« 生き残る法科大学院はどこか | トップページ | ゴミ出しルールを守らない住人の監視カメラ映像は公開してよいか »

2012年6月11日 (月)

司法をダメにした日本人の宿痾

69日の日本経済新聞朝刊『真相 深層』は、『法科大学院撤退のドミノ』と題する渋谷高弘編集委員の署名記事を掲載した。記事によれば、2004年(平成16年)に発足した法科大学院の志願者数は、8年間で5分の1以下と急減。司法試験合格率も低迷し、下位法科大学院を中心とする統廃合は避けられないという。

記事は、「誰でも法科大学院に行けば弁護士になれる」と誤解した入学者の誤算、「大学や法学部のブランド維持のため法科大学院が必要と考えた」大学の誤算、そして「規制緩和で社会の需要に応える法律家が多数必要になる」とした政府の誤算、この三つの誤算が原因と指摘し、「米国のロースクールは1000人以上の学生を抱える大規模校が主流」だし、「韓国は法科大学院の設置を政府が絞り込」んでいると結ぶ。

誤算はもちいろん、これだけではない。例えば日弁連は、法科大学院を作って多数の弁護士を養成すれば、法曹一元になって官僚司法を打破できると信じた。2000年(平成12年)日弁連臨時総会決議にはっきりそう書いてある。あまりに馬鹿馬鹿しい誤算だが、いまベテランとして君臨する弁護士の多くは、心の底からそう信じたし、いまも信じる人が多い。

誤算したのは、日本経済新聞とて例外ではない。同新聞の論説委員だった藤川忠宏氏(現外立総合法律事務所弁護士)は、「司法改革は文化大革命である」と主張し、毛沢東が「司令部を砲撃せよ」と言って文化大革命ののろしをあげたように、我が国は「法の支配」ののろしをあげて司法官僚制を砲撃すべきだという。何とも勇ましい主張だが、中身は左翼学生のアジ演説と同レベルである。頭でっかちで、大袈裟なくせに、薄っぺらだ。余談だが、この程度の論客が、よりによって日本経済新聞の論説委員だったのはなぜなのだろう。さらに余談だが、日弁連反主流派の代表格である高山俊吉弁護士は、平成8年(1996年)の法律時報683号に「丙案廃止に向けた闘いのために」と題する論考を寄せ、その末尾に、「われらが到達した峰に主峰を目指す砲台を揺るぎなく据えよ」と記した。立場は違うのに、「大砲系」の喩えが好きなのはなぜなのか。

話を戻そう。私の意図は、関係者の誤算をあげつらうことではない。当時、どいつもこいつも誤算を重ねたという事実の意味するところは、誤算そのものは失敗の本質ではない、ということを言いたいのだ。日本という国のもっとずっと深いところに、誰をも誤算させる大きな宿痾が存在する、ということを言いたいのである。

たとえば、この日経記事は最後に、法科大学院制度改革の方向性として、「米国のロースクール」と「韓国の法科大学院」を見習えと記す。だが、何より改めるべきは、すぐきょろきょろと外国を見回す、この態度なのだ。

|

« 生き残る法科大学院はどこか | トップページ | ゴミ出しルールを守らない住人の監視カメラ映像は公開してよいか »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/192469/54920411

この記事へのトラックバック一覧です: 司法をダメにした日本人の宿痾:

« 生き残る法科大学院はどこか | トップページ | ゴミ出しルールを守らない住人の監視カメラ映像は公開してよいか »