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2012年3月 7日 (水)

「維新」という言葉が持つ危うさ

日本は今、20年以上続く閉塞状況にある。

閉塞状況に倦むと、日本人は「維新」と言い出す。

語源としての「維新」は、「革命」とほぼ同じ意味だが、「革命」と言わず「維新」と言うのは、「維新」には共有できる成功体験があり、共有できる偉人がいるからだ。

すなわち「明治維新」であり、「坂本龍馬」「勝海舟」「大久保利通」(以下略)である。

また、「維新」を唱える人はなぜか、偉人を輩出した時代を昭和前後で区切る傾向にある。

つまり、「維新」を唱える日本人はこう言っている。「明治・大正に比べ、昭和・平成の日本人は何と不甲斐ない。明治の偉人を見習い、明治の成功を再現しよう」と。

一種の「司馬史観」と言っていいかもしれない。

私は、明治・大正に政治的傑物がいたことを否定はしない。だが、昭和・平成には人物がいない、という見解には賛成できない。なにより、たった百年の間に、人間としての資質ががらっと変わってしまうなんて、生物学的にも統計学的にも信じがたい。

昭和・平成にも偉人はいた(いる)はずだ。我々が知らないだけだ。

目の前にいる(いた)人物に範を求めず、いたずらに明治の偉人と偉業を讃えるなら、懐古趣味と揶揄されても仕方あるまい。

そのうえ、「維新」には、懐古趣味にとどまらない、危険な歴史がある。

昭和5年(1930年)ころ、政争を繰り返す国会や、国際的に弱腰の姿勢を取る政府に反発して、「昭和維新」を唱えた人たちがいた。

かれらは、現状に対する不満を爆発させ、犬飼毅を初めとするリーダーを多数殺害した。

そして驚くべきことに、そのあと何をするか、何も考えていなかったのである。

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