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2012年2月20日 (月)

「原子力損害賠償紛争解決センター」と善意の愚行

原子力損害賠償紛争解決センターでの事件処理が進まない。217日の毎日新聞によると、9月の受け付け開始から215日までの申立件数948件のうち、解決したのは5件、つまり0.5%だ。記事は、遅れの原因として、「これまでの手続きでは、東電側の消極的な姿勢が際立っていた一方、前例のない原発事故で和解を導くのに慎重にならざるをえないセンター側の事情」を挙げている。どんな理由があるにせよ、このセンターは、原発事故被害者に対する救済機関としては、失格の烙印を免れない。

本当に愚かなことだと思う。少なくとも弁護士の立場から見た場合、あまりの愚かさに、言葉もない。

私は原発事故直後から、日弁連の偉いさんに向かって、「1億円でコンピューターを買え」と言い続けたが無視された。東電に対する損害賠償請求権をもつ者は、少なく見ても数十万人に達する。この人たちが個別に訴訟を起こせば、巨大な東京地裁の庁舎をもう一つ建てても追いつかない非常事態だ。だから日弁連は、裁判所と協力して、数十万人以上の原告を複数のグループに分類し、訴訟を円滑に管理する責任があった。そのためには高価なコンピューターを購入する必要がある。そのうえで、全ての事件に、最高の弁護士と法律家、原子力発電や安全工学に関する世界最高水準の学者を投入し、可能な限り早期に、東京電力の過失の有無と因果関係の及ぶ範囲を確定させるのだ。巨額の費用が必要だが、2011年春から夏の関東・南東北の街頭に宇都宮会長以下の弁護士が立ち、東京電力に対する訴訟支援金の募金活動を行えば、数億円以上の金が、あっという間に集まっただろう。

繰り返すが、私の提案は、完全に無視された。その代わり日弁連が行ったのは、原子力損害賠償紛争解決センターの設置だった。

裁判以外に、迅速を旨とする救済機関を設けること自体には、私も反対ではない。たとえるなら、交通事故訴訟と自賠責保険の関係だ。訴訟はどうしても時間がかかるから、当面の支援を裁判外機関に委ねることは、被害者救済の視点から重要である。

この場合、救済機関に課せられた最も重大な使命は迅速性だ。端的に言えば、被害者であることと被害内容について、一応の証明があれば現金を支払い、後は、誰にいくら支払ったのかを記録すれば、それで十分である。過不足があれば、裁判所に解決させればよい。紛争の最終解決はあくまで裁判所主体で行うのが、法の支配というものだろう。

だが、役人と弁護士が作ったのは、裁判所のような緻密で慎重な紛争解決機関だった。その結果が、半年でたった0.5%の解決率だ。緻密な制度を作った結果、被害者救済がおざなりになった。馬鹿げた皮肉である。役人は、あえて救済範囲を狭めようとしているのかもしれないが(それなら是非はともかく、目的と手段は一貫している)、弁護士はそうではあるまい。そうだとするなら、原子力損害賠償紛争解決センター設立に関わった弁護士は愚かだ。ものすごく馬鹿である。しかも、善意に基づく愚行だから始末に負えない。

語弊をおそれず言うなら、今回の原発事故は、司法すなわち裁判所と日弁連が、その存在意義を国民に知らしめる、おそらく最後のチャンスだった。裁判所の及び腰と、日弁連幹部の愚かさが、このチャンスをみすみす見逃したのである。

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コメント

「このセンターは、原発事故被害者に対する救済機関としては、失格の烙印を免れない。」
と述べられておられますが、実際には「救済機関」ではなく「泣き寝入り容認・押し付け機関」になっているのではないでしょうか。私は栃木県下で受けた、観光業の風評被害の損害賠償、約600万円を東電に請求しました。東電側の(弁護士の)回答は全額否認でした。センターの担当弁護士から、いくつかの質問を受け書面で回答するように…とのことでした。回答の要領を質問したところ「自分は中立的立場なのでお答えできない・・・」との事です。考えてみれば、加害者である東電側には法律の専門家が付いていて、被害者側は素人。そこにセンターが「中立的立場で」仲介するという今の図式は明らかにおかしいです。
東電側の弁護士は当然「依頼人の利益」の為に専門知識を駆使してくるでしょう。こちらは素人論と感情論のような抗弁しかできません。仲裁の結論に不満なら弁護士を立てて・・・という道も有りますが、そんな時間的・金銭的余裕などありません。今回、3回目の抗弁書をセンターに送付しましたが、これで納得のいく結果が出なくても、これでやめます。結局は泣き寝入り・・・を覚悟しています。「善意の愚行」というより、「加害者の強弁の正当化と弱者蹂躙」ではないでしょうか。

投稿: 片瀬 裕 | 2012年3月 2日 (金) 13時27分

お気の毒としか申し上げようがありません。北関東でも弁護士が訴訟提起に向けて動き出していますし、そのような弁護団事件の場合、(たぶん)着手金は余りたくさん取らないと思います。弁護団の動きに注目されてはいかがでしょうか。

投稿: 小林正啓 | 2012年3月 2日 (金) 20時07分

・アドバイスありがとうございます。現実問題として「明日の生活」に追われて、余裕のある状況の被害者は少ないと思います。私はすでに現地を捨てて、東京に逃げてきました。しかし還暦を超えた私には選択の余地は少ないのが現実です。請求損害額の半額、否、2~3割でも取りあえず仮払いして、あとで“センター”が調整する・・・という形がとれなかったのでしょうか。
今後、調整の遅れで犠牲者が出てきたら、誰がどう責任を取るのでしょうか。
“責務・権利”が加害者:東電には有るので、電力料値上げをするそうですネ。
盗人猛々しい! 怒りを超えて悲しみを感じます。

投稿: 片瀬 裕 | 2012年3月 2日 (金) 21時51分

片瀬様、司法の一員として恥じ入るばかりです。情報提供等、お手伝いできることがあればご遠慮なくおっしゃってください。

投稿: 小林正啓 | 2012年3月 2日 (金) 22時10分

ご親切、ありがとうございます。現行のセンターの仲裁形式では、被害者側の立場からみると一方的乃至片◎落ちの感が否めません。センターの立場が“中立”という設立目的の立場は理解できますが、被害者を積極的に保護支援する体制が無いことは裁定結果に釈然としないものが残ります。いうなれば検察官(被害者側の専門家)の居ない刑事裁判のようです。センターの中立性を疑うわけでは有りませんが、素人である被害者感情としては釈然としないものが残ると思います。「結果に不満なら裁判を・・・」と云う事ではそもそもこのセンターを設立した目的にも反しますし、被害者側の多くは経済的・時間的余裕もないでしょう。(結局は泣き寝入り・・・は前述しました)
私が思うのは“センターの仲裁のポジション”を被害者側、被害者救済を前提として加害者:東電(の専門家)と交渉する“立場”に変えれば、被害者感情は(裁定結果がどうであれ)多少納得の行く度合いが高まるのではないでしょうか。例えば“相当因果関係が云々・・・”と言われても素人の私には???です。
弁明のキッカケすら解りません。国家賠償法・原発賠償法の法主旨も、極力広範囲の被害者を救済することを謳っています。センター設立の目的が膨大な原発賠償の民事訴訟の低減(防止・回避?笑)にあるのであれば尚更、センターはその仲裁の立場を“中立”から“被害者寄り”にすべきです。
経営不振を訴える東電が、自分の起こした事故の賠償交渉に弁護士を雇って(つまり金を出して)企業防衛に汲々とする姿は・・・これも「権利の行使」でしょうか。言うなれば、投入した税金・国民の金を使って被害額を減額(一私企業の企業防衛を)し、被害者の生活を日々追い込んでいるということです。
この現実をどこへ訴えたら良いのでしょうか。やはり泣き寝入りですか。
(前述のコメントと重複した内容になりました。我々被害者が東電に対していかに憤懣やる方ない心情をであるか吐露する場のようになりました。申し訳ありません。被害者(の皆さんが)いかに日々窮しているかという現実を知っていただきたく、放言させていただきました。ありがとうございました。)

投稿: 片瀬 | 2012年3月 6日 (火) 12時56分

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