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2012年6月29日 (金)

「日本はフランス並みの株主代表訴訟件数を目指すべき」

株主総会の集中日、驚くべき情報が入ってきた。日弁連は、上場会社の株式を1株ずつ購入しており、将来、すべての上場会社の株主になるという。

日弁連の山串会長に話を聞いた。

―噂は本当ですか

「本当です。会社によっては1単位株といって、1000株を買うこともあります。要するに、株主総会に出席したり、議決権を行使したりする最低限の株を買っています」

―株を買って何をするのですか

「もちろん、株主として行動します。来年6月には、千社の株主総会に、弁護士が出席することになります」

―すると千人の弁護士が必要ではありませんか

「当然です。一社につき、若手弁護士を一人、担当させます。この弁護士には、先輩弁護士の監督の下、担当する会社の業務全般を調査し、レポートを書いてもらいます。毎年株主総会に出席し、質問もします。不祥事や違法行為、コンプライアンス違反があれば、株主を代表して責任を追及します」

―株主代表訴訟を起こすのですか

「必要があれば、訴訟提起もありえます」

―何のために、そんなことをするのですか

「法の支配を、株式会社と株式市場に及ぼすためです。司法制度改革から10年以上経ちますが、企業のコンプライアンスは遅々として向上しません。外国人投資家から見ても、日本の株式市場は不透明なままです。一方で、多くの弁護士が養成されたにもかかわらず、就職難と仕事不足にあえいでいます。今回の試みは、若手弁護士にとって、経験を積む良い機会であり、大きなチャンスであると同時に、企業コンプライアンスの向上につながるでしょう」

―経済界には反発も強いようですが

「経済界も支持した司法改革は、企業内弁護士の増加を想定していました。しかし、企業内弁護士の増加は、期待よりかなり少ない。その原因には、コストの問題もあると思われます。今回の試みによって、企業はコストをかけずに内部統制を実現できるのですから、歓迎されるに違いありません」

―若い弁護士に企業を調べさせたところで、何もできないだろうという意見もあります

「必要があれば、公認会計士への協力要請や、少数株主権行使のための株の買い増しも予定しています。しかし何より重要なのは、会社内外からの情報提供です。日弁連では、匿名の通報窓口を設けました。是非ご連絡下さい」

―つまり日弁連は、内部通報を集めて、株主代表訴訟を起こすため、株を買い集めているわけですが、国民の理解が得られるのでしょうか

「日本の上場会社数は4000社近いのに、株主代表訴訟件数は年間数十件です。これは異常に少ない。日本は、フランス並みの弁護士数を目指しているのですから、株主代表訴訟件数も、せめてフランス並みを目指すべきだと考えます。それが弁護士に課された国民の負託と受け止めています」

このエントリはフィクションです。実在の団体や個人とは一切関係ありませんが、このアイデアを支持する方の拡散を希望します。

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2012年6月27日 (水)

LAST SAMURAIとFIRST JUDGE

「判事らは司法の独立を訴え、自らの良心、正義感を貫こうとしたとみられる。行政権が強く、司法権が形骸化していた明治初期に三権分立の意識が生まれていたことを示す貴重な史料だ」

625日の日本経済新聞が紹介するコメントは、早稲田大学の島善高教授(日本法制史)のもの。西南戦争のさなか、鹿児島県裁判所の判事7名が明治天皇に宛てた、停戦と裁判による解決を求める上奏文が発見されたというニュースに対するコメントだ。

報道によると、田原坂の激戦開始前日の明治10年(1877年)33日付で書かれた上奏文は、西郷隆盛が兵を率いて上京する目的は、政府密偵によるともいわれる「西郷隆盛暗殺計画」の真相を質すためであるから、停戦して裁判で真実を明らかにすべきだと、死を覚悟して訴えているという。

なるほど、貴重な歴史的資料なのだろう。だが、島教授がコメントするような、「司法の独立」や「三権分立の意識」の問題なのだろうか。

日本の近代司法制度がいつからどのように始まったのだろう。東京市の南町奉行所後に「市政裁判所」が置かれたのは1868年(明治元年)だが、鹿児島に裁判所が置かれたのはその後だろうし、司法省が設置され江藤新平が初代司法卿に就任したのは上奏文の僅か6年前、1871年(明治3年)のことだ。起案した判事の年齢は不明だが、30歳とすれば安政3年の生まれであり、士族であろうことに照らしても、こんな「江戸世代」の侍に「司法の独立」や「三権分立の意識」があったとは思われない。

一方、明治憲法の発布は1889年(明治22年)であり、司法権の独立の萌芽とも言われる裁判所構成法の交付は1890年(明治23年)だ。日本史上「司法権の独立」が明確に自覚される大津事件は1891年(明治24年)。自由民権運動は明治7年(1875年)に始まったとも言われているが、西南戦争当時、鹿児島県にその波が押し寄せていたとは思われない。要するに、明治10年という時代は、近代日本の諸制度が混乱しながら始動しだした揺籃期であり、鹿児島に、「司法の独立」だの「三権分立」だのという概念は、そもそも存在しなかったのではないか。

普通に考えて、この上奏文は、西郷軍が敗れることを恐れ、あるいは敗れなくても、九州南部が戦乱に巻き込まれ荒廃することを恐れた勢力による和平工作の一つと見るべきだろう。

映画「LAST SAMURAI」で、西郷隆盛をモデルにしたとも言われている勝元は、田原坂に似た風景の中で戦死する。この戦争の陰で、日本の判事が和平工作に命を賭けていたとすれば、それで十分、いい話だと思う。

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2012年6月25日 (月)

「複数の論点」と「選挙・政党政治の限界」と「その次に来るもの」について

政治学の世界ではごく基本に属するのかもしれないが、ここ数日どうにも気になるので、結論がないまま書いておく。

いま国政の世界では、政府による二つの政治決断が問題になっている。言うまでもなく、大飯原発再稼働と、消費税増税だ。

この二つの論点について、国民はそれぞれ賛否の意見を持っている。論点相互には、一見して関連性(たとえば、『原発再稼働に賛成する人は増税に賛成する』という関連性)はない。だから、組み合わせで言うと4通りが発生する。念のため書いておくとA「原発賛成、増税賛成」B「原発賛成、増税反対」C「原発反対、増税賛成」D「原発反対、増税反対」の4通りだ。

だが、この4通りの意見を、選挙を使って国政に反映させることは、事実上不可能である。なぜなら第一に、都合よく4通りの政見を掲げる4つの政党はないし、第二に、仮に4つの政党があったとしても、どれか一つが過半数を取らない限り、連立工作が不可避となり、その過程で、原発か消費税か、どちらかの論点に関する多数派の民意が無視されてしまうからだ。つまり、上記の例で言えば、ABが連合すれば、増税の論点が無視され、CDが連合すれば、原発の論点が無視されてしまう。

もちろん、上記の4通りというのは、一番単純に考えれば、という話である。実際には、原発にしろ増税にしろ、「条件付賛成(反対)」という立場があるので、一論点につき最低3タイプ、二論点での組み合わせは9通りになってしまう。三論点になれば27通り。論点の組み合わせが増えるほど、民意と政治は断絶されていく。

大飯原発再稼働問題について、野田総理が比較的自由に動けた(国会から妨害を受けなかった)理由の一つは、多くの政党が挙党態勢を取れなかったからだと思う。つまり、政党の枠組みどおりに賛否が分かれないような論点については、政府は国民のコントロールを受けないので、自由に動けることになる。

もちろん、政治には通常、複数の論点が存在する。だが、かつて多くの場合、重要論点相互には一定の関連(たとえば、「改憲論者は外交では日米安保重視で国内政策では農業保護」)があったのだろう。だが、論点相互の関連性が薄れ、多数の組み合わせが発生すると、政党や議員は、論点ごとの民意をくみ上げることができなくなる。おそらくこの傾向は、今後強まっていくのだろう。

歴史的には政党は、特定の階級や階層・利益団体の意見を反映する機能を担ってきた。しかし、階級やイデオロギーが消滅し、国民がそれぞれに別の意見を持ちバラバラに行動するようになると、政党政治がその機能を失う、という見方ができるのかもしれない。

では、その後に来るものは何だろう。それはたとえば、一つの論点だけについて民意を代表する政党の登場であり、小泉郵政選挙で勝利した自民党や、その自民党を追い落とした民主党、今後躍進が噂される維新の会などが、これに該当する可能性がある。もう一つの可能性としては、デモの頻発だろう。デモは、個別の論点に関する民意を国政に反映させる手段として見直されるかもしれないが、同時に、政治の混乱に拍車をかけるかもしれない。

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2012年6月22日 (金)

「利権狙い」と批判することについて

日弁連が法科大学院制度を推進した目的は、「法科大学院に絡む弁護士会の利権獲得を目的にしていた」とする黒猫氏の意見に対する反論「地獄への道は善意で敷き詰められている」に対して、黒猫氏からご反をいただいた。

反論をいただいたのは大変ありがたいのだが、法科大学院制度設立「前」に、これを推進した理由と、制度設立「後」の今、法科大学院制度に固執する理由とがごちゃ混ぜになっていて、分かりにくい。「法科大学院制度を推進した目的」とある以上、制度設立前の話かと思っていたのだが、そうでもないらしい。だがこの二つは、区別するべきだと思う。たとえは悪いが、結婚する理由と、結婚後も配偶者が好きな理由は、違うこともある。

冗談はさておき、「法科大学院制度設立前」、これを推進した弁護士が、法科大学院における教授等の地位という「利権」獲得を目的としていたか否かは、検証可能だから、是非研究していただきたい。当時の推進論者の主張等と、その後の経歴をつき合わせてみれば良いのだ。例えば中坊公平氏はどうか。宮本康昭弁護士は、2004年に東京経済大学経済大学法学部教授に就任し、2年で退職しているが、この「利権」が目的で司法改革の旗振り役を担ったのか。後藤富士子弁護士は法科大学院に務めていない(と思う)がどうか。斎藤浩弁護士が、「立命館大学法科大学院教授という利権」を獲得する目的で法科大学院制度を推進したかは、当時彼が記した多数の論文を読めば想像がつくはずだし、その地位が、彼のキャリアに照らして「利権」に値するか否かも、少し調べれば分かることだ。ちなみに、同じ立命館大学法科大学院教授である森下弘弁護士は、司法制度改革全般に批判的な意見を述べ続けていたが、黒猫氏の立場からは、なぜ法科大学院教授を努めているのか。同じく愛知大学法科大学院教授の森山文昭弁護士は、「自由と正義」20007月号に、「法科大学院(ロースクール)構想の隘路」と題する論考を寄せ、ロースクール構想を拙速と厳しく批判したが、同弁護士と「利権」の関係はどうなっているのか。岡田和樹弁護士は、一橋大学法科大学院教授であり、司法制度改革反対論者を厳しく批判するが、私の知る限り、法科大学院制度創設前には、何も言っていない。同弁護士の主張に反論すべき点は多いが、少なくとも、「利権」獲得を目的に行動した証拠は見当たらない。

司法制度改革当時、法科大学院制度創設に向けて奮闘した弁護士の名前は、あらゆる資料に列挙されている。彼らの動機を「利権狙い」と批判するなら、その現在の地位と、当時の主張を突き合わせる作業を怠ってはならない。個人攻撃になると躊躇する必要はない。彼らは、歴史的批判に値する公的役割を担ったのだから。

なお、あるとき社会的に評価される仕事をした人が、その後高い地位に抜擢されたり、相応の経済的利益を得たりしたことをもって、「利権狙い」と批判することは、道理の前後が転倒した発想だ。例えば宮川光治弁護士は、最高裁判所裁判官という「利権」が目的で、司法制度改革を推進したわけではない。江川紹子氏は、後に様々な政府委員に取り立ててもらう「利権」を目当てに、オウム真理教問題と取り組んだわけではない。ある働きが、結果として栄達をもたらしたとしても、それを「利権」とは言わない。

一方、「法科大学院制度設立後の今」、制度維持を主張する弁護士の動機は、どこにあるのだろう。法科大学院の教員を務める弁護士のうち、相対多数の動機は、「仲間意識」にあると考える。彼らは要請されて法科大学院に務め、それなりの理念を持って教育に当たり、学生に情が移り、同僚の教員と理想や立場を同じくするのだから、法科大学院の利益や主張を代弁するのは自然なことだ(もちろん、それが正当か否かは別の問題である)。彼らが、立場を同じくする同僚・学生の利益や主張を代弁することを、「利権」とはいわない。それが利権なら、依頼者の利益を、金をもらって代弁する行為は何というのだろう。

もちろん、法科大学院教授という自らの地位に連綿とし、司法制度改革の意義に固執する弁護士はいるだろう。だがこの動機は普通「名誉欲」といい、「利権」とはいわない。

一弁(渋谷シビック法律事務所)と駒沢大学法科大学院との関係は、寡聞にして知らなかった。だが、「利権」の「利」は「経済的利益」の「利」である以上、この関係を「利権」と批判するなら、最低限、渋谷シビック法律事務所または所長の比佐守男弁護士が、駒沢大学からいくら貰っているかの調査が不可欠である。いずれにせよ、弁護士会が法科大学院の運営に口を出す最大の理由は、利権云々というより、実務家である弁護士が法曹を養成することこそ理想と考えているからだと思う。

私は、法科大学院制度や、その側に立つ弁護士を擁護するつもりはない。だが、彼らの行為を軽々に「利権」と批判することは、止めるべきだと思う。「利権」という言葉は、多くの場合、「レッテル」でしかない。この言葉を使って批判することは、司法制度改革に反対する弁護士を「既得権益擁護」と批判するマスコミと同レベルに、自らを貶めることだ。このやり方は、嫉妬を行動原理とする人や、ステレオタイプにしか物事を見られない人、理解力の乏しい人を説得したり、仲間内で盛り上がるためには有益だが、心ある人の支持を受けないし、何より非生産的である。なぜなら、主観的には善意で行動している人に対して、「あなたの動機は利権です」と批判したところで、全く思い当たるところのない人からは「なんのこっちゃ。馬鹿か。」と思われるだけだからである。

それから、「法曹一元」の理念は、やや本題から外れるが、日弁連のDNAに深く刻印されており、決して消えていないし、司法制度改革を推進する弁護士の中にも、反対する弁護士(例えば武本弁護士)の中にも、法曹一元の理想は残っている。ある意味恐ろしいことに、「とっくに冷めて」などいないのだ。

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2012年6月20日 (水)

外国人研究者に対する機微情報の提供について

慶應大学SFC研究所の森本正崇氏が、「大学や研究機関における機微技術管理の進展体制構築後の運用と課」と題する平易な解説文を公表している。その中に、「海外の研究機関に籍を残したまま来日し6ヶ月経過した研究者」に対する機微技術の提供について、「一律に線引きすることは困難」と述べている箇所がある(81頁)。

この部分について、法律的な見地から解説を加えておきたい。なお、本エントリでは、外為法上国外移転等が禁じられている情報を「機微情報」といい、当該研究者は機微情報の移転が禁止される「特定国」から来たものとする。

まず基本を押さえておこう。

外為法251項は、日本国内において、機微情報を、特定国の非居住者に提供することを禁止している。この「非居住者」については、外国為替法令の解釈及び運用について(昭和55年11月29日付蔵国第4672号)が、外国人については、「本邦に入国後6月以上経過するに至った者」は居住者として取り扱うと定めている。この定めに従うなら(裁判所は行政官庁の通達に拘束されないが、本エントリでこの点は措く)、在留期間が6ヶ月になれば、機微情報をいくら提供しても適法だし、6ヶ月に1日でも足りなければ違法となる。

次に、この研究者は、外国籍であっても在留中は外為法の適用を受けるから、在留中は、機微情報を特定国に提供することや、日本国内の非居住者に提供することを禁止される。もちろん、帰国した後は、どこで誰に何を提供してもよい。北朝鮮政府の幹部に、日本で覚えた長距離ミサイル部品の製造方法を伝授しても差し支えない。だが、日本滞在中はダメだ。

この二つのルールを合体させると、こういうことになる。日本の大学等研究機関は、在留6ヶ月を経過した外国人研究者に対しては、機微情報を提供してよいし、その研究者が帰国後その情報を誰に提供するかを考慮する必要は全くない。しかし他方、その研究者の在留中の行動については、配慮するべきことになる。

その配慮とは、端的に言うと、在留中に外為法違反を犯すことを知った場合には、その研究者に機微情報を提供してはいけない、ということだ。なぜなら、外為法違反の幇助犯になってしまうからである。

注意する必要があるのは、その研究者が外為法違反を犯すことを知っていることは、その研究者自身は知らなくてもよい、という点である。なぜなら、幇助犯は、正犯(主犯)が助けられていることを知らなくても成立するからだ(これを片面的幇助犯という)。

では、どのような場合に、「その研究者が外為法違反を犯すことを知った」というべきなのだろうか。たとえば、イラン国籍の研究者は、あるいはイランの核関連企業から来た研究者は、それだけで、外為法違反を犯すとみなすべきなのだろうか。

もちろん、その必要はない。大学等研究機関としては、その研究者に対して、在留中は外為法違反を犯さないよう教育し、その旨の念書を取る程度までは行うべきかもしれないが、やるべきことをやったら、後は具体的な違反の事実なりその兆候なりが判明しない限り、違法行為を行っていないと信頼してよい。なぜなら、研究者同士の信頼関係は、大学等研究機関における活動の根本だからである。

悪意を胸の奥底に秘した外国人研究者がわが国の研究機関の門をたたくことはあるかもしれない。だが、それを防ぐのは国家の責任であって、研究機関の責任ではない。

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2012年6月18日 (月)

オウム特別手配犯写真雑感

3人のオウム特別手配犯が逮捕されたが、3人とも、手配写真とはほど遠い容貌だった。通報を受けて「似てるけど違うよ」と言ったという警察官も情けないが、いいかえれば、それほど人間の能力は頼りない、ということだ。本件では3人とも素直に同一性を認めたが、本人性をあくまで否定した場合、刑事手続上は、指紋等で特定しなければならなくなる。

人間の画像認識能力は、人の顔面を読み取る能力が、とてもチューンアップされている。天井の木目に人の顔を見いだしたり、心霊写真と大騒ぎしたりするのも、この能力のなせる技だ(ごくまれに、本物の幽霊が写っていることはあるとしても)。集合写真から友人を見つけ出し、親子の似ているところを探し出す能力にも長けている。家族であれば、コンマ数ミリの表情筋の変化も読み取る。これは、人類が極めて社会性の強い動物であることから、敵味方を判別し、集団内の密接なコミュニケーションを取るために、身につけていった能力なのだろう。

だが、手配写真との同一性や、17年間の容貌の変化を読み取る能力はないらしい。考えてみれば当たり前の話で、この種の能力は、人類進化の歴史上、必要ではなかったのだ。

司法修習生のころ、覚せい剤使用の現行犯で逮捕されたイラン人の刑事事件を見学したことがあった。被疑者はパスポートを所持し、自分だと申し立てたが、本人とは似ても似つかない写真だったため、氏名不詳で起訴されてしまった。だが、逮捕当時は覚せい剤の使いすぎでガリガリに痩せていた被告は、拘置所で「健康的」な生活を送った結果、みるみる太って、パスポートの写真にどんどん似ていき、公判廷では誰が見ても、パスポートの写真そのままだった。

ところで、Googleの提供するPICASAという無料の画像整理ソフトは、ハードディスクから顔画像を探し出し、名前が分かる顔画像には名前をタグづけし、分からない画像には候補を添えて尋ねてくる。この機能が秀逸で、親子兄弟親戚という、「血の濃さ」にそった優先順位をつけてくる。

今、PanasonicOMRONNEC等、防犯カメラの画像処理を手がける各メーカーは、顔画像の特定技術にしのぎを削っている。特に重要視されているのは、変装しても、長年月を経ても、本人を特定する技術だ。例えば画像から頭蓋骨の骨格を割り出し、類似性を判別する技術は、人間の能力を遙かに上回る。

何かと問題が指摘される防犯カメラだが、この種の技術は伸ばしていくべきだと思う。

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2012年6月15日 (金)

大阪に巨大法律事務所誕生

大阪の大手法律事務所とされる大淀(おおよど)・橋屋浜(はしやはま)・堂北橋(どうほくばし)・江御筋(こうごすじ)法律事務所は平成26年6月15日、共同記者会見を開き、来月1日をもって合併すると発表した。

事務所名は「弁護士法人大淀橋屋浜堂北橋江御筋法律事務所」となり、所属弁護士200名を超える巨大法律事務所が誕生する。東京事務所も統一し、支店の全国・海外展開も目指すという。

きっかけとなったのは一昨年、東京の大手法律事務所が大阪・名古屋に進出したこと。初年度こそ弁護士数名規模だったが、翌年には100名を超える弁護士が移籍し、大阪駅ビルの2フロアを借り切って、大阪で一番の巨大事務所になった。

これに危機感を抱いたのが地元大阪の大手法律事務所。大手とはいえ所属弁護士数は100名以下で、500名を超える東京の巨大事務所とは比べものにならない。従来から東京支店や海外支店を作るなどして対抗してきたが、東京の大手事務所の大阪進出によって、顧客の大半を奪われるおそれがでてきた。「東京本店から見れば、大阪支店も同じ法律事務所に依頼した方が断然便利」(東京の大手法律事務所)だからだ。

大阪弁護士会のある幹部は、「東京の大手事務所が(大阪に)進出してきたのは、未開拓の市場があるからではなく、東京の市場を食い尽くしたから。だが大阪は、東京よりも弁護士が余っている。企業顧客の争奪と業界再編が始まる。真っ先に淘汰されるのは、東京支店のない、中規模事務所だろう」と語った。

日弁連評論家の小林正啓弁護士「事務所名が覚えられないので、コメントは勘弁して下さい」

このエントリはフィクションです。実在する団体又は個人と一切関係ありません。

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2012年6月14日 (木)

地獄への道は善意で敷き詰められている

黒猫氏のブログは大変切り口鋭く、よく参考にさせてもらっているが、6月12日のエントリ「法科大学院構想はきちんと『失敗』に終わるのか?」には異論がある。

このエントリは、「法科大学院構想に関与した諸勢力は、どのような構想なり思惑なりがあったのか」という疑問から、法科大学院関係者、経済界、官僚、日弁連、マスコミについて、その動機を推測している。

なるほどとうなずく記載もあるが、日弁連の動機に関する黒猫氏の推測は、間違いだ。

この点について黒猫氏は、「最も有力な見解は、法科大学院に絡む弁護士会の利権獲得を目的にしていたという考え方です」と紹介し、「日弁連や各弁護士会の執行部に属する会員の多くが『法科大学院教授』の仕事と肩書きを手に入れ、弁護士会と提携する一部の法科大学院に対しては強大な影響力を獲得することに成功しました」と指摘する。そして、大阪弁護士会の「執行部では、法科大学院導入によって生じたメリットについて、堂々と『多くの法曹実務家が、法曹養成課程に関与できるようになった』と説明して」おり、関与できることになったことそれ自体がメリットだという以上、「利権獲得自体が法科大学院導入の目的であったと正面から認めていると解するしかない」と結論づけている。

だが、「日弁連や各弁護士会の執行部に属する会員の多くが『法科大学院教授』の仕事と肩書きを手に入れ」たとの指摘には全く根拠がない。まず、法科大学院教授になった弁護士が、「日弁連や各弁護士会の執行部に属する会員の多く」であることの証明ができない(というか、実感として、そうでない弁護士も多い)。また、「弁護士会と提携する一部の法科大学院に対しては強大な影響力を獲得することに成功」したというが、これも証明できない。もしかしたら「提携する一部の法科大学院」は大宮法科大学院を指すのかもしれないが、仮にそうなら、結果的に失敗したことになる筈だ。

最大の欠点は、ここでいう「利権」の検討が足りない、という点だ。黒猫氏は文脈上、「多くの弁護士が『法科大学院教授』の仕事と肩書きを手に入れた」ことが利権だと言いたいようだが、「法科大学院教授」(教授に限らず教員全部を含めてもよい)の肩書きを手に入れた弁護士が「多い」かどうかはさておき、「手に入れた」弁護士の大部分にとって、その肩書きは利権でも何でもなく、膨大な時間と労力を要する赤字仕事であり、百歩譲っても名誉職に過ぎない。赤字仕事が「利権」なら、国選弁護事件も法テラス事件も「利権」になってしまう。「利権」は普通、こういう意味には使わない。

他人が何かに固執していて、固執する理由がよく分からないとき、「きっと甘い汁が吸えるからだ」と推測することは、嫉妬のなせる技であり、マスコミが弁護士(会)を批判する際、よく使う手口だ。曰く「弁護士が司法改革に反対するのは、既得権益擁護」。日弁連(主流派)が法科大学院構想に固執し擁護する理由がよく分からないからといって、「きっとそこに利権があるからだ」と推測するのは、マスコミを動かす嫉妬の論理と同レベルでしかない。気にくわない相手がいるとき、そいつは利権を貪る悪代官に等しいと考えることは楽だ。だが人間というものは、案外、利権や悪意で行動しないものだし、組織で行動するときは、なおさらである。

では、なぜ日弁連は法科大学院構想を推進し、今なお固執し、擁護し、「法曹養成に関与できるようになった」ことを成果と主張するのだろう。それは、日弁連にとって、法曹を自らの手で養成することが悲願だったからである。

戦前、検事・判事より下位の職業とされ、資格試験や研修制度で差別を受け続けた弁護士(会)にとって、判事・検事と同列に立つことは悲願だった。戦後、統一修習が導入されたものの、司法研修所は最高裁判所の管轄とされ、裁判実務を中心とする教育が行われたことは、弁護士会からみて打倒すべきことだった。弁護士会が理想としたのは、弁護士会が法廷弁護士を養成する、かつての英国の制度だが、現代日本に導入することは現実的ではない。そのため弁護士会は、1998年に「ふってわいた」法科大学院構想に飛びつき、熱狂したのだ。

法曹養成を弁護士自らの手で行い、法曹は全て、まず弁護士になり、そこから判事・検事が選抜されていくという法曹一元が、法科大学院構想と密接に結びついているのはそのためだし、法科大学院構想主張者が司法研修所不要論を唱えるのは、その思想的系譜を辿れば当然の成り行きである。この考え方からすれば、弁護士が司法研修所を離れ、法曹養成に関われるようになったことそれ自体が、成果に他ならない。

「分かった、分かった。そうだとしよう」と、黒猫氏をはじめ読者はこう言うだろう。「だが、弁護士会が法曹一元を目指して法科大学院制度を推進して、それで一体、弁護士会の誰が何の得をするのか?」。

答えはこうだ。弁護士の誰も得をしないのである。法科大学院構想を推進した弁護士たちは、自分たちが何かの利得を得ようと思ってやったわけではない。かれらが法科大学院構想を推進し、法曹一元を実現しようとしたのは、それが実現すれば、ニッポンという国がよくなると信じたからである。官僚裁判官や官僚検事に司法を牛耳らせているうちは、日本は良くならないと信じたからである。

言うまでもなく、これは革命思想である。革命思想だからこそ、団塊の世代の弁護士を熱狂させたのだ。当時日本経済新聞の論説委員として司法改革の旗を振り、後に弁護士になった藤川忠広氏が司法改革を「文化大革命」に喩えたのは、ことの本質を端的に表している。

間違ったことが起きているとき、豪華な椅子に座った老人がシャム猫を撫でながら悪事を企てているに違いないと考える陰謀史観は、世の中をわかりやすく見せてくれる麻薬だ。だが現実はそうではない。弁護士たるもの、軽々に陰謀史観に飛びついてはいけない。多くの過ちは、紛れもない善意に発している。善意だから間違いを認めないし、認めるまでに長い年月を要する。善意こそ、ものすごい数の犠牲者を生むのだ。

「文化大革命」がそうであったように。

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2012年6月13日 (水)

ゴミ出しルールを守らない住人の監視カメラ映像は公開してよいか

共同住宅に設置される監視カメラには問題が多く発生する。なぜなら、監視カメラが外部にではなく、内部に―それも特定の住人に―向けられていることがあるからだ。

ゴミ出しルールを守らない住人、エレベーター内で小便をする酔っ払い、禁止されたペットを持ち込む住人など、共同住宅内でのルール違反対策は頭が痛い。監視カメラの設置は、解決策の一つだろうが、それですべてが解決するわけではない。

分譲マンションで監視カメラを設置するには管理組合の決議が必要であろうし、運営規則の制定や、撮影中である旨の注意書きを、目立つ所に貼り付けることも必要だ。それで違反が無くなればよいのだが、問題は、それでも堂々とルールを破る輩に、どう対抗するかである。

カメラ映像を公開することは許されるか、という質問があった。結論から言えば、原則として許されないだろう。管理組合としては、まず、当の本人に直接、違反行為が録画されていると告げ、以後違反しないよう注意するべきだし、それで足りるからだ。それでも止めない場合には、事前警告の上、氏名を公開することが許される場合はあろう。ただ、公開するとしても、回覧板のような方法をとり、部外者の眼に触れないよう、配慮することが必要だ。録画映像を公開することは、氏名を公開することに比べ、プライバシー権侵害の度合いが高いし、そうしてまで、映像を公開する必要性が高い場面は、想定しづらい。管理組合が直接注意しても、氏名を公開しても、一向にルール違反を止めない場合に限り、録画映像その者ではなく、その写真を回覧板に添付するような形で内部的に公開することは、場合により、適法になることがあろう。

画像では誰だと特定できない場合はどうか。この場合は、公開することが許される場合があろう。一般的には誰か分からなくても、当の本人が自分だと分かる場合には、再発防止を期待できるからだ。

なお、上記質問の回答の中に、本件映像は個人情報保護法の適用を受けないから、公開しても何の問題もないというものがあった。これは思い切り間違いである。本件映像が個人情報保護法の適用を受けない場合であっても、画像の公開は、れっきとしたプライバシー権の侵害であり、違法性の阻却事由が無い限り、公開された本人から、民法709条に基づく損害賠償請求を受けることになる。

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2012年6月11日 (月)

司法をダメにした日本人の宿痾

69日の日本経済新聞朝刊『真相 深層』は、『法科大学院撤退のドミノ』と題する渋谷高弘編集委員の署名記事を掲載した。記事によれば、2004年(平成16年)に発足した法科大学院の志願者数は、8年間で5分の1以下と急減。司法試験合格率も低迷し、下位法科大学院を中心とする統廃合は避けられないという。

記事は、「誰でも法科大学院に行けば弁護士になれる」と誤解した入学者の誤算、「大学や法学部のブランド維持のため法科大学院が必要と考えた」大学の誤算、そして「規制緩和で社会の需要に応える法律家が多数必要になる」とした政府の誤算、この三つの誤算が原因と指摘し、「米国のロースクールは1000人以上の学生を抱える大規模校が主流」だし、「韓国は法科大学院の設置を政府が絞り込」んでいると結ぶ。

誤算はもちいろん、これだけではない。例えば日弁連は、法科大学院を作って多数の弁護士を養成すれば、法曹一元になって官僚司法を打破できると信じた。2000年(平成12年)日弁連臨時総会決議にはっきりそう書いてある。あまりに馬鹿馬鹿しい誤算だが、いまベテランとして君臨する弁護士の多くは、心の底からそう信じたし、いまも信じる人が多い。

誤算したのは、日本経済新聞とて例外ではない。同新聞の論説委員だった藤川忠宏氏(現外立総合法律事務所弁護士)は、「司法改革は文化大革命である」と主張し、毛沢東が「司令部を砲撃せよ」と言って文化大革命ののろしをあげたように、我が国は「法の支配」ののろしをあげて司法官僚制を砲撃すべきだという。何とも勇ましい主張だが、中身は左翼学生のアジ演説と同レベルである。頭でっかちで、大袈裟なくせに、薄っぺらだ。余談だが、この程度の論客が、よりによって日本経済新聞の論説委員だったのはなぜなのだろう。さらに余談だが、日弁連反主流派の代表格である高山俊吉弁護士は、平成8年(1996年)の法律時報683号に「丙案廃止に向けた闘いのために」と題する論考を寄せ、その末尾に、「われらが到達した峰に主峰を目指す砲台を揺るぎなく据えよ」と記した。立場は違うのに、「大砲系」の喩えが好きなのはなぜなのか。

話を戻そう。私の意図は、関係者の誤算をあげつらうことではない。当時、どいつもこいつも誤算を重ねたという事実の意味するところは、誤算そのものは失敗の本質ではない、ということを言いたいのだ。日本という国のもっとずっと深いところに、誰をも誤算させる大きな宿痾が存在する、ということを言いたいのである。

たとえば、この日経記事は最後に、法科大学院制度改革の方向性として、「米国のロースクール」と「韓国の法科大学院」を見習えと記す。だが、何より改めるべきは、すぐきょろきょろと外国を見回す、この態度なのだ。

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2012年6月 6日 (水)

生き残る法科大学院はどこか

井上正仁教授が何を言おうが、政官界からみて、法科大学院制度の破綻は明白である。焦点はすでに、法科大学院をいくつ残すべきかに移っている。制度そのものを廃止してしまえという意見もあるが、いきなり廃止では、抵抗が強いだろう。手直しでうまく行くなら手直しで済まそうと考えるのが自然の情だからだ。したがって、法科大学院制度は、一定の手直しを経て、それでもダメなら、という順番になると思う。現に文科省は、下位校に対して、かなり露骨な圧力をかけ始めていると聞く。

そこで問題は、どの程度の手直しがなされるのか、その結果うまく行くのか行かないのか、ということになる。

添付の表は、姫路獨協大法科大学院を除く73法科大学院について、平成2223年度司法試験の結果に基づき、「合格者数」(2年間の平均)と「合格率」(最終合格者数÷受験者数)でランキングを行ったものだ。「割戻定員数」とは、この2年間の最終合格者数平均を7割で割り戻したものだ。これに基づいて、最上位校から数えた存続校数と総定員数との関係を予測してみる。

合格者数ランキングで見ると、13位の名古屋大学(以下「法科大学院」は省略する)までを存続させた場合の総定員数は1980人となり、45位の中京大学を存続させた場合の総定員数は3000人となる。

合格率ランキングで見ると、16位の大阪市立大学までで総定員数は1960人となり、48位の新潟大学まで存続させた場合の総定員数は3000人となる。

総定員数が2000人なら、合格率7割とすれば、司法試験合格者数年1500人となり、総定員数3000人なら、司法試験合格者数年2000人となる計算だ(滞留受験生を除く)。

ところで、注目すべきは、合格者数・合格率のどちらのランキングでも30位前後に、宗教団体系の法科大学院が存在する、という点だ。この宗教団体は、某政党と関わりが深い。この政党は、民主党政権下でキャスティングボートを握ることが多かったし、政権交代があっても同様だろう。しかもこの政党は、給費制問題の中核を担ったので、日弁連には大きな貸しがある。したがって、この法科大学院が存続の危機にさらされるような補助金カットや削減圧力は、政治的には発生し得ないし、日弁連も支持できない、ということになる。

その意味するところは、法科大学院数と定員削減は、35校前後まで、総定員数にして2800人前後までしか進まないだろう、ということだ。そうなると、司法試験合格者数は、2000人よりさほど減らないことになる。もちろん、実際には滞留受験生がいるから、合格者数を2000人とした場合、全体の合格率は4割程度までしか上がらない。

それでは、この程度の手直しでうまく行くか、ということになるが、もちろん、うまく行かないだろう。その結果として、法科大学院制度は、手直し後数年を経て、再度の見直しにさらされることになる。

以上は個人的かつ大雑把な予測だが、概ねこうなるだろう。問題は、このペースで物事が進んだ場合どうなるか、ということだ。いいかえると、今後数年間、司法試験合格者数年2000人(多少減らしたとして1750人前後)が続いた場合、弁護士会や弁護士業界、ひいては司法全体がどうなるか、という点だ。

この点について、私はとても悲観的である。

それにしても、宇都宮執行部は、給費制問題で、あの政党とがっちり手を組んだらどうなるか、考えた上で行動したのだろうか。

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2012年6月 4日 (月)

駅の防犯カメラは誰を守るのか

もはや旧聞に属するが、東京メトロ副都心線渋谷駅のエスカレーターで53歳の男性が刺され重傷を負った事件では、僅か二日後に、犯人が逮捕された。

YOMIURI ONLINEほか各紙によると、捜査員は同駅の209台の防犯カメラ画像をチェック。さらに20駅以上のカメラ(画像)を解析し、事件翌日には、容疑者の下車駅を特定したという。ちなみに、全国の駅構内に設置されたカメラは20113月現在約56000台とのこと。

この事件からいえることは二つある。一つは、防犯カメラは、その名称にもかかわらず、今回の防犯の役には全く役に立たなかったということ、もう一つは、しかし、捜査の役には大いに立ったということだ。

防犯カメラが防犯の役に立たないこと自体は、特に目新しい発見ではない。防犯カメラは、ごく限られた犯罪についての抑止効果は認められるが、犯罪全般について抑止効果を発揮するものでないことは、もはや定説といってよい。ただ、不思議なのは、防犯カメラが防犯の役に立たないなら、なぜ各鉄道会社は、一生懸命防犯カメラを設置し続けるのか、ということだ。犯罪防止に役立つなら、顧客サービスの一環として防犯カメラを増やす選択肢もあろう。だが、犯罪防止に役立たないなら、鉄道会社にも乗客にも、あまりメリットはない。もちろん、犯人が早期に逮捕されれば、同一人物の再犯は防止できるが、サバイバルナイフを持ち歩くような物騒な連中は、いまどき、いくらでもいるだろうから、真の再発防止にはならない。

それでは、鉄道会社はなぜ多くの防犯カメラを設置するのだろう。犯罪が起きたら速やかに警察に画像を提供するためだろうか?でもそれなら、防犯カメラの便益を享受するのは鉄道会社ではなく警察だ。警察が指導したり援助したりして駅の防犯カメラを増やしているというのなら理解できるが、そんな話は聞かない。

ヒントとなる記事が、525日の各紙に掲載されていた。

2011年度にJRと大手私鉄16社の駅や社内で起きた駅員や乗務員への暴力行為は845件で、比較できる統計がそろう2005年以来最高という。飲酒しての暴力行為が最も多く、民鉄協(日本民営鉄道協会)は「リーマン・ショック後の景気低迷でストレスがたまっているためではないか」と分析しているという。

駅員や乗務員への「暴力行為」は、おそらく「氷山の一角」だ。暴力行為に至らない威圧行為や、度を超したクレーム、つきまといや嫌がらせやセクハラ、迷惑行為や喧嘩、排泄やイタズラなどをカウントしたら、年間数千件に達するのだろう。そのたびに被害やとばっちりを受けるのは、哀れな駅員や乗務員だ。駅員らの方が悪い場合も皆無ではなかろうが、大半は、乗客に非があるのだろう。

すなわち、駅の防犯カメラの大半は、駅員への暴力行為を初めとする駅・列車でのトラブル対策として、駅員らと鉄道会社の責任を免れさせるために存在する。例えば悪質なクレーマーに対し、問題の場面を再生して、「ほら、我々には責任がありません」と証明するために、防犯カメラを設置しているのだ。このような防犯カメラの使用例としては、タクシーのドライブレコーダーがある。この目的であれば、鉄道会社と駅員らの利益に直結するから、彼らが防犯カメラを山ほど駅に設置する理由も得心がいく。

この仮説が真相だとして、その良否を判断することは、とても難しい。これら多数の防犯カメラは、駅員らと鉄道会社を守るために設置されており、その費用は運賃に転嫁されているし、一般乗客は潜在的加害者として監視の対象になっている。だが一方、一般乗客も直接間接に利益を受けることがあるし、多数の一般乗客が、暴行や破廉恥な行為で駅員らに害を与えていることも(おそらく)事実なのだ。

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