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2012年1月13日 (金)

大動脈解離顛末記(4)  〈食事中は読まないでください〉

東邦大学病院の救命救急センターに搬送された私は、カーテンに仕切られた2畳ほどの空間で、二人の女性看護師に挟まれ、痛み止めを施されたものの、放置された。これは、尿路結石の時にも泌尿器科の看護師に放置された経験があるから、予想していた展開ではある。尿路結石は、基本的には結石が膀胱に落ちるまで、痛み止め以外に対処法がないのだ。7年前も、脂汗を流しながら散々待たされたあげく、CTスキャンを取ったときには痛みが無くなっていて、技師からも「大丈夫ですよ、膀胱に落ちましたから」と言われ、診察もなしに追い返された。「大丈夫と言ったってアナタ、膀胱に落ちた結石はどこからどうやって出るんですか?」と聞きたかったが、わかるでしょ、と鼻で笑われそうだったので、泣きそうになりながら家に帰った。気の弱い男だ。

私の両手を握って励ましてくれる女性看護師さんだが、時々、私の体越しに他の仕事の話や世間話をしている。患者にとっては命に関わる大事件でも、彼女らにはこれが日常なのだ。私も、この痛みが結石であってくれればと願い、唸りながら耐え続けていた。とはいえ痛みは激しさを増し、11月だというのに、脂汗が鼻やあごからぽたぽたとしたたり落ち、枕とシーツに大きなシミを作っていた。7年前に経験した尿路結石も痛かったが、大の男が恥も外聞もなく声を出すほどの痛みではなかった。これは尋常ではない。

しばらくして若い女医が登場し、採血すると言って腕に注射針を刺すのだが、血管が見つからないらしく、何回も何回も刺す。どうなっているのだと腕を見ると、血の気が全くなく、白蝋のように真っ白で驚いた。血管が見つからないのも仕方ないかと思うものの、注射針の痛みは、背中の痛みとは完全に独立して、神経を苛む。どーん、どーん、ちくっ、ちくっ。いい加減にしてくれ、と言おうと思って医師を見ると、すごい美人が、真剣な目つきで注射針を扱っているので、怒るに怒れない。この危急時に、やあ美人がいると感動する自分に、自分で呆れる。

どうやら、女性を美人と判定する機能というのは、男性用OSのかなり根本的なところにあり、生命の危機くらいでは停止しないらしい。しかも、マスクは女性の美貌を3割はアップする。私は痛みを紛らわすため、時々薄目をあけて、超美人女医のご尊顔を盗み見た。その後もICU(救急救命センター)で二晩を過ごす間、この病院の女医と看護師はなんと美人ばかりなのだろうという不埒な感想を、何回か持つことになった。

もっとも、数週間の入院を経て落ち着いてくると、この経験は「生命の危機にもかかわらず働く基本的なプログラム」の作用ではなく、「生命の危機にさらされたときに、女性を全員美人に見せるように働く特殊なプログラム」の作用ではなかったかという異論も発生することになったし、この種の話は戦記や安田講堂攻防史等で耳にするところである。しかし、この問題は本稿の主題ではないので、これ以上触れない。

結石であってほしいという私の願いは空振りに終わった。ようやく受けたCTスキャンでは、結石が発見されなかったのだ。

大動脈解離は、命に関わる危険な病気であるにもかかわらず、診断が難しいとされている。循環器の専門医でないと、発見が遅れる。後に医師から聞いたところでは、尿路結石と誤診されたまま亡くなる方もいるとのこと。また、ブログを探すと、誤診されたまま、徒歩で帰宅し、数日後に緊急入院した人もいる。よく助かったものだ。もちろん、帰宅させられたまま、ブログを書く機会を永久に失った人もいる。

こうしている間にも、悪魔の冷たい両手は、さらに手のひら一枚分、上に移動し、凄まじい痛みの中心は、へその背中側から、みぞおちの背中側に移った。

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