとしても、外国間で国境をまたぐ特定技術情報の授受には、原則として、外為法の適用はない。外為法は日本の法律である以上、原則として、日本国内にしか適用がないからだ。この日経記事は、日本から海外のサーバーを経由して、情報共有を行う場合を前提にした記事であることに、注意する必要がある。

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「クラウド」普及に法的課題?(その1)

201119日の日経朝刊は、標記標題で、クラウドサービスが外為法に抵触する場合もありうる、と解説した。外為法は、国際的な平和や安全の維持を妨げる可能性があるモノや技術(=特定技術)を取引する場合、経産相の許可が必要と定めている。そこで、企業がクラウドコンピュータを使って海外支店と情報共有を行う場合、技術の内容によっては、外為法に抵触しうる、という趣旨だ。「(軍事技術情報でない以上)大方の企業の情報は抵触しないと思われる。しかし経産省に問い合わせても対応がまちまちで、相談を受けた顧客に100%安全だと保証できない」という浜野敏彦弁護士のコメントも載っている。

だがこの記事とコメントは、重大な前提を見過ごしていると思う。

それは第一に、同一法人内での情報共有の場合、国境をまたいでも、外為法適用の余地はない、ということであり、第二に、自社が専有するサーバーに自社情報を保存するだけなら、そのサーバーが海外にあったとしても、外為法違反の問題は起きない、ということだ。

外為法25条は、特定技術を提供する「取引を行おうとする」「者」について、経産相の許可を受けなければならないと定めているが、この「者」は法人を含む。また、「取引」とは「提供者」と「被提供者」という二人の存在を前提にしている。したがって、同一法人内でのやりとりは、そもそも「取引」に当たらないから、外為法が適用される余地はない。このことは、国境をまたいだとしても、同じことだ。

この解釈は、経済産業省も同じと思われる。2009年11月のCISTEC JOURNAL1245ページには、「外国出張中の社員に電子メールで技術資料を送る行為は、同一組織内でのやりとりですので取引といえず、規制対象外です」とあるからだ。

だから、クラウドを使って情報共有をする場合、同一法人内である限り、日本本店と海外支店間であっても、サーバーが海外にあっても、情報内容の如何を問わず(つまり、仮にF35の設計図面であっても)、経産相の許可は不要だ。つまり情報の移転については、国境を越えるか否かは決定的な指標ではないのである。これに対して、モノの移転については、国境を越えるか否かが決定的に重要であり、海外に持ち出す場合には、自己使用目的であっても、「輸出」となるため注意が必要だ。

電子メールとクラウドは違う、という意見は、かなり初歩的なIT音痴と思う。電子メールであっても、どこかの(しかも複数の)サーバーを経由して相手に届くのだし、しかもキャッシュはサーバーに残される。そもそも「電子メールを受信する」という行為は、(海外にあるかもしれない)サーバー内の郵便受けに、メールを取りに行く行為に他ならない。そのサーバーが海外にあるときメールを送受信できないのなら、そもそも、「電子メールのやりとりは同一組織ならOK」などという見解は成立し得ない。

ややこしいのは、同一法人ではない海外子会社やグループ会社の場合である。少なくとも、別法人であっても、親会社と100%子会社との情報共有や、100%子会社同士の情報共有を、別法人であるとの理由で規制する意味は無いと思う。

しかし上記CISTEC JOURNALは、「現地法人やグループ会社などは同一組織とはみなされません」と明記している。形式論としてはその通りだが、余りに四角四面な解釈ではないだろうか。

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